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中流危機は本当か

先日、NHKスペシャル取材班が発刊した「中流危機」という本を読みました。一昨年にテレビでも特集が組まれていたようです。

かつて一億総中流と呼ばれた日本で、豊かさを体現した所得中間層がいま、危機に立たされている。世帯所得の中央値は、この25年で約130万円減少。その大きな要因が“企業依存システム”、社員の生涯を企業が丸抱えする雇用慣行の限界だった。技術革新が進む世界の潮流に遅れ、稼げない企業・下がる所得・消費の減少、という悪循環から脱却できずにいる。
参照
https://www.nhk.jp/p/special/ts/2NY2QQLPM3/episode/te/V93X848VQ1/

以前は日本の豊かさの象徴でもあった一億総中流が危機に瀕しているというものです。

個人的には、30年も経てば世代も移り人々の考え方も変わるので、社会システムが変革することも仕方ないのではないかなと思うのですが、25年で約130万円の世帯所得の減少とは穏やかではありません。

このあたりから、今回は中流危機について考えてみようと思います。

1 所得はそんなにも減っているのか。

番組のエッセンスをまとめた記事には、
企業などで働く、5500万人。その暮らしが揺らいでいることを示す、深刻なデータが明らかになりました。日本の世帯所得の中央値は25年前に比べて、およそ130万円減少。中間層が沈みこむ現象が起きています。とあります。

データ元を見ると、内閣府の令和4年度年次経済財政報告を基にしているようです。この報告を見ても、確かに25年間で、1994年の505万円から2019年の374万円へと中央値は100万円以上減少したと記載があります。
令和4年度年次経済財政報告(第2章) (cao.go.jp)

所得が低めの400万円未満の世帯の占める割合が上昇し、その増えた主な理由は、高齢者世帯の増加によるものです。

高齢者世帯は25年前と比べ、爆発的に数が増加しています。高齢社会白書を見ても、1995年(平成7年)と比較すると、2~3倍に膨れ上がっています。
65歳以上の者のいる単独世帯:2,199世帯(1995年)→7,427世帯(2021年)
65歳以上の者のいる夫婦のみ世帯:3,075世帯(1995年)→8,251世帯(2021年)
令和5年版高齢社会白書(全体版) (cao.go.jp)

高齢者世帯はリタイアした人が多いことから、貯蓄現在高の中央値は全世帯の1.4倍ある一方で、所得はその他の世帯平均と比べて低く、高齢者世帯の所得階層別分布を見ると150~200万円が最も多くなっています。

ここで現役層の所得が減ったというよりは、リタイアした人が増えたことによって所得の総量が減ったのではと疑問が湧きます。

そして、白書の高齢者の所得について記載されてある欄のすぐ下に「高齢者以外の平均所得金額」があり、その数字は689.5万円となっています。平均値と中央値の違いがあるとはいえ、最初の数字374万円とは大きく開きがあります。

私もそうでしたが、25年前は3世代(親、自分、子ども)が居住する世帯も珍しくなく、3世代の場合は所得も高く出る一方で、高齢者ののみの世帯は夫婦の年金のみという場合も多く所得が低く出る傾向にあります。
参考:3世代世帯:4,232世帯(1995年)→2,401世帯(2021年)

中央値は高齢者のみの世帯数の増加に伴って、引き下げられるためであると考えられます。そのため、高齢者世帯を含まない数値で比較してみると、所得が減っているのか、確認が出来そうです。

高齢社会白書に掲載されている所得は厚生労働省の「国民生活基礎調査」から引っ張ってきているようなので、元をたどってみると、平均値ではありますが、世帯の種類別に所得が掲載されています。

令和4年(2022年)の国民生活基礎調査を見ると、全世帯の平均所得は545万円ですが、高齢者世帯に限定すると318万円と大きく額を減らします。一方、子どもがいる世帯に限ると785万円です。

25年前の平成9年(1997年)の同じ調査で比較してみます。全世帯だと661万で、やはり令和4年とよりも高額です。高齢者世帯はあまり変わらず316万円で、やはり令和4年と比べると高齢者世帯数の増加によって平均が下がっていることが見て取れます。

そして、25年前の子どもがいる世帯、主に現役世代と思われますが、平成9年の平均所得は781万円です。令和4年は785万円なので0.5%アップしています。一応増加しています。

25年で1%未満なので、他国と比べれば相対的に低く、全く褒められたものではないのですが、現役世代の所得が大きく減少しているわけではなさそうです。

2 思い描いていた中流の暮らしとは

NHKスペシャルの中でも、「イメージする中流の暮らしは?」という問いかけに5,000人以上の現役世代が回答しています。

その質問に対し、6割以上の回答があったのが、「正社員として働いている」「持ち家を持っている」「自家用車を持っている」でした。

そして、『イメージする中流より下の暮らしをしている』と答えた人は56%になっています。しかし、その思い描いていた中流の暮らしは本当に臨んでいるものなのでしょうか。

