安井息軒《時務一隅》(六)前段b

26-01 金銀相場の義、江戸は金を主として、何時にても、金壹兩は六拾匁に御座候ふ。上方は銀を主とし、金壹兩、先年は六拾壹貳匁より、至極高直に相ひ成り候ひても、六拾四五匁に過ぎず候ふ處、米利健、橫濱へ䦨入致し、御用金を仰せ付けらる後は、六拾七八匁より、七拾貳參匁迄引ぎ上げ申し候ふ。是れは御府内に差し出し候ふ金子を相場違ひを以て、本地へ引き戾し候ふ姦計に御座候ふ。匹夫の身として、天下の利權を弄し、諸人を苦しめ候ふ事、惡(にく)むべきの甚だしきに御座候ふ。【★】

脚注:
★匹夫~御座候ふ:「利権」が何を指すのか、分からない。あるいはこの一文は錯簡で、深川の材木問屋を批判する27-03へ移すべきではないか。待考。

意訳:金銀交換比率(相場)の件ですが、〔元禄年間以来、〕江戸は金(Gold)建てを主として、〔幕府が定めた公定相場によって〕いつでも金1両は銀60匁でございます。上方は銀を主とし、〔さらに変動相場制のため江戸とは交換比率が異なりますが、それでも〕金1両は先年は銀61~62匁より、非常に高値になりましても、銀64~65匁に過ぎませんでしたが、〔安政5年(1858)の日米修好通商条約によって〕アメリカ(米利健)人どもが横浜へ駐留いたし、〔幕府が商人たちへ〕「御用金」の供出をお申し付けになられた後は、金1両は銀67~68匁より、72~73匁まで引ぎ上げ申しました。

 これは江戸府内に差し出しました金(Gold)を、金銀交換比率の東西の差(相場違ひ)を利用して、大阪の本地へ引き戾します悪巧み(姦計)でございます。〔大阪の商人どもが〕匹夫の身でありながら、〔株仲間として幕府より〕公認を受けた利権(天下の利権)を悪用して、人々をを苦しめております事は、非常に嫌悪すべきことでございます。

余論:息軒による江戸時代の金銀両替制度の解説。江戸の固定相場制度と上方の変動相場制度と、二つの為替相場が併存していることが問題だと、息軒は考える。


26-02 其の譯は諸國の米穀產物を引き受け、又は諸家へ金子を貸し付け候ふに、皆銀匁にて金子を相ひ渡し候ふ故、銀高多く金高少なく候ふ。大坂に於ひて、七拾參匁にて金壹兩請け取り、右金を江戸に於ひて使ひ候ふ節、定相場六拾匁に御座候ふ故、武家には、金壹兩の內にて、三朱餘りの損失あり、町家は居ながら三朱餘りの德分御座候ふ。賣買共に、右の通り損德御座候ふ故、商賈は益々富み、士農は益々貧しく、天下の金錢大坂に集まり候ふ儀、自然の理數に御座候ふ。

意訳:その仕組み(譯)は、〔大阪の商人たちは〕諸藩の年貢米や特産品を引き受けたり、またはあちこちの武家にお金を貸し付けます際に、みんな銀建てでお金を渡しますので、銀(Silver)の流通量が多く金(Gold)の流通量は少ない〔銀安金高の状態〕です。武家が〔農産物の代金や借入金として商人から受け取った銀子(Silver)を、銀よりも嵩張らず移送に便利な金子(Gold)に両替しようと、〕大阪の両替商へ行って銀72~73匁で金1兩を請け取り、この金(Gold)を江戸で使います時は〔、小判は額面が大きくて日常使いに不便ですから、江戸の両替商へ行って朱銀に崩すわけですが〕、公定相場は金1両銀60匁でございますから、武家には金1両につき銀3朱(12匁)あまりの損失があり、商人は居ながらにして銀3朱(12匁)あまりの利得がございます。
 売買ともに、右のような損得がございますので、商人はますます豊かになり、武士と農民はますます貧しくなり、日本全国(天下)のお金が大阪に集中しますことは、自然の摂理でございます。

