アナログ/デジタル/ハイブリッド。教師目線で考える、これからの教育のかたち
先日、ある大学教員のコミックエッセイがTwitter上で話題を呼びました。のちにBuzzFeed Japanで『「涙が止まりません」大変だったのは先生も同じ。反響を呼んだ漫画、オンライン授業の苦悩の日々』として取り上げられたこの漫画の主人公は、尾方 僚(おがた りょう)先生。書籍の執筆や企業向けセミナー、教育機関での指導経験も豊富で、「キャリア」についての活動を20年以上行ってきたベテラン講師です。
今回のnoteでは、デジタルハリウッド大学(DHU)で「キャリアデザイン」の授業を担当する尾方先生のこれまでと、アナログ×デジタル=ハイブリッド型授業に至るまでの道のりに迫ります。高校生や保護者の方、教育関係者のみなさんにとって、これからの教育を考えるヒントになれば幸いです。
尾方 僚(おがた りょう)
大手就職情報会社のマーケティング職を経て株式会社インターンシップを立ち上げる。現在は、キャリアコンサルタントとして企業向け採用コンサル、専門学校、大学でのキャリアに関する授業の講師を担当する。
「アナログ」にこだわってきたわけ
――デジタルに強みがあるDHUでも、尾方先生は「アナログ」の授業にこだわってきたとお聞きしました。それはなぜでしょうか?
学生の就職、企業の採用という仕事に携わってきて長いのですが、「面接のない会社はない」ということに尽きると思います。コロナ禍において、オンラインでの会社説明会・面接・グループディスカッションが定着してきており、より一層プレゼン力やコミュニケーション力が要求されていますが、最終面接だけは対面になることがほとんど。アナログな場面で使えるスキルの向上は不可欠です。
――なるほど。
DHUの授業カリキュラムにはデジタルのスキルが身につく授業がたくさんあり、その道の専門家が最先端の技術を教えてくれます。入学してくる学生たちのモチベーションも「デジタルスキルを生かした"仕事"に就きたい」である場合が多い。だからこそ、「技術だけでは仕事は回せない」ということに早いうちに気が付く必要があるのです。
もちろん、一定の水準の技術力がないと入社できない会社もたくさんあるので、学生の間に技術をつけておくことも重要です。ただ、いくら高い技術を持っていても、新卒の学生が入社後すぐに大きなプロジェクトに携われるケースはまれ。そこで必要になってくるのが「技術以外の部分」なんです。
――技術以外の部分?
そうです。以前、外資金融の採用コンサルテーションの仕事をしていた際に、募集要項に「英語の能力はさほど重視しません」とわざわざ書くことにしました。それは「TOEICで990点をとっていたら外資で働ける」と思われるのは違うから。業務を円滑に行えるだけの英語力はもちろん必要ですが、むしろ仕事をするための基礎能力があるかどうかのほうが重要なんです。その裏には「外資で働きたいと思っているなら英語は当たり前のように勉強しているよね」という事実もあるのですが。
――制作会社などのクリエイティブな仕事においても、同じことが言えそうですね。
実際にゲーム会社の求人の「こんな人を求めています」という項目を見ていると、コミュニュケーション力・折衝力・チームワーク力など、さまざまな要素が散りばめられています。
私はこれらを「ソフトスキル」とまとめて表現しています。技術力にあたるのが「ハードスキル」だとすると、この両輪がうまいバランスをとっていないと仕事はできません。
キャリアデザインの授業で担当しているのは、まさに「ソフトスキルの向上」です。とことんアナログにこだわって、スマホやPCなどのデジタルデバイスの持ち込みを禁止することもありました。プレゼンのポスター作りも模造紙とペン、絵具、クレヨン……。1度描いたら修正できないから頑張れー!って(笑)。
――デジタルに慣れているDHUの学生たちは戸惑いませんか?
ポスター作りのときなどは、反発する学生はいましたよ。「デジタルで表現できる力があるのに、なんで使っちゃだめなのですか?」ってね。
ですが、就職して現場に出た際に自分に適した環境があるとは限らない。その場にあるものを使って表現しなくてはならないことも多い。学生にはアナログやデジタルに関わらず、その場で瞬時に表現できるスキルを身につけてもらいたい、と伝えていました。
一方で、自宅から好きな絵の具やクレヨンを持ってきてあれこれ作ることをすごく楽しんでいる学生も多くいました。DHUの学生は、何かを作ることはとにかく好きなんだな、と感じた瞬間でしたね。
デジタル化の推進によって気づいた「リアル」の重要性
▲天野ハナさんのTwitterより / @uekibachinohana
——コロナ禍をきっかけに、教育のデジタル化・オンライン化が一挙に進みました。アナログにこだわってきた尾方先生はどう受け止めたのでしょう。
大変でした。今までアナログだったものをどうデジタルに変えていくのか?という葛藤の日々。プリントで配布していたものをデータへ。板書していたものをパワーポイントへ。さあどうしましょう?って感じでした。
それまでの授業でデジタルツールをほとんど使用してこなかったので、授業をオンライン化するにあたって、やることは山積み。なんとかオンライン授業をスタートさせたあとも、授業後に誰とも話さずレポートを読み、次の授業の準備をする……。この循環が一番辛かったです。
いつもであれば、教室に学生が残って片付けをしながら話をしたり、授業のあとにどこかに寄って帰ったりという気持ちの切り替えができました。それが、授業前も後もひたすら自宅で作業。授業が終わったら一斉に真っ暗になってしまう画面を見て、「もうPCなんて見たくもない!」と思ったこともありました。
これではお互いによくない!と思い、DHUの授業ではこれまでの授業と近いことをやってみようと思うようになったのです。
DHUの柔軟性が「ハイブリッド授業」を実現した
▲天野ハナさんのTwitterより / @uekibachinohana
——どのように授業のやり方を変えていくことにしたのですか?
