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なぜ今、コモンとピート・ロックが再びタッグを組んだのか?:『The Auditorium, Vol. 1』

イリノイ州シカゴ出身のラッパーCommon(コモン)は、20歳の頃にCommon Senseという名義でデビューアルバム『Can I Borrow a Dollar?』(1992)をリリースし、音楽シーンに登場しました。続くセカンドアルバム『Resurrection』(1994)では、批評家から高い評価を受け、その収録曲『I Used to Love H.E.R.』は、彼のキャリアを象徴する代表作として称賛されました。この成功により、コモンはメジャーレーベルとの契約を果たし、シカゴからニューヨークへと活動拠点を移すこととなります。

その後、コモンはアーティスト集団Soulquariansの一員としてアルバムをリリースし、2005年にはカニエ・ウェストのレーベルGOOD Musicに移籍して名盤『Be』を発表。このアルバムはグラミー賞で4部門にノミネートされ、ローリングストーン誌やビルボード誌から「史上最高のヒップホップアルバムの一つ」と絶賛されました。続く2007年の『Finding Forever』では、全米アルバムチャートで初登場1位を記録しました。

音楽活動だけでなく、コモンは俳優業にも進出し、その才能を発揮しています。これまでに40本以上の映画に出演し、俳優としての評価も高まっています。さらに、アカデミー賞、エミー賞、ゴールデン・グローブ賞といった名だたる賞を受賞し、音楽と映画の両方で幅広く認められる存在となっています。

一方、ニューヨーク・ブロンクス出身のプロデューサーPete Rock(ピート・ロック)は、従兄弟であるHeavy Dの兄からDJの技術を学び、ラッパーCL SmoothとのユニットPete Rock & CL Smoothとして名を馳せました。ユニットとしての成功後、ピート・ロックはプロデューサーとしてのソロキャリアをスタートさせ、Nasの名曲「The World Is Yours」をはじめ、Big LJ Dillaなどの楽曲を手掛けました。彼のプロデューススタイルは、ファンク、ソウル、ジャズといった音源を駆使したアナログサンプリングで知られており、特にリミックス作品においても高い評価を得ています。その卓越したサンプリング技術と重厚なビートは、多くのアーティストに多大な影響を与え、1990年代の東海岸ヒップホップの主要なプロデューサーの一人として、DJプレミアRZAQ-Tipと並んでよく言及される重要な人物です。

そして2024年7月、90年代からラップシーンを切り開いてきた2人がコラボアルバム『The Auditorium, Vol. 1』をリリース。今回の記事では、この最新作に焦点を当て、その魅力について詳しく探っていきます。

レーベル  : Concord, Concord Music Group & Loma Vista Recordings
リリース日 : 2024年7月12日
名前    : Common & Pete Rock
本名    :    Common / Lonnie Rashid Lynn
        Pete Rock / Peter O. Phillips
年齢    :    Common / 52歳
        Pete Rock / 54歳
出身地   :    Common / イリノイ州シカゴ
        Pete Rock / ニューヨーク、ブロンクス


名曲に隠された対立の真相:コモンとピート・ロックの知られざる絆

90年代からラップシーンを駆け抜け、多くのクラシックを生み出してきたコモンピート・ロックですが、これまでのコラボレーションは意外にも2曲のみです。そのうちの一つである『The Bitch in Yoo』(1996)は、コモンアイス・キューブとの対立をテーマに制作した楽曲です。

コモンの代表作『I Used to Love H.E.R.』の歌詞では、ヒップホップが黒人文化を支持する音楽から、ウエストコーストのギャングスタラップによってストリートミュージックへと変わったことを部分的に批判しています。特に、「I wasn't salty: she was with the boys in the hood(俺は悔しくなかった。彼女は『ボーイズ・イン・ザ・フッド』と一緒にいた)」というラインでは、ロサンゼルス南セントラルを舞台にした映画『ボーイズ・ン・ザ・フッド』を直接引用しており、この映画はギャングスタラップの影響を描いた作品です。主演はウエストコーストヒップホップを代表するラッパー、アイス・キューブでした。

この歌詞がきっかけとなり、アイス・キューブMack 10WCは東海岸のラッパーたちに向けたディストラック『Westside Slaughterhouse』をリリースしました。これに対して、コモンピート・ロックがプロデュースした『The Bitch in Yoo』で応戦し、激しいラップバトルが繰り広げられました。

Common - The Bitch In Yoo (1996)

その当時、コモンアイス・キューブに見下されたと感じ、怒りを覚えていました。そして、彼はピート・ロックに助言を求めたようです。その時の様子について、ピート・ロックはこう語っています。

