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日曜日の駄弁8週目

「分かった!」と思ったことを、ひとに説明しようと思うと、それって案外難しいんですよね。

「分かる」と似た言葉に「知る」ってあるじゃないですか。
「いま知った!」ということを、ひとに説明するのは、難しくないんです。

例えば、「プルーストの生没年はいつでしょう?」ということについて知らないとして、Wikipediaででも調べてみて、「あ、1871年生まれで1922年に亡くなってるんだ」となったら、それをひとに説明するのは、なにも難しいことはないわけですよね。
「プルーストは1871年に生まれて、1922年に亡くなってるんだよー」「へぇー」というだけのことで。

知ったこと、知っていること、知識って言うんでしょうか、そういうのって、ひとに伝達するのにそんなに難しいところはないかなって思うんです。
もちろん、それを聞いた人が、その知識を記憶にとどめるかどうかというのは、まったくべつの問題ですけど。

とにかく知識というのは、伝えるのがそう難しいものじゃないということで。

ところが、「分かった!」っていうこと――これを知識に対して理解とでも呼ぶとして――を、ひとに説明するのは、「いま知った!」を説明するより、何段階か難しいって思うんです。
「分かった!」って思ったことも、それをひとに説明できないとしたら、本当はそれは分かってないことかもしれないと、ちょっと思わないでもないんです。

僕が何かについて「分かった!」と言ったとして、そのとき誰かに「じゃあそれ説明してよ」って言われて、「いやぁ、ちょっと説明できないんだけど……」って言い澱んだら、「(こいつホントは分かってないな)」って、思われそうな感じも、あるじゃないですか。

ここは難しいところで、確かに「ホントは分かってない」場合もあると思うし、ただ「説明するのが難しい」という場合もあると思うし、なんともいえないところだと思います。どっちもありえると。

さらにもうひとつ!

「分かった!」に含まれるニュアンスで、僕が一番面白いと思うところは、「ホントは分かってない」と「説明するのが難しい」だけの場合の、中間的なところにあるものがあるんじゃないか、っていうことなんです。

「分かった!」って感じた直感、その感触は、ホンモノなんです。そう感じた当人にとって。
だから、彼が感じたその「分かった!」は、説明するのが難しいとしても、ひとに説明してできないわけではない。彼が粘り強く説明して、それをずっと聞いてくれる(読んでくれる)人がいるのであれば。

ところがです。

人は間違ったことを正しいとしてそれを「分かった!」と思い込むという場合が、往々にしてあるということです。

というか、ある程度以上に複雑な問題についての「分かった!」という感触というのは、だいたいみんなそうなんじゃないかと思うくらいです。

例えばウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』です。

ウィトゲンシュタインは哲学のこと、論理のこと、倫理のことなどをコンコンと考え続けて、あるときに「分かった!」って思ったんだろうと思うんです。
で、その自分の「分かった!」をひとに説明するために、『論考』を書いたんだと思うんです。
そして『論考』を読んだ人は、ウィトゲンシュタインの言っていることが「分かった!」り「分からなかった」りしたろうと思うんです。

ウィトゲンシュタインは『論考』を書いて、「哲学問題を解決した」と思ったから、哲学から手を引いて小学校の先生になります。

ところが、のちに自分が書いた『論考』について、「あれ? 間違ってたかな?」って思い始めるんです。

それで、哲学に戻ってきて(大学の先生になって)、『論考』のどこで間違ったのかということを考え続けることになります。

つまり『論考』で展開した説明には間違いが含まれていたということなんです。

『論考』の頃の「分かった!」という直感は、ある意味では「間違っていた」ということです。
つまり、人は間違ったことを正しいとしてそれを「分かった!」と思い込むという場合が往々にしてあって、ウィトゲンシュタインでさえ、ということです。

そしてこのことは、ウィトゲンシュタインに限らなくって、古典的な哲学の本のほとんどすべてについて言えることだと思います。
哲学に限らなくて、小説でも批評でもなんでもそうだと思います。

ひとはみんな自分の「分かった!」という感触をひとに伝達するために、哲学の本を書いたり批評を書いたり、あるいは小説を書いたりしているけれど、その「分かった!」っていうのは、たいていちょっと、あるいはたくさん「誤りを含んでいる」んだと思うんです。

僕は前回の「駄弁」で、「プルースト分かった」それで「文学も分かった」って書いたんですけど、この「分かった」だって当然「誤りが含まれて」いるに違いないんですけど、「分かった!」という感触については、けっこうホンモノかなって、思ったりしている次第です。

駄弁でした。

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