安井息軒《救急或問》12

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一周易ニ一君二民君子之道也、二君一民小人之道也【①】トアルハ、役人ハ員少ナキヲ善シトス、員少ナケレバ人才撰ヒ易クシテ費ヘ少ナシ、員多ケレバ自然不肖ノ人其中ニ

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混入スルユヘ唯費ヘ多キノミナラズ、弊害必ズ並ビ生ズ、又小吏ノ財ヲ掌ル者、其俸ヲ厚クシテ其爵ヲ重クスベシ、俸禄猶少、未可責小吏之廉【②】ト云ヘルハ深ク人情ニ通ジタル語ナリ、律ニ監臨盗【③】ノ文アリ、役人ノ贓罪ヲ犯セルヲ云フ、常ノ盗賊ヨリ其罪一等重シ、小吏ヲ駕御スルハ此ノ二法ヲ尤モ善シトス。

注釈:
①《周易・繫辭伝(下)》:陽卦多陰、陰卦多陽、其故何也。陽卦奇、陰卦偶。其德行何也。陽一君而二民、君子之道也。陰二君而一民、小人之道也
②《宋太祖詔》:吏員猥多、難以求治。俸祿鮮薄、未可責廉。與其宂員而重費、莫若省官而益俸。差減其員、舊俸月增給五十。
③《唐律・賊盗律・監臨主守自盗条》:諸監臨主守自盗及盗處監臨財物者、加凡盗二等。三十疋絞。

意訳:《周易・繫辭伝下》に「陽は君主が一人で臣民が二人以上いる状態で、これは君子の道である。陰は君主が二人以上で臣民が一人しかいない状態で、これは小人の道である」とあるのは、役人は定員が少ないのがよいという意味である。定員が少ないと適切な人材を選出するのも容易で、人件費も少なくてすむ。逆に定員が多いと〔人数合わせのために〕自然と不肖の輩がその中に混入してしまうため、単に人件費が多くなるだけでなく、弊害が必ず同時に生じるものだ。

また階級の低い官吏でも経理を担当する者は、俸給を多くして爵位(身分)も重くしてやるべきである。北宋の初代皇帝である趙匡胤が「俸給や身分などの待遇が低いままで、小役人の清廉さを求めてはならない」(《宋太祖詔》)というのは、ヒトの心の動きに深く通じた言葉である。

唐王朝の法律である《唐律》に「監臨自盗」(官吏の業務上横領罪:官吏が、自身が職務として管理している公財を自ら盗む罪)に関する条文があって、これは役人が窃盗罪を犯すことをいうのだが、通常の盗賊よりその罪状を一等級重く扱うと規定している。

下級官吏を操縦するにはこの二つの方法(※)が最善であると考える。

補注:
※二つの方法:アメとムチ。つまり官吏に高めの俸給(給与)と爵位(社会的身分)を与え(アメ)、同時に官吏が犯罪を犯した場合は一般人よりも重目の刑罰を課す(ムチ)。

余論:現代日本では「やりがい搾取」という言葉がある。あるいは従業員に最低賃金しか払わないまま、「経営者目線で働いてほしい」という経営者もいる。息軒は江戸時代の人間だけれども、そんな無体な要求はしない。ちゃんと要求に見合う給料を払ってやれ、という。
 息軒は、何というか、ヒトの心とか気持ちにほとんど信頼を置いていない。

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