(1)正社員として働いている人は少ないのか

労働力調査によれば、2023年平均の完全失業率は、わずか2.6%です。世界でも失業率が3%を切っているのはかなり珍しいと言えます。

加えて、非正規雇用やアルバイトだけが増えているわけではなく、2023年平均の正規の職員・従業員数は3615万人と、前年に比べ18万人増加しています。

非正規雇用の問題がクローズアップされがちであるため、正社員は減少傾向にあるのかと思いきや、なんと9年連続で増加中です。
労働力調査(基本集計)2023年(令和5年)平均結果の要約 (stat.go.jp)

一方で、労働力全体では6900万人いるのだから、正社員になりたくてもなれない人がいるのではとも思えます。

しかし、男女共同参画白書によると「現在の職業・雇用形態で働いている理由」に対する回答として、「その形でしか 雇用されないので」という回答は、20~39歳において女性で15%、男性で21%と平均でも2割弱しかありません。

柔軟な働き方であったり、他に優先するものがあったりと主体的な理由で、その雇用形態を選択している人が多いようです。

こう見ると、数字上ではなりたくてもなれない正社員の人はいるものの、イメージする中流より下の暮らしをしていると答えた割合以上に正社員への門が閉ざされているわけではないように思われます。

(2)みんな家や車が欲しいのか

中流として、次にイメージするのは家や車を持つことのようです。確かに、自分自身が家を購入したこともあり、家を持つことは良いことという思いを個人的には持っており、最近も持ち家万歳というようなnoteも書きました

一方で、全ての人、特に若い世代が家を購入することを欲しているとも思いません。それは「武士は食わねど高楊枝」「酸っぱい葡萄」的なものではなく、自分の意志で賃貸を選択する人が多くなっているように思うのです。

調査としても表れています。全国宅地建物取引業協会連合会・全国宅地建物取引業保証協会が行ったアンケートでは、持ち家は77.9%と圧倒的な一方で、30代では賃貸派が、たった5年で15%(2017年)から30%(2022年)になるなど、勢いは賃貸派にあります。
参考:不動産の日2022調査レポート (zentaku.or.jp)

確かに、家賃がもったいないから持ち家と言っても、税金や住宅ローンは支払いますし、天災等のリスクも背負うことになります。また、ご近所トラブルも賃貸なら最悪引っ越せばいいだけですが、持ち家だと簡単にはいきません。

比較的縛られないライフスタイルを好むと思われる自分と同世代・若い世代には、賃貸が好まれる傾向にあるということも理解できます。

そのため、持ち家こそが中流ということにも違和感があり、比較的余裕のある暮らしはしているけれども賃貸派という方も一定数いるでしょう。

車も同様です。今は、昔と比べて特に都市部では公共交通機関が発達し、自家用車以外の移動手段が豊富にあることに加えて、レンタカーやカーシェアリングといった自家用車を持つ以外の選択肢も多くあります。

新車を買う経済的な余裕はなく、中古で購入しても維持費がかかるといった理由も強いですが、昔のようにローンを組んでまで車を買うという意志は薄れているように感じます
参考:今年の新成人、マイカー所有率は14.8%  「車を所有する経済的な余裕がない」は6割超―「2020年 新成人のカーライフ意識調査」より抜粋(第1弾)) | ソニー損害保険株式会社のプレスリリース (prtimes.jp)

3 まとめ

結局、昔と今とでは中流のイメージが異なっているように思います。自分の親のような暮らしがしてみたいと願ってみても、その親も自分と同じ年の時には、お金で苦労している人が多いでしょう。

30代のビジネスパーソンが、子どもの時である25年前の1999年は、深刻な景気後退にようやく歯止めがかかったけれども民需は弱く、日経平均も今の半分以下で失業率は倍近くになっています。
経済の回顧(要旨) 平成11年(平成11年12月27日) - 内閣府 (cao.go.jp)

その時代その時代で苦労はきっとあったはずです。その時代の中流が今の中流と同じとは限りませんし、親の若いころのようになりたいと願ったとしても、それが現代の中流になれるとイコールではないと思います。

ダーウィンが言った『生き延びるのは、最も強い者でもなく、最も賢い者でもない。唯一生き残ることが出来るのは、変化に適応するものが生き残る。』にも通じるものがあります。

加えて、自分は中流にはなれないと自ら悟ってしまっては、望む生活をするのは困難でしょう。必要以上に、経済や政治のニュースを深刻に受け止めすぎず、自らの人的資本を高めることが、より豊かな生活をする道のように感じます。

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