コモンから電話がかかってきて、アイス・キューブに見下されたことに腹を立てていると言っていたのを覚えているよ。「助けが必要なら言ってくれ」と伝えたよ。彼はニューヨークに来て、友人の家で一緒に遊んだんだ。そのビートは友人の家で作ったもので、彼がビートを作るために俺が渡したレコードで作ったんだ。コモンがそれを気に入ってくれるとは信じられなかった。
彼は興奮していたよ。男として、軽蔑されたと感じ、心の中でそれを感じたなら、反撃するものだと思った。それがリアルな男のやり方だ。でも、これは曲のことだった。コモンは男として立ち上がり、自分の本当の気持ちを伝えたんだと思う。それは記憶に残るもので、とてもクラシックな瞬間だったね。

更に、ピート・ロックは、アイス・キューブがビートに関して怒っていたかもしれないが、ビートを作るのは自分の仕事であり、それがどう使われるかは関係ないと述べています。

アイス・キューブがあのビートのことで俺に怒ってたかもしれない。でもさ、ビートを作るのが俺の仕事だし、それがどう使われるかは俺の知ったこっちゃないんだ。誰かが他人を攻撃するために俺のビートを使おうが、俺にとっては関係ないんだよ。ただ、バカバカしいのは、ビートを作ったからって、その内容に俺が関わってるって思うことなんだ。そんなの全然違うよ。この男は自分の思いを吐き出したかっただけなんだ。それをリスペクトしないなら、何を言っても意味がない。でも、アイス・キューブも今はもうそんなこと気にしてないだろうね。彼は素晴らしいキャリアを築いてるからさ。

ヒップホップ50周年記念で目覚めたコモンの情熱

最後のコラボレーションから20年以上が経過し、2023年8月、50歳を過ぎた彼らがヤンキー・スタジアムで開催されたヒップホップ50周年記念コンサートに登場しました。この場で、コモンの心に何かしらの変化が生じたようです。

5時間半もその群衆の中に立ち、EPMD、Lil Kim、Mobb Deep、Snoop、Ice Cube、Run DMC、Nas、Lauryn Hill、Fat Joeを見ることができたんだ。これまでそんなことをしたことはなかったよ。このアートをどれだけ愛しているかを実感したんだ。それでラップがしたくなったんだ。

その翌月、コモンはニューヨーク市北部にあるピート・ロックのスタジオを訪れ、ピート・ロックは「お互いの近況を話し合いながら、ただ音楽を流したんだ」と明かし、コモンはその際、自分たちらしいサウンドで、好きなことを本格的にやりたいという強い意欲を抱いたようです。

懐かしいサウンドを目指す必要はない。新しくて若々しいサウンドを目指す必要もない。自分たちらしく、自分たちの好きなことをやるだけだ。ここを出てすぐにでも曲を書き始めたい。

収録曲について

こうして完成した彼らのアルバム『The Auditorium, Vol. 1』には、全15曲が収録されており、シカゴ出身のJennifer Hudsonや、コモンが「出会った中で最も偉大な作曲家の1人」と称するPJなどが客演として参加しています。ピート・ロックはこのアルバムについて、90年代の雰囲気を保ちながらも、アップデートされた新しい音楽であると語っています。

お互いに夢中になったんだ。レコーディングプロセスは全然長くなかった。最初の5曲を仕上げるのに数週間しかかからなかった。そしてその完成の仕方は壮大だったね。90年代に感じた熱狂を再現しようとしたが、新しい要素も加わっている。アルバムの雰囲気は90年代だが、90年代そのものではない。新しい音楽だ。

『Dreamin'』

アルバムの始まりを飾る『Dreamin'』は、コモンが夢の中で音楽や歴史的な人物たちと対話し、自分の使命やインスピレーションを再確認するというテーマが描かれています。夢の中で、J Dillaマーティン・ルーサー・キング・ジュニアネルソン・マンデラマルコムXオバマ元大統領といった偉大な人物たちが登場し、コモンに夢を持ち続けることの重要性を語りかけます。
さらに、『Dreamin'』は、Azar Lawrence『People Moving』(1976)をイントロに、Aretha Franklinの『Day Dreaming』(1972)をサビにサンプリングしており、ピート・ロックのプロダクションが光る一曲です。
この楽曲は、単なるオープニングトラックではなく、アルバム全体のテーマやメッセージを象徴する重要なピースとなっています。

Common & Pete Rock - Dreamin'

Azar Lawrence - People Moving (1976)

Aretha Franklin - Day Dreaming (1972)

