現代川柳句集『プニヨンマ』 感想

あなたは『プニヨンマ』をご存じだろうか。

この可愛らしい音の連なりは確かにこの世に存在するが、明確な定義はないに等しい。

私はかつて、この語を考案した張本人である森砂季氏へ、直接『プニヨンマ』なるものの意味を尋ねたことがある。

すると森氏はあっけらかんと「検索をかけても何もヒットしない言葉なんですよ」と答えるのみであった。

『プニヨンマ』とは音のみで構成された、一方ではっきりとした意味を持たないものである。ならば架空の造語と片付けてしまうべきなのか。いやいや、そうではない。

私は考えた。『プニヨンマ』とはすなわち、音で作られた「器」なのだ。

森砂季氏はネット川柳界で活動する現代川柳作家の一人だ。プロフィールを拝読する限りでは現代川柳との出会いからまだ2年も経っていないそうだが、昨年第一句集『プニヨンマ』を出版。その後も積極的に作品を発表されている。

森氏が現代川柳を始めるきっかけとなったのは、今をときめく現代川柳界最強のホープ・暮田真名氏だ。森氏の句には暮田イズムと呼べる、読み手の追求をかわすかのような軽やかさが随所に見受けられるが、決して暮田氏のコピーで完結していない。何より印象的なのは、いずれの句にも森氏独自のユーモアが練り込まれている点であろう。ユーモアというものはまことに扱いが難しい。ひとたび失敗すれば即ち「スベる」わけで、大抵の場合、読み手は不発に終わったユーモアに同情することはあっても好意的に受け止めることは決してない。

これは現代川柳に限らないであろうが、「読まれたい」という思いが強くなると、作り手は挑戦を踏み止まってしまうことがある。ある程度作品を発表し、周囲から一定の評価を得た後なら余計に、自分の得意分野の中でのみ言葉をこねくり回してしまうということも珍しくはない。事実、その方が自分にとっても負担が少ないし、読み手も安心する。一見すると双方にとってWin-Winというわけである。

しかし、森氏は挑戦を止めない。正確には「実験」に近いのかもしれない。この創意工夫の精神には、森氏が愛するプラモデル製作にも通ずるものがある。

プラモデルとは、よく知らない人々からすれば、パーツをランナーから丁寧に切り離し、説明書通りに組み立ててしまえば完成、というだけの作業に映る。必要とされるのは根気と手先の器用さ程度のものだと認識している人も少なくないかもしれない。それはそう間違ってもいないのだが、実際にプラモデルを愛する人々は、既存のキットの可能性を、自分なりの形でさらに追い求めているのである。

昨今のプラモデル製品はあらかじめ色分けもしっかりなされており、いわゆる「パチ組み」の状態でも立派なものが仕上がる。成型色の時点で十分美しのだが、それでも愛好家達は自分なりの色を求めて塗装を行う。ガンプラなどは特に、別々のキットの部品同士を組み合わせる「ミキシング」という技術を用いて完全オリジナルの機体を生み出す人も大勢いる。

言葉選びや活用方法だけをとって見るならば、突飛なことを試みている川柳作家はそう珍しくない。「〇〇に××を組み合わせるなんて斬新ね」などという感想は俳句の世界でも少なからず耳にしてきた。だが、取り合わせに意外性ばかりを求め続けるのは危険でもある。こけおどししか繰り出せなくなり、早晩作句に行き詰まるからである。

森氏は時に記号も積極的に取り入れているが、現代川柳作家の中では「あるある」でもある難解句に近いテイストの句は見当たらない。強いて挙げるならば「架空の名詞」系ならばちらほら見受けられるであろうか。

言葉選びにも繋ぎ方にも捻くれたところがない森氏の句が、それでは深みもないかといえばそのようなことはまったくない。言い切っていない部分から滲み出る、深読みへの誘惑が、読み手を森ワールドへ強く惹きつけていく。『プニヨンマ』は表紙こそ脱力系イラストで可愛いが、まったくもってなめたものではないのである。

これほどまでにひたむきに言葉のミキシングを続ける川柳作家を私は知らない。ただの驚きで終わらない、パーツ同士の自然な繋がりを意識した「取り合わせ」がそこにあると私は思う。

私が現代川柳を始めた時、当時周囲にいた俳句関係者には「あんなよくわかならないものの何がいいの?」だとか「こんなものに時間を割くくらいなら俳句一本でいかないと、俳句が上達しないよ」というようなことさえ言われた。

そうやって現代川柳をいっしょくたに「よくわからないもの」と認識してなめくさっている奴らにほど『プニヨンマ』を読ませてやりたい、と私は思う。凝り固まった価値観にすがる軟弱な奴らにとって『プニヨンマ』は読む劇薬にもなろう。とはいえ、そのように扱うつもりはさらさらない。『プニヨンマ』が何であろうとも、やはり読まれるからには愛されてほしい。そう思わせるものが、この句集には確かにあると思うのである。

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