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訪問歯科診療で忘れがちなこと    (フィジカルアセスメントの重要性)

この記事では訪問歯科診療における患者さんのフィジカルアセスメントの重要性について、私個人の体験と考えを織り交ぜながらお話ししていきます。
(歯科医師、歯科衛生士の方に読んでほしい内容です)

私の訪問歯科診療での経験談

「脳梗塞の前駆症状」に遭遇した話

忘れもしません。
歯科衛生士となって1年目の歯科衛生士単独訪問の時のことです。
私は上司からの指示に基づき、軽度認知症の女性患者さん宅へ単独訪問を
しました。
普段はちょこっと忘れっぽいこと以外は元気なイメージのあった
この患者さんが、この日はベッドで横になっていました。
私は(珍しいな、いつもは出迎えてくれるのに…)と内心思いつつも
いつも通り挨拶をして診療の準備に入りました。
患者さんが「最近よく転んじゃって、それで休んでたの」とポツリと一言。
私「どうして転んだのですか?」
患者「台所で転んだの。でもその時のことはよく覚えてないの」
私「最後に転んだのはいつですか?」
患者「ついさっき、あなたが来る何分か前だと思う」
私「どういった感じで倒れましたか?」
患者「気づいたら後ろ向きに倒れていたの」
私(?後ろ向きに倒れるのは不自然だ…つまづいたなら前のめりになるはず。なんか喋る様子ががいつもと微妙に違う…倒れる前のことを覚えてない…
もしかして単純につまずいたとかではなく気を失って倒れたのか?しかも最近繰り返しているとなるとまたこの後も繰り返すかも?!)

ふと思い出した「脳血管疾患での構音障害」

なんだか普段と喋り方が違う患者さんに対して
「話ずらさとかってないですか?」と聞くと
患者「いや、ないわよ」
私「試しにパパパパパ」と言ってみて下さい。
患者「ファファファファファファ…言いづらいわね。」
私「!腕が痺れたりしませんか?手をあげてみて下さい」
患者「そうなの、なんだか右腕と右足がうまく動かないのよ」
ここまで聞いて勘の良い方はお分かりいただけたと思いますが、この方は
この時点で実は脳血管疾患の症状が出ていたのです。
ただ、私自身この時にこれ以上自分がどうしたらいいか分からず、とにかく手短に口腔ケアを終了させ(本来なら口腔ケア自体を行うべきではなかったですが)医院に戻った際に上司へ気になる事があったと、経緯を報告。
上司は「すぐに担当医へ状況を連絡するから」と同じ法人の担当医師へ
連絡をしてくれました。

後日、担当医師からの診断結果が届く

確か数日後だったと思います。
上司からふと「木村、この前の患者さんの件で担当医から情報提供書がきたから読んでおけ」と紙を渡されました。正直、新人歯科衛生士の私に
医科からの情報提供書なんて読めるのか?と思いつつ内容を読んでみると…

「(前略)歯科衛生士より転倒の連絡があり…(中略)転倒は【脳虚血(TIA)】にるよるものと…(後略)」

脳虚血とは一過性脳虚血発作のことを言い、脳梗塞へ移行するリスクが20%程度あると言われている発作症状のことだそうです。
(この時に自分で調べて初めて脳虚血という言葉を知りました)
この時、私は驚きと共に一種の怖さを感じました。

もしあの時、私が患者さんの異変に気が付かなかったら患者さんは
どうなっていたのだろうか?

それと同時にこうも考えました。
自分にできること(適切な対応)が他には無かったのだろうか?


急変症例に遭遇

それから月日は流れ3年ほど経過し、勤務先の医院も変わっていました。
これからお話するのはそんなある日の特別養護老人ホームでの話。

SpO2が90%に低下していた患者さん

この頃、私はパルスオキシメーターと嚥下聴診目的の聴診器を
常時携帯していました。しかし、
それらの器材はフィジカルアセスメントというよりは
嚥下評価のために持ち歩いているものでした。
全く持って、3年前のあの教訓は忘れかけています笑

この日担当した女性患者さんは車椅子生活をしていた認知症患者さんで
いつも素敵な笑顔で挨拶してくれる物静かな痩せ型の患者さん。
しかしこの日はベッド上で横になっていて様子が違いました。
とにかく上手くは言えないけど、様子が変だと感じたので
パルスオキシメーターで経皮的酸素飽和度を計測してみると

SpO2 90% の表示が。
他にも色々な異常(所見にこの時気がついていました)がありました。
例を挙げると

  • 本来、痩せ型の人なのにこの日はいつもより少し太ったように見えた

  • 背上げをするとSpO2が95%くらいまでなぜか一気に改善する

  • 呼吸の際、胸と腹の動きが一致しない不自然な動き

  • 水平位にすると途端に苦しそう。

  • とにかく元気がない

  • 口腔内に痰など、呼吸を遮るものは見られない

担当の介護職員へ相談すると「最近そうなの」との素っ気ない返事。
私「そうですか…(でも明らかに変なんだけどこの違和感をうまく言えないんだよなあ)」とその場を離れてしまいました。

その日の仕事が終わったときから私は、
「あの不思議な一連の症状は一体なんなのか?」
頭が一杯になり症状について自分なりに調べまくりました。
すると「心不全」「急性増悪」というワードに答えがありそうでした。