『This Man』

3曲目『This Man』では、Loleatta Holloway『This Man's Arms』(1995)をサンプリングし、コモンが自身の人生や音楽キャリアを振り返ります。彼は影響を受けた人々や出来事を通じて、夢を追い続けることの重要性や困難を乗り越える力を語り、成功後も初心を忘れず、人々とのつながりや社会貢献の姿勢を大切にしています。

Common & Pete Rock - This Man

Loleatta Holloway - This Man's Arms (1995)

『Wise Up』

7曲目『Wise Up』は、アルバムのリードシングルとして2024年5月にリリースされました。MC Shanの『The Bridge』(1986)のラップと、Yvon Hubert & François Dompierre『Sur La Terre Des Hommes』(1970)のメロディーをサンプリングし、自己認識や成長、他者への影響についてのメッセージを伝えています。コモンは3人の賢者からの知恵を受け取り、自己を見つめ直し、シカゴの現実や若者たちの問題に触れることで、過去から学ぶことの重要性を説いています。

Common & Pete Rock - Wise Up

MC Shan - The Bridge (1986)

Yvon Hubert & François Dompierre - Sur La Terre Des Hommes (1970)

『When The Sun Shines Again』

12曲目『When The Sun Shines Again』は、De La SoulPosdnuosコモンBilalが共演する曲で、Joe Sample『Voices in the Rain』(1981)をサンプリングしています。コモンシカゴの厳しい環境での成長や信念を持つ大切さを語り、Posdnuosは成功しても謙虚であることや、知識と富を賢く使うことを強調します。最後にコモンは、困難な時期でも自分を信じて成長し続けることの大切さを伝えます。この曲は、どんな状況でも希望を持ち、成長を続けることの大切さを教えてくれます。

Common & Pete Rock feat. Posdnuos & Bilal - When The Sun Shines Again

おわりに

新作『The Auditorium, Vol. 1』では、ピート・ロックが90年代のサンプリングを巧みに使い、そのビートの上でコモンが縦横無尽にメッセージ性の強いラップを展開している点が非常に印象的です。50歳を超え、これまであまりコラボレーションを重ねてこなかった2人が作り上げたこのアルバムについて、ピート・ロックは意見がぶつかることもあったと語っていますが、お互いのアイデアに向き合いながら乗り越えていったことを明かしています。

いくつか、俺とコモンは意見がぶつかることがあったよ。それは小さなことで、特定のリリックのタイミングなどだったね。俺は彼のアイデアと向き合い、彼も俺のアイデアと向き合う必要があった。そして俺たちは『この作業は素晴らしいものに違いないから、互いの意見の違いを乗り越えてやり遂げよう』と言ったんだ。俺はそれがとても楽しかった。

一方、コモンは、グループで活動することで、全ての決定が個人だけのものではないということを学んだと語っています。今作のパートナーであるピート・ロックは音楽に対して強いこだわりを持っており、両者が満足する作品を作ることを重視しています。この経験を通じて、協力的な音楽制作の重要性を理解したと明かしています。

グループにいることで、いろんなことを学んだんだ。自分だけで決められることばかりじゃないからね。俺はチームメイトたちが大好きなんだけど、音楽的な面では慣れるまでに少し時間がかかった。今まで一緒に仕事してきたプロデューサーたちは、ただ音楽を作るだけで、特に協力的ってわけじゃなかったんだ。『お互いがタイトルやアルバムカバーに納得しなきゃいけない』って感じでもなかったしね。でも、ピート・ロックは自分の音楽に対してめちゃくちゃ強いこだわりを持っていて、彼はその作品が自分が納得できるレベルに達することを求めてるんだ。俺もそれには賛成だよ。

今回のコラボレーション『The Auditorium, Vol. 1』は、コモンピート・ロックが持つ深い音楽的ルーツと、彼らが積み上げてきたクリエイティブな軌跡を再確認する絶好の機会となりました。彼らは、ヒップホップの黄金時代のエッセンスを巧みに取り入れながら、現代のリスナーにも響くような革新的な音作りを実現しています。例えば、このアルバムには、クラシックなサンプリング技術を活用しつつも、新しいリズムパターンやサウンドエフェクトが加えられ、彼らの進化が感じられます。過去の偉大な作品への敬意を払いつつも、決して過去にとどまらず、新しい可能性を追求する姿勢が、リスナーに深い感銘を与えています。

また、アルバムの制作過程で彼らが共有した信念やこだわりは、単なる音楽制作の枠を超え、リスナーに新たな音楽体験を提供しています。このプロジェクトがどのように音楽シーンに影響を与え、これからのヒップホップにどんな新しい風を吹き込むのか、期待は高まるばかりです。

今回紹介した楽曲のDJプロモーション音源はこちら⬇️⬇️⬇️

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