マガジンのカバー画像

その名はカフカ II

23
長編小説『その名はカフカ』の収納箱その②です。その①はこちら→ https://note.com/dinor1980/m/m9da49f66104c
運営しているクリエイター

記事一覧

その名はカフカ Kontrapunkt 1

その名はカフカ Prolog その名はカフカ Preludium 1 その名はカフカ Preludium 14 2014年5月リュブリャーナ  スロヴェニアの首都リュブリャーナの街中を細く流れるリュブリャニツァ川沿いにある老舗のカフェの、とりわけ爽やかな風が吹き抜けるテラスの席は、早めにやって来た夏らしい気候を楽しもうと集まった客に占領されていた。スラーフコ・マヴリッチはそのカフェの常連だったが、この日ばかりは見ず知らずの他人と相席にならざるを得ず、閉口していた。しか

その名はカフカ Kontrapunkt 2

その名はカフカ Kontrapunkt 1 2014年6月プラハ  以前はプラハではさして暑くなることもなく過ごしやすい季節だと認識されていた六月も、ここ数年は最高気温の記録も上がってきて、今年は早くも猛暑が予測されていた。それでも六月が始まったこの日はまだ涼やかだった。そんな日の午前中だったが、エミルは事務所の受付に座って、約半年ぶりに訪ねてきた厚化粧の女を前に、なんて暑苦しいのだろうと呆然としていた。女はあんなに冷え込んでいた十一月には極限まで短くしたミニスカートを穿

その名はカフカ Kontrapunkt 3

その名はカフカ Kontrapunkt 2 2014年6月イフラヴァ 「今回も滞りなく終わったな。先生に本当に引退されたらどうするかっていう課題は残ったがな」 と、アダムが助手席に座るレンカに言ったのはブルノとプラハを結ぶ高速道路D1が小都市イフラヴァを目前にした辺りだった。  ブルノでハルトマン病院長とお互いの弁護士を交えた会議を済ませたアダムとレンカは、ブルノ郊外在住の弁護士を自宅へ送り届けた後、車でプラハへ向かっていた。一年に一度開かれるこの会議は契約書の更新と前年

その名はカフカ Kontrapunkt 4

その名はカフカ Kontrapunkt 3 2014年6月ブダペスト  ブダペストにいる限り、カーロイの平日はとても規則的だった。朝九時には出勤し、遅くとも午後七時には帰宅する。  2002年に帰郷したカーロイは、ブダペストに腰を落ち着けて間もなく起業した。自分のセンスに見合った若手のデザイナーや建築家を雇って始めた家具と内装の会社は起業当時から安定した人気があり、今ではハンガリー国内に限らず、国外からの注文も頻繁に受けていた。こういうのを天職と言うのだろうな、とカーロイ

その名はカフカ Kontrapunkt 5

その名はカフカ Kontrapunkt 4 2014年6月リュブリャーナ  長くて二週間。アダムのその言葉を信じて、レンカはきっかり二週間分の旅行準備しかせず、二週間後にはプラハの事務室に座っていつも通り仕事をしているのだ、と思い込もうとしていた。旅行が嫌いなわけではない。仕事での移動も多い。しかしレンカは今回の出張はあまり気が進まなかった。今まで絶妙な均衡を保っていた自分の人生の一部が壊されてしまうような、あまり歓迎できない出来事が彼女を待ち構えているような予感がしてい

その名はカフカ Kontrapunkt 6

その名はカフカ Kontrapunkt 5 2014年6月ニュルンベルク  他に見どころはたくさんありそうな街なのに、よりにもよって動物園の、しかもイルカショーを選ぶとはな、と心の中でぼやきながら、ラーヂャは観客席の最後列に腰を下ろした。まだ次のショーまでは10分ほど時間があったが、最前列は既にカメラを構えた観客で埋まっていた。また今日も暑くなりそうだな、と思いながらラーヂャはひしゃげた木綿の帽子を押さえて空を見上げ、無精ひげがまばらに覆う顎をしごいた。  南ドイツのバイ

その名はカフカ Kontrapunkt 7

その名はカフカ Kontrapunkt 6 2014年6月リュブリャーナ  ベオグラードでの盗難に関する訪問は、当初ボスのイリヤが予想したほどにはやって来なかった。今では薬物や銃器など、複雑な交渉なしで大金を動かせる売買を中心にしている組織なのだから、当たってもしょうがないと思われているのかもしれない。それでも五月末から二、三の来客があり、毎回スラーフコは立ち会わされたが、スラーフコ自身は何かの役に立っている気が全くしなかった。チェコからの訪問だと言えば、イリヤが説明した