余論:息軒によるマネートレード問題の解説。
 江戸時代の日本には、東西二つの為替制度があり、江戸は固定相場制、大阪は変動相場制となっていて、しかも大阪は銀安金高の傾向があった。それを悪用することで、商人たちは労せずして大金を稼いでいると、息軒は批難する。

 まず大阪商人たちは、武士の年貢米を銀建てで支払う。武士は受け取った代金を移送するために嵩張らない金(Gold)に両替するが、銀安金高の大阪では金1両が銀72匁も取られた。その金(Gold)を参勤交代などで江戸へ行った際に朱銀へ両替すると、江戸は固定相場で金1両=銀60匁と決まっているので、受け取る銀は60匁にしかならず、結果的に銀12匁を損することになる。
 一方、江戸時代の両替商は、多くが大阪に本店を置いて、江戸に支店を出していた。それで両替商は、江戸の支店を通じて武士から回収した金(Gold)を大阪の本店へ運んで、再び武士相手に金1両=銀72匁で両替することで、簡単に銀12匁の利益を出せた。これを繰り返すことで、巨万の富を容易に得ることが出来る。
 問題は、大阪の両替商が幕府から株仲間として公認され、寡占的な排他特権を得ていることで、上方における銀安金高相場は、彼ら両替商による為替操作によるものだと、息軒は考えているのである。

 ただし、一部息軒の誤解がある。安政5年以降の銀安傾向は、国内の金が大量に海外流出することを問題視した幕府が、貨幣改鋳などを通して金銀交換比率を国際相場に合わせていった金融政策の結果であって、一概に両替商の為替操作によるものとはいえない。


26-03 金錢は物價の主と相ひ成り候ふ物に候ふ。此處に狂ひ御座候ひては、天下の物價盡く狂ひ、諸人の難義と相ひ成り候ふ間、何卒金子は、天下一同六拾匁と御極めに成られたく候ふ。此の令出候はば、例の狡賈黠商、外に姦計を生じ、或ひは金錢の融通、暫時惡しく相ひ成り候ふ儀、之れ有るべく候へ共、嚴令を以て、二三年御持ちこたへに成られ、甚だしき姦計を構へ、又は法を犯し候ふ者は、重科に處され候はば、必ず行はれ申すべく候ふ。

意訳:金銭は物価を定める主体となりますものでございます。ここに狂いがございましては、全国(天下)の物価がことごとく狂い、人々の苦労(難義)の原因となりますので、何とぞ金(Gold)は全国一律銀60匁とお決めになっていただきたいです。
 この法令が出たら〔出ましたで〕、例の悪徳商人(狡賈黠商)どもは、また別の悪巧み(姦計)を考え出し、あるいは〔武家にとっても〕お金の融通が一時的に悪くなりますことは、きっとあるはずですけれども、〔幕府が〕厳しくお命じになって2~3年お持ちこたえになられて、ひどい悪巧み(姦計)を企てたり、また法を犯します者どもは、片っ端から重い罰(重科)に処されましたら、必ず〔金銀交換比率の全国一律化は〕実行でき申しあげるはずです。


26-04 諸國の錢相場も、大不同之れ無き樣致したき事に御座候ふ。御府内販夫、又は遠國武士等は、錢高き方を利と致し候ふ。豪商幷びに在府の武士は、錢の賤(やす)きを利と致し候ふ。此の輕重見計ひ肝要に御座候ふ。

意訳:諸国の金銀交換比率(相場)も、大きな違いが無いように致していただきたい事でございます。江戸府内の小売商(販夫)や地方(遠國)在住の武士などは、物価が安い方(錢高き方【①】)を利といたします。〔逆に〕卸問屋(豪商)や江戸在住の武士は、物価が高い方(錢の賤き)【②】を利益といたします。この軽重の見極めが肝要でございます。

脚注:

①錢高き方:未詳。ひとまず「貨幣の価値が相対的に高い=物価が安い」と解釈しておく。
②錢の賤(やす)き:未詳。ひとまず「貨幣の価値が相対的に安い=物価が高い」と解釈しておく。

余論:金銀交換比率に関する意見のまとめ。
 なぜ江戸住まいの武士にとっては物価高が望ましいのかが、よく分からない。「錢高き方」「錢の賤き」の解釈に間違いがあるのかもしれない。待考。

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