  • ①背上げをするとSpO2が95%くらいまでなぜか一気に改善する

  • ②本来、痩せ型の人なのにこの日はいつもより少し太ったように見えた

  • ③呼吸の際、胸とお腹の動きが一致しない

  • ④水平位にすると途端に苦しそうな雰囲気

  • ⑤とにかく元気がない

これらの症状を専門用語に置き換えると
①起座呼吸(きざこきゅう)
②浮腫(の悪化)による体重増加
③シーソー呼吸
④夜間呼吸困難(起座呼吸の一環とも言えます)
⑤呼吸困難
この時、私は
全ての症状は心不全の急性増悪から来るものでは」と疑ったのです。
それと同時に他にも心不全を疑う症状ってないのだろうか?と調べ始めます。

翌週、さらに様子がおかしくなっていた

翌週、私は真っ先にあの気になっていた患者さんの元へ向かいました。
幸い(?)入院はしていない様子。
しかし
明らかに顔が大きい…
と感じると共に「顔が浮腫んだんだ」と考えました。
浮腫以外の所見はというと
相変わらずのシーソー呼吸
頸静脈が怒張している
SpO2は80%後半から背上げしても90%前半と先週から悪化
話せないくらい衰弱している
食欲が落ちている(介護職から聞いた)

「もう、搬送しないと患者さんが危ない」
そう感じた私はまたあの介護職員へ話をしに行きます。
しかし返答は
「いつもそうだから」(前回は「最近はそうだから」だった)
と素っ気ない返事。
私「すぐに先生に診てもらわないと近いうちに意識がなくなるかもしれないと思いますよ?」
と再度念押し。

しかし職員を説得するだけの自信がない私はここで引き下がってしましました(看護師へ直接伝えるべきだったと反省)
その場を後にします。

後日、入院の連絡が入る

後日、特養へ訪問するとすぐにあの介護職員が私の元へやってきました。

介護職員「(患者の)〇〇さん、あの日の深夜に状態が悪化して、救急搬送されたんです!なんで分かったんですか?!」

私「(そもそも2週前には悪化してたんだけどなぁ…)そうなんですね…早く良くなるといいですが」と答えになってない答えを返してその場を去りました。


私は患者さんの健康に責任を持つ

(若干の脚色も加えてありますが)実際の私の経験談を2つ
紹介させていただきました。
紹介した2人以外にも10年の歯科衛生士人生の中で訪問診療において
約200人くらいの「あれれ?」に遭遇して、そのうち
20人前後の「これはやばい」に遭遇しています。
その中には救急搬送及び当日中の外来受診に繋げたケースも
10人はいたと思います。
(残念ながら、私の関係者への説明不足で搬送がなされなかった結果、残念な結果になったケースもあるかもしれない思います)



総括 歯科といえど口を見る前にするべきことがある

訪問歯科診療において歯科衛生士の業務といえば

  • 口腔ケア

  • 歯科診療補助及び介助

  • 摂食・嚥下関連(スクリーニングなど)

  • 歯科保健指導

  • その他雑務

この辺りが一般的によく言われる業務内容だと思います。
私自身も、歯科衛生士3年目あたりまではそう考えていました。
訪問先に行ったら挨拶をして、なんとなくバイタルサインを確認して、
いつも通りの口腔ケアをして、患者さんと雑談をしておしまい。
おそらくこれが大多数の訪問歯科診療で見られる歯科衛生士の姿。
私自身、それこそが歯科衛生士に求められていることだと思っていました。多くの歯科医院の先生方が歯科衛生士に求めていることだとも思います。

しかし患者さんの立場で考えると、訪問歯科を受診する目的として
歯科受診を通して美味しく食事をすることができる、
痛みや苦痛なく、健康に過ごすことができる
この辺りが患者さんの歯科受診の目的になると思います。
そう考えると、私たち訪問歯科の歯科衛生士は口腔ケアや摂食・嚥下だけを
意識していては決して患者さんの歯科受診の本当の目的を達成できないのではないかと考えます。

訪問歯科診療と患者さんの関係図

この図では患者さんを一本の木に見立てて、訪問歯科診療の業務内容がどの部分に関わっているのかを表しています。
歯科診療では患者さんとの信頼関係が極めて重要で信頼関係を構築しながら診療をおこなっていきます。
そのため、コミュニケーションが、木で例えるなら木の幹に相当すると
思います。
口腔ケアを含む一連の訪問歯科診療の行為は木の枝葉に相当します。
ここまでが通常、訪問歯科で歯科衛生士が考える
「患者さん(木)を見る時」の歯科衛生士と患者さんの関係性です。
ただし、木を支えているのは外から見えている部分の一番下にある木の幹
ではなく、さらにその下にある「根っこ(患者さんの体調)」の部分です
根っこ(体調)の状態が不安定、ましてや悪化していくのであれば
安全かつ満足な診療など行えるはずがありません。
私たち訪問歯科衛生士に必要な視点は、木の枝葉だけを見ることではなく
患者さんの体調を評価し、
その些細な変化を察知して必要な時にしかるべき職種(医師や看護師)へ
早急に情報提供を行うことではないか?
私は、そのように考えています。
無論、そのためには口腔内を見る知識ではなく、全身を見る知識や技術が
必要です。
通常、歯科衛生士を養成する専門学校ではそのようなカリキュラムは組まれていないか、あったとしても申し訳程度の薄い内容です。
私の考える「患者さんの体調を見ることも重視する訪問歯科診療」を
実践するには歯科衛生士一人ひとりが全身についての知識や技術を学ぶ必要があります。
本当の意味で患者さんの人生を豊かにするためにも、
私たち歯科衛生士が体調評価に関する知識と技術を学んでいく必要があると
考えています。



最後まで私の記事を読んでいただきありがとうございます。
この記事が少しでも皆さんの歯科衛生士、歯科医師としての訪問診療の
お役に立てたら、そして間接的にでも患者さんの健康の維持や増進に役立てたら私としてはとても嬉しいです。

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