介護の幸せ。おかあさんの好きな食べ物、知ってますか? 〈介護幸福論 #28〉
「介護幸福論」第28回。突然ですが、「お母さんの好きな食べ物」みなさんは答えられますか? 子供の頃からさんざん自分の好きな食べ物はリクエストしてきたけれど、お母さん自身はどんなものが好きだったのか、食べたかったのか。自分は介護をしていなければ気づけなかっただろう。
■「お母さんの好きな食べ物ベスト3」答えられる?
世に出回っている介護のお話は不幸なものが多いけれど、できれば幸せな介護の物語を綴りたい。そう思って「介護幸福論」というタイトルを付けた。
でも、幸せなエピソードはまだ、ちっとも書いてない気がする。それはそうだ。父を見送り、ここから母とぼくの、ふたりでの自宅生活が始まる。「親を介護して見つかる幸せもたくさんあるのではないか」と思うようになるのは、ここから先だ。
新章スタートにあたり、今回はまえがきのようなお話。
自分の母親はどんな食べ物が好きなのか。これを知っている人は、どのくらいいるのだろう。
「お母さんの好きな食べ物ベスト3」を聞かれて、すいすい答えられる息子はどのくらい存在するのだろうか。
恥ずかしながら、ぼくは介護生活に入るまでまったく知らなかった。母と一緒に暮らしていたのは、18歳までだ。高校卒業後に上京して、ひとり暮らしを30年以上。ぼくは自分を産んでくれた人の好きな食べ物さえ知らず、それを知らないことに気付いてもいなかった。
子供の頃からさんざん、自分の好きな食べ物はわがままなリクエストをしてきたくせに。
目玉焼きより玉子焼きが好きだからと、わざわざ家族の中でぼくだけ朝食に玉子焼きを作ってもらったりしていたくせに。
18年も一緒に同じ食卓についていたのに、何をやっていたんだろう。
■在宅介護を経験して得た幸福
でも、今なら答えられる。
直接、ベスト3を聞いたわけじゃないけど、おかあちゃんの好きな食べ物を3つや4つはすぐに挙げられる。
ぼくが母を自宅で介護することになったからだ。毎日、ふたりで顔を突き合わせ、母の食べるものはみんなぼくが用意しているんだから、知っていて当たり前である。
今はそれを知ることができて良かったと、スーパーマーケットに並ぶ食材をながめながら、しみじみ思う。もし介護を経験していなければ、一生、母親の好きな食べ物も知らないバカ息子のままで終わっていた。
普段、ニュースから流れてくる介護の話題には希望がない。悲しすぎて、目を背けたくなる、耳をふさぎたくなるものが多い。
「長年連れ添った妻を、夫が手にかけてしまった。理由は老老介護による疲れか」
「自宅介護をしている人の約7割が限界を感じ、約2割は殺人や心中を考えたことがある」
こんな現状を突き付けられると、胸が締めつけられる。
しかし、介護は本当に悲しいことばかりなのだろうか。在宅介護はそんなにも光の見えない無間地獄で、人を精神的に追い詰めてしまう救いのない罰ゲームなのだろうか。
絶対に違う。悲しいこと、つらいことばかりじゃない。介護には幸せな出来事だってたくさんある。
ぼくは介護を通して、親からたくさんのハッピーをもらった。
心おだやかな時間を過ごし、いろんな気付きを与えられ、新しい人間関係もできた。もしかしたら人生で初めて、人並みの親と子の関係を築けたのかもしれないという想いもある。
これを誰かに伝えたい。
世の中に流れる介護のニュースは、絶望だらけの暗黒世界みたいな扱われ方だけど、そうじゃない一面もあるんだよと教えてあげたい。どこかで苦しんでいる誰かに、少しでも伝えられたらいいなと思う。
父親や母親の介護をしているあなたは、たぶん相手の好きな食べ物をよく知っている。それはとても幸せなことなのだと気付いて欲しい。
ちなみに、うちの母の好きな食べ物ベスト3は。
1位 リンゴ。食べやすくすりおろしたリンゴ。サンふじがお気に入り。
2位 鮭の焼き魚。塩がたっぷり利いて、辛口と表示されている、しょっぱいシャケ。
3位 煮物。里芋や大根がゴロゴロ入った、越後ふうの甘めの味付けの煮物。
これで合っているかな。いざ書いてみると、本当に合っているのか自信がない。
やっぱり、ちゃんと本人が元気なうちに確かめておくべきだった。バカ息子は詰めが甘い。
*プロフィール
田端到(たばたいたる)。1962年、新潟県生まれ。大学を中退後、フリーライターに。競馬や野球を中心に著書は50冊以上。競馬の分野では「王様」の愛称で知られる。ほかにテレビドラマや映画のセリフ研究家、アスリートの名言コレクターの肩書きを持つ。両親の介護をするため、40代後半で帰郷。6年間の介護生活を送る。
ツイッターアカウント:https://twitter.com/4jkvvvypj6cdapf
※本連載は毎週木曜日に更新予定です
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