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漫画『ちひろさん』感想。疲れて色々なことがどうでもよくなった人、必読

安田弘之さん著の好きな漫画『ちひろさん』の最終巻が出ていることに昨日気付き、改めて一巻から最後まで読破したため、感想を書きます。

これは同じ著者による『ちひろ』と言う漫画の続編です。どちらも読みましたが、個人的には『ちひろさん』の方が好きです。


〜(ざっくりとした)あらすじ〜

ミステリアスな自由人で、人を惹きつける元風俗嬢の女性「ちひろ」が、小さな街の弁当屋で働き始める。放任なシングルマザーに育てられグレた小学生男子、仲良し家族の一員を演じさせられている女子高生など、様々な事情を抱える街の住民たちは、嘘もごまかしも通用しない不思議な人物・ちひろと接し、少しずつ変わっていく。


〜感想〜

この漫画は、私が仕事で悩んだ末に退職した頃に出会い、当時の心境にマッチしすぎて、あっという間にその時出ていた七巻まで読破した漫画です。その後も定期的に読み返しては「やっぱこの漫画いいなぁ」としみじみしています。

主人公のちひろが人間として魅力的です。達観した彼女のセリフには深みがあり、我が身を振り返るきっかけになる名言が多いです。しかし、彼女がどうしてそういう性格になったのかは、あまり語られません。少ない描写ながらも複雑な家庭環境で育ったことはわかるのですが、生い立ちの全貌が見えず、掴み所のない謎めいた人物です。とりあえず「ちひろは地獄を見てきた上で、すべてのしがらみを捨てて、自由気ままに生きているんだな」と感じました。

彼女をみていると、自分が纏っている社会性の鎧が壊され、心が呼吸できるような気がします。例えば、過去に人を殺しており、殺人の事実を墓場まで持っていこうとしている人物でも、彼女に出会ったら、思わずそのことを打ち明けてしまうのではないかと思うほどです。懐が海のように広いキャラクターなのです。

作中でちひろに出会う人殆どが彼女のことを好きになりますが、ちひろには情の薄いところがあり、いつか全ての人間関係を捨ててまたどこかへ旅立ってしまうだろうと周りに予感させます。ある日突然消えてしまいそうな危うさとか、人に執着しない猫のような一面も、また魅力的です。


この漫画を読み始めた2年程前に特に印象に残ったセリフは、ある人物がちひろに出会って間もない頃に発した『なんて自由な人』、『はぐれて泳ぐことさえ怖れなければ 海はきっと何百倍も広くなるんだろうな たとえそれが 身の危険と引き換えなのだとしてもーーー』(第一巻 p.132-134より)です。

新卒一年目の頃、悩みの多い会社員生活でストレスを溜め「この生活がずっと続くのは嫌だ、会社辞めたい」と思っていました。しかし一方で「一度社会のレールを外れたら、もう二度と戻れず、一生負け組として生きていくのではないか」と恐れていました。その後悩みに悩んで、結局退職し、人生の休憩期間を設けたのですが、その時に読んだ上記のセリフは、当時の心境にピタリとハマりました。ちひろは、「正社員」「結婚」「負け組勝ち組」といった社会の作った価値には無縁で、マイペースに漂うように生きています。彼女の生き方は「安心安全」とは言えず、事実、作中で時々危険な目にも合っていますが(彼女は容易く切り抜けてはいますが)、気の赴く場所へ行き、好きな弁当を食べ、好きな人に会い、一人になりたいときは心ゆくまで孤独でいるちひろが素敵に見えて、「危険と引き換えだとしても、ちひろのように、しばらく自由に放浪してみようかな?」とか思いながら当時は読んでいました。

昨日、改めて全巻読み直した時に刺さったセリフは、ちひろが発した『いい人になろうとも思わない 成長したいとも思わない なりたい自分なんかない 努力も他人の為も嫌いな怠け者だ』(第二巻 p.91-92より)です。これは前後の文脈をみた方がより納得感のあるセリフなので、是非漫画で読んで欲しい部分です。

常に能力を磨き成長しようとしている人は立派で、刺激をもらえるけれど、疲れた時に一緒にいたい人とは違います。イケイケな時期はともかく、息切れしている時は、ちひろのように「努力も他人の為も嫌い」「別に成長したいと思わない」と言う人といるとホッとするし、「あ、私も成長しなきゃとか言ってたけど、よく考えたらだらだらして好きなだけ寝てーだけだわ」という本能に気づかされます。

とか書いているうちに、そもそも「成長」って何?という疑問も湧いてきました。誰視点からみて「成長」なんだろうか。大抵の場合は社会とか会社だと思うけど、所詮人間が決めた枠組みのなかで上がったり下がったりしても、百年後には誰も覚えてないし。いい人生を送るために成長したとしても、人生なんて80年ちょっとだし、死ぬ時はみんな一緒。成長がなんだというのだ?今幸せに生きられればそれでいいんじゃないのか?と思ったりします(無宗教な国民ならではの虚無感ですかね)。自分で本当に価値を感じていないのになんとなく目先とか将来への不安を消すために社会でよしとされる価値を目指す「成長」よりも、本当に大事なことを見つけたいなと思います。それがなんなのかまだわからないので、自分なりの答えを見つけたくて、ヒントを見つけるために本や漫画を読んでいる気がします。最終的には自分の頭で考えて見つけるしかないんだろうな。周りと表面上のスペックを比べて焦っているうちは、きっとまだまだなんだろうな。


このように、『ちひろさん』は、普段当たり前に目指すべきと考えられているものが、自分にとって本当に大事なのか?を考えるきっかけをくれました。「常識」「世間体」「常に温厚ないい人」といった、世間で価値があるとされているものに価値をおいていないちひろさんが「それってそんなに良い?」とストレートに斬ってくれます。現実でそういうことを言ってくれる人はなかなかいないので、当然のように求められることができなくてしんどいと感じていたり、周りについていくのに疲れている人がこの漫画を読むと、少し楽になれる気がします。作者のかたの後書きの言葉も優しくて、心に染みますよ。

疲れ気味の人、ぜひ読んでみてください!!

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