diaspora

千冊はその言語で書かれた本を読まないと、その言語で自信を持って公の場で公開できる文章を書けないと思い、現在、英語の本を千冊目指して読んでいます。

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千冊はその言語で書かれた本を読まないと、その言語で自信を持って公の場で公開できる文章を書けないと思い、現在、英語の本を千冊目指して読んでいます。

最近の記事

The Boundary Line at Dawn in Komaba

Komaba, once my sanctuary at the University of Tokyo campus. In those days, I spent my youth in this esteemed academic bastion. But as time shifted, a different atmosphere now pervades. Of course, legendary Classroom 900, where Yukio Mishim

    • 夜明けの境界線:駒場にて

      駒場、かつての私の居場所である東京大学のキャンパス。あの頃は、学問の殿堂として知られるこの場所で、若き日々を過ごしていた。しかし、時代は移り変わり、かつてとは違う雰囲気が漂っている。もちろん、三島由紀夫が全共闘を討論を繰り広げた900番教室は、もう無い。 深夜、私はある種のボランティア活動のためにキャンパスに戻っていた。現役の助教たちと共に、夜間当直を担当していた。彼らは、私と同じように立場が不安定で、未来に対する期待と不安が入り混じった瞳をしていた。 当直署は、ガラス張

      • Japanese Tennis

        In junior high and senior high schools, there are tennis clubs as extracurricular activities. However, during practice time, first-year students are not able to practice tennis at all. Second and third-year students, or so-called seniors, m

        • some old memoir

          I graduated from elementary school in March 1970, which means I belong to the generation that is 50 years older than the author of 'To All Those Who Underestimate the University of Tokyo'. The differences in specifications between the autho

          「東大を舐めている全ての人達へ」の作者より50年前の世代の記録(1)

          私は1970年3 月に小学校を卒業しました。つまり、「東大を舐めている全ての人達へ」の作者より50年前の世代に属すると思います。前述の作者と私の小学校時代におけるスペックの違いは次の点です。(1)私は京都市上京区の公立小学校(仁和小学校)に1965年4月に入学し、小学校5年の9月から、郊外ベッドタウンの団地の小学校(大山崎小学校)に引っ越しました。(2)私の親は教員で私にとって学校での世界も家庭内の世界も価値観はまったく同じでした。つまり、「表と裏」という日本社会の基本的文化

          「東大を舐めている全ての人達へ」の作者より50年前の世代の記録(1)