近未来建築診断士 播磨 第4話 Part4-3
近未来建築診断士 播磨
第4話 無自覚な従僕たちのマンション
Part.4『現場調査』 -3
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「室内の壁面、天井面、床面の撮影完了です」
「確認しました。おおむね図面通りですね」
インターホン、壁体内の劣化測定器、火災報知機など、管理システムとの通信機能がある設備を全て確認したが、どこにも異常は見られなかった。詳しい結果はジニアスによるチェックを待たなければいけないが、大きな問題は出ないはずだ。
春日居は調査が進むに連れ口数が減った。会話を録音されているというのもあるが自分の仮説が間違っていたことが原因だろう。
建物が人を変える。その兆候はいまのところ見当たらない。納得はいかないが町内会長が抱いた不信感は、単純にこのマンション理事会の体質が生んだものなのかもしれない。
大きな窓から都心の威容を眺める。高所に住む趣味はあまりないが、この景観は嫌いじゃない。この眺めとともに暮らす人が能荏理事長のように偏屈な性格に変わるとは思えなかった。
その時、インターホンが鳴った。
隣の春日居と顔を見合わせる。彼女はそっと首を振った。心当たりはないらしい。ここは空き家だ。インターホンが鳴るということは、何かの間違いか、ぼくらに用事があるかだ。おそらく理事会の誰かが来たのだろう。
片づけを春日居に任せ、キッチンカウンター脇のインターホンへ向かう。着信待機を示す点滅ボタンを押した。
「はい。播磨建築診断・・・」
『播磨くん。私だ。山田だ』
春日居が何かを落とす音が聞こえた。すぐにARグラスに彼女のチャットが走る。
『どういうこと』
『わからない。待機』
理事会から預かったボイスレコーダーのマイクを塞ぐ。
「ご無沙汰して・・・」
『時間がない。手短に言う。理事長が君達を不審者として警察に通報した』
なにを言われているのかわからなかった。その間も彼はまくしたてた。
『1階エントランスに理事会員が十数名集結している。出入り口を固めているんだ。どこか別の場所から脱出しろ』
「ちょ、ちょっと。ちょっと待ってください」
「落ち着けヤモリ。でたらめ言ってるだけだ」
『そう思うなら吹き抜けを見下ろして来たまえ春日居くん』
隣に立った春日居は猛烈な速度で端末を操作している。逆探知を試みているようだが、マンション内通信のセキュリティは固いらしく、エラーばかりが吐き出される。
彼女の言うことは最もだ。
山田太郎社長はもはや信用できる人物ではない。この部屋へ連絡してきたことを考えても明白だ。彼はいまだぼく達を監視していたに違いない。彼の目的はわからないが、いくらあの理事長とはいえ警察を呼ぶなんて話はあまりにも突飛すぎる。
乱れた呼吸を落ち着けて、どうにか体裁を繕った。
「ちょっと、疑わしいお話ですね」
『…しかたない。作事くんにつなぐ。それで納得したら逃げるんだぞ!』
作事刑事に連絡をつなぐ?
目眩がする。ようやく繕った体裁がよろよろと崩れ落ちそうだ。どうして山田社長がそんなことをできるのか。どうしてそんなことをするのか?
考えがまとまらないうちに、さらなる追い討ちがスピーカーから響いた。
『播磨、お前なのか!』
作事刑事の声だ。
どういうことだ。この部屋のインターホンは緊急連絡用に外部との通話が出来るタイプだ。通話機能は確かにある。だが日常使えるものじゃないし、そもそもどうやって社長が電話を取り次げたのか。
肩を叩かれる。同時にチャットが流れた。
『ハッキング。作事の声、合成可能性』
成る程。目的はわからないが、ぼく達に働きかけるための芝居をしているかもしれない。ありそうな話だ。
「作事さん」
『どういうことだ。俺の個人端末に野郎から連絡があった』
脳裏で作事刑事が喋っている姿がありありと浮かぶ。温和な雰囲気を崩さず、しかし目つき鋭く、必要なことを口にする。その映像を苦労して打ち消した。
「内容は聞いてますか」
『ああ。お前等が仕事先で通報されたってな。いま確認したが、本当だ。そこの所轄の2名がマンションへパトロールに向かった』
つい窓の外へ意識を向けてしまうが、二重サッシの窓からはサイレンの音なんて聞こえない。
「作事さん。一度切ります」
『え?・・・ああ。了解だ』
インターホンの通話が切れる。部屋が一瞬の無音に沈んだ。
むこうがそう出るなら確認は簡単だ。作事刑事本人に直接確認すれば良い。社長の虚言かどうか。それではっきりする。端末を叩き作事刑事の個人端末を呼び出した。
「もしもし」
『作事だ。播磨、本人だな』
「貴方も」
『ああ。山田のヤツが何か企んでるのかと思ったが、違うらしいな』
春日居を見る。彼女は呆然と頷いた。どうやら間違いなく本人らしい。その腕の端末にはこの通話経路の照会確認が示されていた。
「ええ。残念ながら」
状況ははっきりした。悪い方向に。
「さっきのお話は」
『ああ。緊急じゃないが、間違いなくそっちに向かってる』
目的や経緯はさておき、山田社長は本当のことを伝えてきていたのだ。もう疑いようは無い。
能荏理事長はぼく達を警察に突き出すつもりなのだ。
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