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リリース初日からSpotifyで8500万回再生、衝撃のデビューを飾ったタイラー・ザ・クリエイター『CHROMAKOPIA』の秘密

荒々しい叫びから繊細な音楽性へ―。Tyler, The Creator(タイラー・ザ・クリエイター)の軌跡は、現代ヒップホップシーンの可能性を体現してきました。カリフォルニア州ホーソーン出身の彼が、音楽集団Odd Futureのリーダーとして頭角を現したのは2000年代後半のこと。2009年、セルフリリースした衝撃作『Bastard』でインディーシーンに激震を走らせ、2011年の『Goblin』で一気にメインストリームへと躍り出ました。

当初は物議を醸したダークで攻撃的な歌詞も、2013年の『Wolf』では洗練されたジャズとR&Bの要素を纏い始めます。そして『Flower Boy』(2017年)で見せた音楽的な深化は、『Igor』(2019年)、『Call Me If You Get Lost』(2021年)へと結実。後者2作品でグラミー賞「ベストラップアルバム」を受賞し、その革新性が広く認められることとなりました。

音楽の枠に留まらないタイラーの創造性は、自身のブランド「Golf Wang」「Le Fleur」の立ち上げや、ラコステコンバースとのコラボレーションを通じてファッション界にも新風を吹き込みました。さらに音楽フェス「Camp Flog Gnaw Carnival」の主催者としても、カルチャーシーンに確かな足跡を残しています。

そして2024年10月、8枚目となる最新作『CHROMAKOPIA』が遂に姿を現しました。本記事では、この新たな傑作に込められたタイラーの美学と、その音楽的背景に迫っていきます。


レーベル  : Columbia Records
リリース日 : 2024年10月28日
名前    : Tyler, The Creator
本名    :    Tyler Gregory Okonma
年齢    : 33歳
出身地   :    カリフォルニア州ホーソーン



アルバムを通して母親の教えと人生の変化を語る

タイラー・ザ・クリエイターが3年ぶりの新作『CHROMAKOPIA』発売を前に開催した特別パーティーで、自身の心境を率直に語りました。ロサンゼルスで過ごした少年時代や母ボニータ・スミスから受け継いだ価値観に触れながら、近年の人生観の変化を明かしました。周囲の友人たちが家庭を持ち新たな人生の段階へと進む中、自身は物質的な成功のみを追求していることへの違和感を吐露。その想いを新作に込めたいと語りました。

「俺はロサンゼルス、正確にはイングルウッド、ホーソーンで生まれ育った。このアルバムはもともと、こういった地域での成長について書こうと思って始めたんだ。自分が17歳より前のことを誰も知らないんじゃないかって思ってね。周りからは郊外育ちだと思われてるけど、違う。俺はこの辺りのストリートで育ったんだ。みんなの期待通りじゃないのはわかってるけどね…。
それで、このアルバムは子供の頃の母親の言葉を振り返る作品になったんだ。33歳になった今、『ああ、母はそういうことを言っていたんだ。俺は20歳の時とは違う。なんてこった、みんな年を取っていくんだ…みんなは子供や家族を持っているのに、俺は新しいフェラーリしか持っていない』って感じだよ。
ちょっと変な気持ちになるよ。体重も増えて、胸には白髪も出てきたし、人生が進んでるって感じ。だから、独りでいる時に考えることを書きたかったんだ。みんなが地元でこの作品を体験してくれて嬉しい。来てくれてありがとう。」

タイラーは、2020年にアルバム『IGOR』でグラミー賞を初受賞。母ボニータ・スミスとの喜びの瞬間は、心温まる場面となりました。父親と会ったことのないタイラーは、シングルマザーとして彼を育て上げた母に「よくここまで育てたね」と冗談めかして語りかけ、その言葉には深い感謝が込められていました。

