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小説のつづき Part 2 5

レコーディングエンジニアの原田は、三人それぞれのパートを小刻みに演奏させては、微妙にマイクセッティングを詰めてゆく。
ピアノと二人の立ち位置、二人の間隔。
その度に、シンジとカズヤはまるでカメラ撮影のモデルのように向きを変え移動する。

ユミはレコーディングという懐かしい緊張感の中で、別れてきた彼のことを思った。
彼にもこの場を見て欲しい。この場にいて欲しい。
誇らしいような、心細いような、揺れる気持ちでいっぱいになる。
ほんの一瞬ぼんやりしていると、原田が通しでやってみようと言う。

シンジとカズヤがユミを見つめている。

彼女は、いい?と言うように視線を返して、右足で軽くリズムを取ると、
ピアノが静かに鳴り出した。
二人のハーモニーも上々だった。
シンジのギターソロも決まり最後は二台のギターとピアノの音が重なり合うようにフェードアウトしてゆく。

原田が、ユミに向かって
「結構いいですね、あの二人。予想以上ですよ」
と、珍しく褒めた。
「鈴木さんのアレンジもいいし黒木さんの狙い通りじゃないですか!」

そして、三人にプレイバックを聴いてみようと続けた。
シュルシュルとテープが巻き戻され、再生される。
それほど大きくないモニタースピーカーから、不意に生々しく、その場の空気を震わせるような音が拡がってゆく。
そして、ユミ、シンジ、カズヤの心を満たしてゆく。

三人は感動していた。
初めて自分たちに求められていたサウンドに気づいた気がした。
アコースティックのどこまでも澄んだ、それでいて激しい息づかいを感じる音がそこにあった。
自由なリズムの揺れがあった。

原田は、もう一度三人に「いいですよ」と言った。

「本番はこれにフルートとパーカッションの入るテイクも録りますから、もう少し時間かかりますよ」   
「ユミさん 録音前に、ピアノ 最終の調律と調整入れますからその時間も見といてください」

長く放置されていたピアノは調律はされていても、弾きはじめの頃は交換が必要かと思うほど鳴らなかった。しかし、弾き込んでいくうちに昔の華やいだ音色を取り戻しつつあった。
シンジとカズヤのギターは、数段音の良いモデルが黒木によって既に用意されていた。

「パーカッションが入ったら引っ張られそうで、落ち着かないよ。上手くいくかなあユミさん」
シンジは不安そうに聞いた。
「かなり上手い子が来るらしいわ。若いけどメジャーなミュージシャンのバックやってるみたいだから逆に歌いやすいかもよ」
「ほんとかなあ」
「それより、あと2曲が問題よね」

ユミは原田にまだ仕上がってない2曲を録音してくれるように頼んだ。客観的に聴いて問題点を修正しておきたかった。
黒木には、そのうちの1曲を録音してカップリングする予定だと聞かされていた。
来週までになんとか物にしておかねばならなかった。
シンジたちがノッて来ている今がチャンスだった。

ユミはずべての不安から逃れ音楽に没頭していたかった・・・

                            つづく