大学事務局のスタッフに「アナログ授業をオンラインでやりたい」と相談しに行きました。そうしたら、「いいですね、やってみましょう!」と歓迎してくれたんです。TA(ティーチングアシスタント:授業のサポートを行う先輩学生)たちも、どうすれば私のやりたいことをデジタルで実現できるか、とことん一緒に考えてくれたんです。
そうして生まれたのが、アナログとデジタルを交えたハイブリッド型の授業。緊急事態宣言が一度落ち着いて、通学したい学生が教室へ来られるようになってからスタートしました。
——ハイブリッド型の授業について詳しく教えてください。
授業はZoomとSlack(DHUの在学生全員が使えるSNS)を併用しながら、 教室に来た学生とオンラインで参加する学生が同時に同じワークに取り組めるよう工夫をしました。使うのはカメラとマイク、パソコンが2台。1台は私が学生全員の顔や様子を見て話せるよう、ギャラリービューにしています。もう1台はオンライン参加の学生向けに、教室内の様子が見られるよう設定しています。
▲天野ハナさんのTwitterより / @uekibachinohana
授業は私が教室にいる学生へ普段通り対面ワークを進めながら、オンライン参加学生にも反応を求めたり、TAたちがSlackで拾ってくれたオンライン学生のリアクションに対応したりしながら進めていきます。
この授業は私1人ではできず、TAたちの協力が不可欠です。気をつけないと、私は目の前にいる学生だけに意識が集中してしまう。常にオンライン参加の学生をみてくれるTAたちがいないとうまくいきません。
——TAさんと連携しながら授業は成り立っているんですね。
私とTAたちは授業開始30分くらい前に教室へ集まって機材など準備をします。正直手間はかかるのですが、「こうやったらもっと良くなるんじゃないですか?」と一緒に考えてくれる。TAたちには本当に助けられています。
——ハイブリッド型授業を始めたことで気づきや学びはありましたか?
いろんなトラブルも発生したし、本当にトライアンドエラーの連続でした。ですがこの取り組みを通して、リアルなコミュニケーションができなくても同じような学習体験を与えられることができた。これには大きな価値がありました。
この間、ハイブリッド型授業に関するセミナーに参加してきたんです。そこで話をしていた北海道の大学の先生が、「北海道は雪で通学できない学生が毎年発生するので、ハイブリッド授業はコロナだけに対応するものじゃなく、学校へ通えない学生のために教育現場で定着するんじゃないか」とおっしゃっていました。授業のオンライン化は学生や教師の苦労を数多く生み出しましたが、新しい可能性ももたらしたと感じています。
▲実際のハイブリッド授業の様子
コミックエッセイ化と反響
——今回のハイブリッド型授業は、グラフィックデザイン専攻のDHU生によってコミックエッセイ化され、ネットやSNS上で多くの人に読まれました。「漫画」にしようと思ったのはなぜですか?
自分の頑張りを記録に残しておきたいと思ったんです。突然のデジタル化で挫折しかけてる先生も全国にはたくさんいる。でも私はこういうことに挑戦している、こういう取り組みがあるというのを伝えたかったんです。
最初はブログを書こうと思ったのですが、ある日DHUの学生と雑談中に相談してみたら、「漫画なら文章より情報量が多く、わかりやすく伝わると思います」と提案してくれたんです。確かにそうだな、と思いました。それから彼女(天野さん)と一緒にコミックエッセイを作っていきました。
——公開後の反応はいかがでしたか?
大勢の人から反応をもらえたのがよかったです。全国の先生たちが集まるFacebookグループで漫画を公開したら、「こういうチャレンジがあったんだ」「気づきを得られた」といったコメントを先生たちがたくさんしてくれて。
それに、DHUの自由さと柔軟性をひしひしと感じました。大学名を出すにあたって公開前にDHUの事務局と学長へSlackを送ったんです。そもそも学長と直接連絡を取れるのもDHUならではなのですが、返ってきたのが「先生、これ面白いですね!どこで発表されたんですか?」という反応で。許可を取らなくてもよかったの!?と思いましたね(笑)。
ということですぐに先ほどのFacebookグループに投稿をしたのですが、他の大学だったらなかなかそうはいかなかったと思います。こういう大学名を使うための許可取りは、手続きにすごく時間がかかることが多いので。
——教員の活動に対する自由さ、懐の広さを感じますね。
はい。それらが学校全体の成長につながっているんでしょうね。この先、もっとこういうことやりたい、ああいうことやりたいと思ったとき、DHUはきっと協力してくれると思っているんですよ。
▲天野ハナさんのTwitterより / @uekibachinohana
意欲を受け入れる大学
——最後に、今回の出来事を振り返ってみていかがですか?
苦労はたくさんありましたが、一方で刺激的で面白い時間が過ごせたなぁと嬉しく思ってもいるんです。この歳になって、教えることが得意で慣れていると、「できない」と現場で思う機会なんてなかなか無いんですよ。だから、緊急事態宣言を機に自分自身も教わることが必要な状況に立たされたことで、久しぶりに新しいインプットができました。大変だったけれど、すごくよかった!
DHUは意欲を受け入れてくれる大学です。否定から入るのではなく、「受け入れる」という姿勢をとることが、教員にとっても、学生にとっても、自分たちの大学全体にとってもプラスになると分かっているんです。教員の「やりたい」だけじゃなく、学生の「やりたい」ももちろん応援してくれると思いますよ。
「やりたい」と言ったからには、まっとうする責任はあるけどね!
——ありがとうございました!
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