金曜日の深夜リリースを批判、音楽体験のあり方に異議を唱える

音楽業界での新譜リリースは、2015年の国際統一により金曜日が標準となりました。それまではアメリカでは火曜日、イギリスでは月曜日と各国で異なっていました。この変更の契機となったのは、ビヨンセによる2013年のアルバム『Beyoncé』のサプライズリリース。海賊版対策やチャート集計の最適化、週末の消費動向を考慮し、金曜日への統一が実現しました。

最新アルバム『CHROMAKOPIA』で、タイラー・ザ・クリエイターは従来の金曜リリースに背を向け、月曜日を選択。昨年のインタビューで彼は、金曜リリースでは週末のパーティーやジムでの「受動的な」視聴が増え、アルバムを深く味わう機会が失われると指摘。音楽をより没入的な体験として捉えてほしいというタイラーの思想が、この特異なリリース戦略に反映されています。

音楽のリリースって、俺は金曜じゃなくて火曜に戻した方がいいと思うんだ。確かに週末は時間があるからストリーミング数が増えるっていう考えはわかるよ。運営側も「週末は再生数上がる!」って言ってるけど、実際のところパーティーとかジムでながら聴きが多いと思うんだよね。つまり、みんな本当の意味で音楽を聴いてないんじゃないかなって。みんなはどう思う?

アルバム制作に多大な時間と労力を費やすタイラーは、深夜のリリースについて「極めて無礼」と不満を示しています。アメリカでは深夜(日本では昼過ぎ)に新曲が公開されるのが主流ですが、タイラーはこの時間帯がアーティストの努力を軽視していると感じています。音楽をより真摯に受け止めてほしいという彼の思いが、リリースタイミングへのこだわりにも表れています。

収録曲について

新作『CHROMAKOPIA』は、全14曲が収録されており、すべての楽曲をタイラー・ザ・クリエイター自身がプロデュースしています。ゲストには、ベテランのLil Wayneから新鋭のSexyy Redまで個性豊かなラッパー陣が名を連ね、ScHoolboy QGloRillaDoechiiTeezo Touchdownらが楽曲に多彩な色合いを添えています。さらに、Daniel CaesarLaToiya WilliamsSantigoldといった独特の存在感を放つシンガーたちの参加で、アルバムの魅力は一層深みを増しています。

『St. Chroma』

CHROMAKOPIA』の幕開けを飾る『St. Chroma』は、タイラーの母ボニータ・スミスのナレーションで静かに始まります。この曲で彼女はナレーターとして登場し、その存在はアルバム全体を通じて重要な役割を担っています。

タイラーは、ダニエル・シーザーとの共演で魂の解放を歌い上げます。「自分の光を他人のために弱めるな」という力強いメッセージは、過去の経験と成功を踏まえながら、因習に縛られない自由な表現を追求する彼の決意を映し出しています。そしてシーザーの透明感のあるコーラスが「内なる情熱を感じ続けろ」と響き、この楽曲は自己表現への揺るぎない信念を体現する壮大な序章となっています。

Tyler, The Creator feat. Daniel Caesar - St. Chroma

『Darling, I』

アルバムの4曲目『Darling, I』は、タイラーの母ボニータ・スミスの印象的な言葉から始まります。「本気でない愛を口にするな」という彼女の強い信念が、楽曲全体のトーンを決定づけています。

タイラーTeezo Touchdown(ティーゾ・タッチダウン)との共演で、従来の恋愛観への疑問を投げかけます。一夫一妻制の窮屈さや、複数の関係から得られる異なる満足感について率直に語り、最後は孤高の道を選ぶ覚悟を示唆しています。

ビート面ではQ-Tipの『Vivrant Thing (Violator Remix)』とスヌープ・ドッグの『Drop It Like It's Hot』からのサンプリングを巧みに織り交ぜ、過去の名曲を自身のサウンドへと昇華させることに成功。タイラーの音楽的な深みと成長を感じさせる一曲となっています。

Tyler, The Creator feat. Teezo Touchdown - Darling, I

Q-Tip Feat.Missy Elliott & Busta Rhymes - Vivrant Thing (Violator Remix) (1999)

