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母が食卓に出された「甘口納豆」を拒否した理由 〈介護幸福論 #29〉

「介護幸福論」第29回。新潟を中心に寒冷地方では納豆に砂糖をかけて食べる習慣がある。砂糖をかけることによって、寒さで発酵が十分にいかない納豆がなめらかに、食べやすくなるのだ。この故郷ゆかりの「甘口納豆」を介護生活中に母に出してみた。「納豆はそのまま食べるほうがおいしいて」しかし母の反応は予想以上にそっけなかったのである。

前回はコチラ↓

■普通じゃない納豆の食べ方

 うちの田舎では、普通じゃない納豆の食べ方をしていると知ったのは、大学進学で東京へ出た後のことだ。

「ねえ、新潟県の人ってさ、納豆に砂糖をかけて食べるってホント?」
「ウソだろ!? 納豆に砂糖?」 
「うわー、何それ、気持ち悪い!!」

 そこにいる全員が味を想像して、顔をしかめ、心からまずそうな表情を浮かべた。「なんでわざわざ砂糖をかけるんだっぺ」と、真顔で問いただしてきた茨城県人もいた。

 静岡県では小学校の水道の蛇口から緑茶が出るとか、愛媛県はオレンジジュースが出るとか、長野県では今もイナゴの佃煮を食べているとか、香川県ではソフトクリームの機械からうどんが出てくるとか(嘘)、これら地域限定フードの話題の中にひっそりと、「新潟県では納豆に砂糖をかけて食べる」ネタは一定のポジションを確立している。

■発酵の遅さをカバーするため

 なぜ新潟県人は納豆に砂糖をかけて食べるのか。調査の結果を報告しよう。

 かつては大豆の発酵が今より未熟だった。特に寒い地方では発酵が遅く、納豆の糸引きも良くなかった。ここに砂糖を加えると、糸引きが良くなり、口あたりもなめらかになる。こうした理由から東北・北海道地方では、納豆に砂糖をかけて食べるようになったのだという。新潟県のほか、北海道や山形県なども、砂糖をかける人の割合が高いとされる。

 ある資料によると、納豆に砂糖を入れる県1位は新潟県の25.9%、2位は北海道の22.2%、3位に山形県と沖縄県が続く。

 しかし、この納豆砂糖問題、個人的な認識は微妙に違う。
 子供の頃、我が家の納豆の食べ方には2パターンがあり、それを「甘口」「辛口」と呼んでいた。

 タバタ家の甘口納豆……納豆に生卵と砂糖をかけ、かき混ぜて食べる。
 タバタ家の辛口納豆……刻んだ青菜とネギを納豆にまぶし、醤油と辛子で食べる。

 食卓に納豆が供される時は、いつもこの2種類の鉢が並んだ。「甘口納豆」が食べたい人は、甘口の鉢から好きなだけよそって食べればいいし、「辛口納豆」が食べたい人は、辛口の鉢からよそって食べればいい。

 おぼろげな記憶しか残ってないが、母とぼくは甘口を食べて、父は辛口しか食べなかった。兄は両方おいしそうに食べていた。たぶん、甘口納豆はもともと母の食べ方で、辛口納豆は父のために用意された食べ方だったのだと思う。

 だから、卵&砂糖ぶっかけの甘口を好んで食べていたぼくにとって、納豆というのは甘くて卵と一緒に食べるものという、今になれば普通ではない常識が刷り込まれた。

■「納豆に砂糖」ではなく「卵に砂糖」

 それでも自分的には、砂糖をかけて食べていた認識はない。「納豆に砂糖」ではなく、「卵に砂糖」を入れて、それを納豆に混ぜて食べるという言い方のほうがしっくり来る。

 考えて欲しい。玉子焼きやオムレツをつくる場合、砂糖を入れるのはよくある話だ(玉子焼きに砂糖なんか入れないぞという関西方面からのツッコミはさておき)。卵+砂糖は不自然でもなければ、気持ち悪い食べ方でもない。
 つまりこれは、納豆に砂糖をかけるのがおかしいかどうかの話ではなく、「卵かけご飯に砂糖をかけるのは、おかしいか、おかしくないか」というテーマに近い。

 母が自由の利かない身体で退院してきて、ぼくが毎日の食事を用意するようになって以降、納豆は手間のかからない便利なおかずとして重宝した。

 でも、子供の頃の我が家のような、甘口と辛口の区別はない。

 スーパーで売っている3個98円や、たまに2個128円のプチ高級納豆パックを、そのまま食べるだけ。鉢すら使わない。発泡スチロールのパックを開けて、添付のタレをかけて、カラシもちょっとだけ入れる。工夫ゼロの手抜きおかずだ。

 すると、母が「よく混ぜると栄養が増えるんだって。このあいだNHKでやってたよ」と言いながら、納豆をていねいに箸で混ぜ、パックの半分を取ってご飯にかける。残りの半分をぼくがもらい、ご飯にかける。

 自宅介護生活中の我が家では、納豆の1パックを母とぼくで半分こずつして食べるのが決まりだった。それが分量的にちょうど良かったからだ。

 納豆好きに反論されそうだが、ひとりで1パック全部食べてしまうと、口の中で他のおかずまで納豆味になってしまうリスクがある。なぜ現在の半分サイズが販売されないのかという意見で、母と息子の納豆との距離感は一致した。これをナットウキョリナーゼという。

 一度、子供の頃と同じ「甘口」の納豆を朝食に出してみた。

「昔はよくこうやって食べたよね。卵と砂糖を入れて」

 何か反応があるかもしれないと期待したが、予想外に母はそっけなかった。

「朝は忙しいんだから、あんまり面倒しなくていいよ。納豆はそのまま食べるほうがおいしいて」

 どこまでが本心だったのかは、よくわからない。おそらく、まともに料理のできない息子に、食事の手間を少しでもかけさせないための気遣いだったのだろう。

 おかあちゃん、そんなに遠慮しなくていいよ。納豆に卵と砂糖をまぶすくらい、面倒な手間でも何でもないんだからさ。

*プロフィール
田端到(たばたいたる)。1962年、新潟県生まれ。大学を中退後、フリーライターに。競馬や野球を中心に著書は50冊以上。競馬の分野では「王様」の愛称で知られる。ほかにテレビドラマや映画のセリフ研究家、アスリートの名言コレクターの肩書きを持つ。両親の介護をするため、40代後半で帰郷。6年間の介護生活を送る。
ツイッターアカウント:https://twitter.com/4jkvvvypj6cdapf

※本連載は毎週木曜日に更新予定です



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