われら幼児警護隊

きのう、職場を出て駅に向かう角を曲がったところで、通りの向こう側に幼稚園児くらいの女の子が泣きながら走っている姿が見えた。
「おかあさああん!待ってよぉう!おかあさああああん!」

いまにも駆け寄って抱きしめてあげたいのをぐっとこらえつつ、悲壮な声を張り上げながら走っていくその目線の先を追う。すると紺色のワンピースに同色の日傘といういでたちの女性が振り向きもせず足早に駅への道をずんずん進んでいる。女の子も紺色の制服に同色のリュックで、きっとあの人がおかあさんなんだなと予想がついた。
おかあさんの側にどんな理由があるのかはわからないけど、何かどうしても受け入れ難いことがあったんだろう。しかし涙で視界もぼやけているであろう未就学児が疾走しているのを放置するわけにもいかないので、少し距離をとりながら親子が合流するまで見守ることにした。

それにしてもおかあさん、全く止まらない。子供との距離は50メートルくらい離れているか。いくら子供が泣き叫んでもいっさい振り向かず、スピードを緩めることもない。それどころか、大通りの手前で横断歩道を渡ってこちら側の歩道に移ってきた。交通量も少なく見通しも良いので、まあ許容範囲か。きっとかなり頭に来ているのだろう。
でもその先は片側3車線で、中央分離帯もあるような道路。さすがにその手前で待っててあげるだろう…だんだんと早くなる鼓動を周囲に悟られないよう平静を装いつつ(特に周囲に人は居なかったけど)目で追っていたら、なんとそのまま大通りの横断歩道まで渡ってしまった。そしておかあさんが渡りきると同時に信号は赤に。これは危ない。

ちょうど、女の子は泣きながらも必死に歩き、小さい方の横断歩道を渡って私のいる歩道にたどり着いたところ。そして私もちょっと小走りになりながら、女の子に追いついた。
そのまま横断歩道に飛び出してしまったら私が身を挺して守らなければ…!
私の心拍数は急上昇。一瞬の緊張。
結局、女の子が道路に飛び出すことはなく、信号が変わるまでの長い時間を耐え切った。視線の先には通りの向こうからこちらを見つめるおかあさんの姿。さすがに信号待ちの間に距離を広げるようなえげつないことはしないところに少しだけ安心した。

信号待ちの間、ずっと女の子やおかあさんを見つめているわけにもいかないのでさりげなくまわりに目をやると、女の子の左後ろくらいにたたずむ女性と目が合った。ちょっと困ったような笑顔で女の子をちらりと見て、また私に微笑んできたその様子から、きっとこの女性も私と同じなんだなと勝手に確信した。

信号が変わると同時におかあさんに向かってまっしぐらに駆け出す女の子。なんとなく付かず離れず、渡りきるまで見守って、おかあさんと合流した様子を脇目で確認すると同時に何事もなかったかのようにすっと離れて駅へと急いだ。



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