Snoop Dogg feat. Pharrell Williams - Drop It Like It's Hot

『Sticky』

すでにチャートインし、大ヒットの兆しを見せている、8曲目『Sticky』では、タイラーリル・ウェイングロリラセクシー・レッドと共に、自己主張と成功がもたらす「こじれた状況」を豪快に楽しみます。批判を物ともせず、強烈な個性を解き放ちながら、仲間たちと掛け合うパワフルなパフォーマンスは圧巻です。

ビート面でも遊び心が満載で、2分35秒からはヤング・バックの『Get Buck』をサンプリング。さらに、めまぐるしく変化するリズムパターンが楽曲に新たな表情を与え、聴き手を興奮の渦に巻き込みます。タイラーの創造性と音楽的センスが遺憾なく発揮された一曲といえるでしょう。

Tyler, the Creator feat. Glorilla, Sexyy Red & Lil Wayne - Sticky

Young Buck - Get Buck (2007)

『Balloon』

13曲目『Balloon』では、タイラードゥーチーが挑発的でユーモラスな掛け合いを展開。批判を寄せ付けない自信と、仲間との絆を誇らしげに歌い上げます。

サンプリングでは、Lukeの『I Wanna Rock』に加え、日本の音楽シーンから矢野顕子の『ヨ・ロ・コ・ビ』を取り入れ、独特の魅力を醸成。かつて2019年の『GONE, GONE / THANK YOU』で山下達郎の『Fragile』を用いたタイラーの日本音楽への愛着が、再び注目を集めています。

Tyler, the Creator feat. Doechii - Balloon

矢野顕子 - ヨ・ロ・コ・ビ (1978)

Luke - I Wanna Rock (1991)

おわりに

このように、衝撃的な船出となった『CHROMAKOPIA』。リリース初日からSpotifyで驚異の8500万回超えのストリーミング再生を記録し、1曲平均600万回以上という驚異的な数字を叩き出しました。2024年のヒップホップアルバムとして最大規模のデビューを飾り、さらには歴代20位という金字塔も打ち立てました。収録曲『St. Chroma』は526.1万回の再生数でアメリカのSpotifyチャートを制覇。アルバム自体も全米チャート首位に輝きました。

月曜日リリースという異例の選択にもかかわらず、その反響は凄まじいものでした。収録曲『Noid』『St. Chroma』が全米シングルチャートでそれぞれ10位、7位にランクイン。タイラーにとって初のトップ10入りとなり、彼のキャリアに新たな輝きを添えました。

この歴史的な成功を受け、タイラー・ザ・クリエイターはインスタグラムを通じて胸の内を明かしました。これまで秘めていた個人的な感情を音楽に込められた解放感、そしてその想いが多くのリスナーの心に響いたことへの感動を率直に語り、アーティストとしての新たな境地を感じさせました。

聴いてくれた人も、飛ばし聴きした人も、リピートしてくれた人も、途中で止めちゃった人も。好きになってくれた人、嫌いだった人、徐々に好きになってくれた人、逆に興味なくなった人、共感してくれた人、分かりづらかった人も - みんなに感謝。

俺も今は、みんなと出会った時とは違う場所にいるんだ。今まで深く語れなかった想いや気持ちを今回全部出せて、すごく楽になった。で、みんながそれに共感してくれたのを見て、マジで今までにない気持ちになったよ。ありがとな。

新作『CHROMAKOPIA』で、タイラー・ザ・クリエイターは自身のルーツと成長の軌跡を鮮やかに描き出しました。孤独との対峙を通じて、現代ヒップホップシーンで唯一無二の光彩を放つ本作。その音楽的進化と内なる葛藤が織りなす表現は、かつてない深みを湛えています。タイラーが丹念に掘り下げた内面の旅路は、アーティストとしての円熟味を如実に物語り、リスナーの心に確かな余韻を残すことでしょう。

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