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飛び出せ!佐久間探検隊

第三十九回 さよならガリバートンネル


ドモドモ。
佐久間探検隊の隊長、佐久間ディックです。

三ノ宮の駅前に「ガリバートンネル」と呼ばれる場所があるのは、
御存知でしょうか?

地下出入口「A14」

それがガリバートンネルと呼ばれる場所の正式名称です。
この出口は他の出口と比べて小さく、
まるでドラえもんの秘密道具であるガリバートンネルに似ています。、
そういう事から「ガリバートンネル」と呼ばれるようになりました。
長らく親しまれてきたA14出入口ですが、
11月7日から閉鎖されることとなりました。
三ノ宮駅の駅ビル工事の関係でです。
そこで探検隊はガリバートンネルを訪ねるべく、
阪神電車の神戸三宮駅に降り立ちました。




降り立ったのは東口。
フラワーロードに近くである西口とは違い、少し寂しい感じです。
それでも通行量はそこそこありますが。




改札を出て、左折したところです。
ちょっと殺風景な雰囲気ですね。
清潔感はありますけど、機能一点張りといった感じで。
突き当りを右折します。




右折した先には殺風景な通路が少し続いた後、
急に雰囲気が変わって賑やかになります。
通路の先は味ののれん街
さんちかの中でも飲食店が多いのが特徴です。




味ののれん街を進むと、案内の看板が。
A14出入口へは右折します。




右折すると、こういう通路になります。
それまでとは打って変わって、ノスタルジックな感じの通路に。




少し進むと現れるのが、A14出入口です。
他の出入り口とは違い、古めかしくて小さいのが特徴になります。




正面からA14出入口を見たところ。
階段はそう急でもないのですが狭く、手すりが南側にしかありません。




階段横には閉鎖を告げるお知らせがありました。
11月6日が最終日となります。




年季を感じさせる細部。
ビニールは水漏れ対策でしょうか。




トンネルの内部。
一般的な出入口より狭いので、圧迫感があります。




壁にも歳月が刻まれてます。
古いけど掃除はちゃんとされてるので、不潔感はありません




地上へ出る寸前。
先に見えてる歩道橋は、三宮駅前の歩道橋。




地上へ出て見たA14出入口。
雨除けは結構複雑なRを描いています。
扉は夜間に封鎖するためのもの。




A14出入口の全景。
確かにドラえもんのひみつ道具にそっくりです。
今でこそ地下道の出入口となっていますが、

本来は路面電車の乗降場の出入口だったんです。

1971年に惜しまれつつ全廃されましたが、
それまで神戸の街には路面電車が走っていました
神戸市電です。

元神戸市電592の広島電鉄582

当然、三宮駅前の中央幹線にも走っていました。
三宮分岐点と脇浜町を結ぶ、東部国道線です。
脇浜町では、阪神国道線と連絡してました
みなとの祭の花電車以外、乗り入れはなかったそうですが。
姿を消したのは、1968年4月21日でした。

話を戻してA14出入口の市電時代の姿ですが、
下の記事の写真の通り、他に3つと計4つ出入口があったそうです。

上下ホームと道路の反対側ですね。
市電の廃線後に上下ホーム用の2つは撤去され、
反対側の1つも改良工事で姿を消したようです。
このA14出入口が作られた年代ですが、上の記事では1933年となってます。
しかし東部国道線が開通したのは、1935年
2年近くも上下ホームの通路は、完成後も放置されてたのでしょうか。
X(旧Twitter)でこのような話を述べた方がいらっしゃいました。

なるほど、1934年に建設されたようです。
つまり時系列を箇条書きにすると、

1933年阪神が三宮まで延伸
1934年A14出入口建設
1935年神戸市電東部国道線開通

となるようです。




こちらにも閉鎖のお知らせが。
やはり寂しさを感じますね。




北側から見たA14出入口。
中央幹線の向かいにはかつて神戸そごうだった神戸阪急の姿が。




地上側の出入口の内側。
雨除けになってる部分は緩やかな曲線を描いてます。




雨除けの中央部分にある「A14」のプレート。
色褪せてるので、かなりの年月風雨に晒され続けたものと思われます。
それが一種の貫録を醸し出してますね。




後方から見たA14出入口。
このアングルから見ると、ドラえもんのひみつ道具そのものですね。




真後ろから見たA14出入口。
なんか不思議な形をしていますね。




地上側から見た地下への入口。
すれ違いがしにくいので、先客がいたら待った方が良いかも。




階段の途中から一枚。
床の色が落ち着いていて、良い雰囲気ですね。




さて、先程上下ホーム用の2つの出入口があったと書きました。
廃線後に地上部分は撤去されて道路になったので痕跡はありませんが、
地下道との接続部分は痕跡が残ってます。
こちらはA14出入口から少し南へ行った場所にある、
かつて東行きホームに接続していた出入口の跡になります。




閉鎖されてはいますが、往時の雰囲気を感じ取ることは可能です。
形状がA14出入口と似たようなので、
こちらもと同じような雰囲気だったと思われます。




更に南へ行った所にある、西行きホームと接続していた出入口の跡
先ほどの出入口と似てますね。
閉鎖の処理も似てるので、同時期に閉鎖されたと思われます。
おそらく東部国道線が廃止になった1968年4月に閉鎖し、
即作業が行われたのだと思います。




正面から見たところです。
一つ違う点は、扉の位置。
先ほどの出入口が左側に寄ってるのに対し、
こちらの出入口は右側に寄ってます。
何故なんでしょうかねぇ。
閉鎖された現在は倉庫というか物置になってるだろうに。




今から40年近く前、某サークルの集会に出席するため、
月イチで三宮へ通ってました。
まだ震災が起こる前の事です。
梅田からの阪神電車の快速急行で三宮駅に着くと、
味ののれん街のカレー屋さんで昼食を摂り、
A14出入口を通って地上へ出るのがいつものパターンでした。
集会は青少年会館が会場だったので。
いつも今日の集会の事を考えてドキドキ、
ワクワクしながら通ってました。
あの頃は若かったなぁ。
今も相変わらずバカですが。
今回久しぶりにA14出入口を通ったのですが、
震災前と変わっていませんでした。
神戸の街はかなり変わりましたが。
貴重な神戸市電の遺構だから残して欲しいけど、
老朽化もあるから閉鎖は仕方ないのかも。
閉鎖後の地下部分がどうなるかは知りませんが、
出来ればそこにA14出入口が存在した証は残して欲しい
なぁ。

「さよならガリバートンネル」

おわり。


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