その名はカフカ Kontrapunkt 8

その名はカフカ Kontrapunkt 7 2014年6月リュブリャーナ  レンカとアダムが出かけている間、エミルはティーナが唯一リュブリャーナに置いている協力者のルツァと滞在先のマンションで待機していた。エミルはレンカのイヤホンから流れて来る音声を聞きながら、ルツァと情報交換や滞在している建物の安全管理の詳細確認などに勤しんだ。ルツァはアダムやティーナと同年配の気さくな男で、エミルとは専門分野が共通していることもあり、二人は会ってすぐに意気投合した。帰って来たレンカとア

その名はカフカ Kontrapunkt 9

その名はカフカ Kontrapunkt 8 2014年6月リュブリャーナ  午後、国外から同じ目的でリュブリャーナに来ている同業者との面会をいくつかこなしたレンカをマンションに送り届けると、アダムは「もう一つ当たりたいところがある」と言い、一人でまた出て行った。  とうとう最高気温三十度を超えてしまいましたよ、と言いながらエミルはレンカを出迎え、「どうです、これ?」と大部屋の新しいセッティングを見せた。バルコニーへ続く大窓を開け放ち、そのすぐ手前に低いガラステーブルを置き

その名はカフカ Kontrapunkt 10

その名はカフカ Kontrapunkt 9 2014年6月モラウスケ・トプリーツェ 「それ、ちょっとありえねえぞ」 というのが、キツネが目的地を間違えたと電話で報告した際にラーヂャが発した最初の一言だった。  キツネの今回の最終任務先はクロアチアだった。間違いの発端はキツネが仕事の前に落ち合わなければならない人物が滞在している街もクロアチアにあると思い込んでいたことにある。スロヴェニア北東部にあるモラウスケ・トプリーツェへ向かうべきところを、クロアチア北部のヴァラジュディ

その名はカフカ Kontrapunkt 11

その名はカフカ Kontrapunkt 10 2014年6月リュブリャーナ  的が絞れたからリュブリャーナ中に置いている必要のなくなった隠しカメラを回収してくると言ってルツァと共に夜中に出かけて行ったエミルは、朝七時に戻って来ると、そのまま仮眠を取ると言って寝室に引き上げた。  レンカは「エミルがこんなに働いているのに自分は素知らぬ顔でアダムの指示を待っている」という事実に居心地が悪くなり、エミルが寝ている間に、彼がどのように的を絞っていったのか、前日までのエミルからの経

その名はカフカ Kontrapunkt 12

その名はカフカ Kontrapunkt 11 2014年6月グラーツ  狙っていた盗難品がリュブリャーナから車で持ち出されたからと言って、それを更に車で追いかけて、追いつき次第奪い取る、というのはあまりに短絡的で計画性に欠けており、アダムの中では選択肢の一つにもならなかった。それに、イリヤ・ドリャンに連絡が入るのは遅ければ遅いほどいい。アダムは、盗難品の取引の直前までは手を出さないでおくのが理想的ではないかと思った。リュブリャーナからグラーツまでの最短ルートはスロヴェニア

その名はカフカ Kontrapunkt 13

その名はカフカ Kontrapunkt 12 2014年6月グラーツ  盗難物を運んでいた二人のうち、イリヤ・ドリャンの秘書である女を捕え、女が持っていた盗難物は無事保護した、側近である男のほうを捕えるのも時間の問題だ、と報告を受けたアダムは、この日の略奪戦のために貸し切っているカフェに戻った。そしてマスターに断って店の奥のキッチンで一人にしてもらい、電話をかけた。相手は瞬時に電話に出た。 「アダム、どうした、今度は何を出せばいい?」 「サシャ、それが俺の電話に対する最初

その名はカフカ Kontrapunkt 14

その名はカフカ Kontrapunkt 13 2014年6月ブルノ  ハルトマン病院長は午前中の外部での所用を済ませると、彼の病院内での仕事場が入っている病棟へ向かった。彼の病院の敷地内には各診療科に分けて病棟が連立していたが、病院長は敷地内の一番奥まった病棟に、病院長室や病院長が同席する会議だけに使われる会議室などを集めた一角を作り、入り口もその建物の病院として機能している部分とは分けて設置していた。そしてそこにも独立した受付を設け、常に人を置いていた。  この日も病院