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バスキーの思い出

小学校6年生の夏、器楽部に入った。入部可能になった4年生ですぐ入らなかったのは、他の習い事で忙しかったから、だったかな。それがなぜ最後の一年になって参加したのかは覚えていないけれど、とにかくわたしは「途中から」入った。

クラブの雰囲気は和気あいあいとしていたし、もともと仲の良い友達もいたから疎外感はなかった。それでもきっとどこかわたしは遠慮していて、担当楽器を決めるとき「なんでもいいです」と言った。

そこで回ってきたパートが「バスキー」だった。

オルガンみたいな見た目の、低い音しか出ない地味な楽器。正直に言って、落胆した。やっぱりメロディをたくさん演奏できるアコーディオンみたいな花形に憧れる気持ちがあったのだ。それを素直に言えばよかった。後悔した。

でも、学年で一番ピアノが上手い子が「全然違う楽器に挑戦してみたい!」と小太鼓(スネアドラム)を志望した姿を見て、思い直した。今までやったことがないからこそ、面白いかもしれない、バスキー。

案の定、始めてみたら退屈どころかめちゃくちゃ面白かった。楽譜は片手で弾ける内容で難しくはなかったけれど、それを大人数の合奏で弾くと心が爆発したみたいに楽しかった。

そして訪れた秋。器楽部の活動の目玉とも言える、市の音楽祭への出演。学校の音楽室でも体育館でもなく、大きなステージで照明を浴びて演奏できる年に一度の機会が訪れた。

個人的にピアノを習っていたおかげで、ステージに立つのは慣れていた。ピアノのときと違って大勢だし、楽譜も簡単だし、心配のしようもなくただワクワクしていた。
当日は、普段弾いている楽器を持って行くのではなくて、会場に用意された楽器を借りると聞いてはいたけれど、それはピアノの発表会においても当たり前の習慣だし問題ない、はずだった。

本番前、ステージでのリハーサル。
借りたバスキーは新品同様にきれいだった。ウキウキしながら弾き始めたのも束の間、わたしは異変に気付いた。

ボリュームペダルが、ない。

普段使っている楽器にはオルガンと同じように右足で踏むペダルがあって、それで細かく音量調節をしていたのに、それが、ない。

おずおずと先生に質問した。
「バスキーの音量はどこで調節するのですか」
返事は簡潔だった。
「ああ、これだよ」
先生が指さしたつまみは、鍵盤の一番低い音のすぐ左側についていた。

……左手で弾きながら、どうやってこのつまみを操作しろというの?????

混乱し、血の気が引いた。
これまで器楽部の練習では「ピアノ習ってるの? じゃあ楽譜読めるね、あっもう弾けてるね、大丈夫ね」くらいで、とりたててバスキーとしての指導を受けた経験はなかった。
ヘ音記号一段の楽譜を渡されて、何の疑問もなく左手で練習してきたけれど、それが間違いだったのか? 弾きながら音量調節するような楽器じゃない? そんな馬鹿な。

リハが終了し、本番まで時間がない中、考えた。
わたしが取りうる選択肢は3つ。

1.練習通り左手で弾き、音量調節はしない
2.練習通り左手で弾き、右手を伸ばして音量調節をする
3.右手で弾き、左手で音量調節をする

1は論外、2はカッコ悪い、3しかない。
当時のわたしは、そう判断した。恐らく勝手に。

それから本番まで、緊張の余り何度も何度もトイレに走った。こんなに緊張している自分も、こんなにトイレに行きたくなる自分も、全く初めてで動揺した。右手で弾くと決めたのは自分なのに、ちゃんと弾けるのか不安でいっぱいだった。

そして迎えた本番、ステージ上での記憶はほとんどない。
けれど、右手でミスなく弾ききった、のだと思う。ステージから降りた途端、さっきまでの尿意が嘘のようにスーッとなくなっていて驚いた。

人前で演奏するのにこれほど緊張したのは、後にも先にもこの一度きり。ある意味、これ以上に動揺する事態に出くわさずに済んでいる、のかもしれない。

あの日演奏したのは、Kinki Kidsの「フラワー」。明るく和やかな曲なのに、この思い出のせいで耳にする度いつも苦笑いしたくなる。かつての自分はいったい何と戦っていたんだろう。でもまあ、勝ててよかったよね。

それで結局、バスキーは右手で弾く楽器なんですか?

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