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近未来建築診断士 播磨 第3話 Part3-1

近未来建築診断士 播磨

第3話 奇跡的な木の家
Part3 『解析』-1

【前話】


 事務所兼自宅のワンルームに帰り着き、『木の家』のデータ整理をはじめて2時間。ついにソフトウェアが根をあげた。だがぼくは褒めてやりたい。こんなイレギュラーだらけの物件をよくここまで仕上てくれた。

 断層撮影データと調査写真でも、建物各所の混沌ぶりが見て取れた。だがその混沌は野放図というわけではない。

 あくまで簡易診断の結果だが、各所の防水能力は問題なしと出た。葉の茂る屋根も、キヅタやナツヅタの絡む外壁も雨漏りを防ぐらしい。

 構造は判定不能だった。乾燥状態でない生木を建材とする場合の力学データが無いのだ。仮想空間で実験してみればいいが、予算がいくら必要かわかったものではない。だがヒノキの柱にしろ枝にしろ、立派に柱や梁の役割を果たしていることはわかった。

 給排水管はもう驚くしかない。内部が空洞の竹が各所に水を送り、流している。トレーサーからの診断データは7割がエラーで帰ってきていたが、竹管内部の汚れや水質は問題ないことがわかった。

「おや、画面が赤いね」

 バルコニーから春日居燕が入ってきた。調査着から着替え、ゆったりとしたセーターにデニムパンツといういでたちだ。

 他人事のように呟いているが、眉間にしわが寄っている。彼女もまた、あの建物の不可解さは伝わっているようだった。

 頷いて診断結果を表示し、指で指し示してみせる。
 耐震性、耐久性、耐火性等々の必要項目は軒並み赤字に染まっていた。

「この結果だと、売り物にはできない」
「なるなる。釣瓶さんには残念だ」
「ぼくにもだ。初の公共案件がこの結果じゃダメだ」

 当初の目論見では、この仕事でいい結果を出して役所とのコネクションを確立したかったのだが。

「建物が不良物件なのはウチらのせいじゃないじゃん」
「確かに。でもそれに価値を付与することもぼくらの仕事だ。この結果をそのまま提出するのは避けたい」

 まだ諦める段階ではない。例えば室内の居心地良さは主張できる。色彩、素材、空気汚染度から国際基準のリラクゼーション度数をまとめることは可能だ。
 だがあの建物が間違いなく数十年もつという証を立てない限り、それはおまけでしかない。

「なんか案はあるの?」
「いまのところは、何も」
「なーる。ヤモリ先生の腕の見せ所だね」

 思わず彼女を睨みつけた。肩越しにこちらの顔を覗き込むその目はいたずらっぽく微笑んでいた。

「なんだよ。いいじゃんヤモリ先生」
「ヤモリも先生呼ばわりも嫌いなんです」
「まぁまぁ」

 馴れ馴れしくこちらの肩を叩くと、彼女はパンツのポケットから何かを取り出した。密閉式のプラスチック袋のようだった。

 彼女はこちらの目の前にそれを掲げて見せた。照明をすかして袋の中が見える。細かいチリの様な物が入っているようだ。

「これは?」
「あの家で拾ってきた。壁の真下に落ちてた粉」

 春日居が軽く袋を振ると、中のチリがさらさらと動いた。
 チリは全体的に茶色できめ細かい。ホコリやゴミではなさそうだ。

「役所の人が掃除してるっぽかったでしょ?あの家。
 なのに壁の下にこれが落ちてた。気になっちゃってね」

 たしかに気になる。なんだろうこれは。試しに物性を調べてみるのもいいかもしれない。袋を受け取ろうと手を伸ばすと、彼女は袋を高く掲げて遠ざけた。

「別料金」

 気が効いた理由はこれか。
 借金を背負う彼女にとって、収入はあればあるほど良い。実際、うち以外にもパートタイムの仕事をしているらしい。
 頭の中で計算機を弾き、事務所の会計と数秒の間にらめっこする。ため息と共に答えが出た。

「・・・いいでしょう。それを解析して、何かわかったら払います」
「OK。でも前払いがほしい」
「さすがにがめつ過ぎやしませんか」
「安心しな。お金じゃない」

 差し出したプラスチック袋で、こちらの額を軽くはたきながら、またもいたずらっぽく笑った。

「敬語、いい加減やめろって」
「・・・わかったよ、春日居」
「よし」

【続く】

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