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スーファミ全盛期のスクウェアのサントラCDの作者コメントが泣ける

タイトルで言いたいこと全てを言いきってしまったが、

・ファイナルファンタジー
・聖剣伝説
・ロマンシング・サガ
・クロノ・トリガー
・ライブ・ア・ライブ

など、僕が中学生(1992年~1995年)の頃、スーファミ全盛期のスクウェアは本当にすごかった。

出すソフトすべてが革新的で意欲に満ちたものに思えたし、実際の完成度も売上本数も、飛ぶ鳥を落とす勢いだった。

どんな人たちが開発していたのだろう?と当時から興味を持って調べていたものの、ファミ通などのきちんとしたメディアインタビューは広報担当の事前チェックも入るし、売上に影響が出たりするから無茶なことやマイナスなことは話せない。何より、ほとんどの内容がゲームシステムの解説になるので、どんな人がどんな気持ちで作っていたか?はあまりわからなかった。

そんな中、僕がこぞって集めていたのがゲーム発売後に出る「サントラCD」だ。これら音楽CDはゲームの後に出るのでゲーム自体の販売本数に影響を与えないうえ、おそらくプロデューサーや広報の厳密なチェックがあまり入っていなかったのだろう。CDのおまけということでゲームの解説をする場所でもないので

「作曲者が、その時思ったこと」が当時の熱量で本音のまま書かれていて、凄まじく貴重な資料になっていたのだ。

僕が中学生の頃に一番驚いたのはこれ。

グランド・フィナーレより引用

名作ファイナルファンタジー6のアレンジアルバムなのだが、ライナーノーツ(制作者あとがき)にはこう書かれていた。

個人的には今回のアレンジアルバムの出来については満足していない。
僕の中でそれぞれの曲に対するイメージとはあまりにもかけはなれた作品になってしまった。これは決してアレンジャーの責任ではない。これだけは死守したいというイメージを明確にアレンジャーの人に伝えきれなかった自分の怠慢であり、「これがどんな出来になろうともアレンジしたのは僕じゃない。」という逃げ道を用意していた自分自身の責任である。

いきなり買ったCDを全否定するすごいことが書いてある。その後、さらに感情をともなった本音が吐露される。

(中略)僕は「いい子」を演じてきた。『ここで自分の本音をぶちまけて誰かの気を悪くするのであれば、こちらが折れよう。』それが優しさだと勘違いしていた。
『本当は僕はそう思っていないんだ。でもこんなことをいうと、嫌なやつ生意気なやつだと思われるだろうな。』
それが怖かった。実はそれが本心だったのだ。その恐れと真正面に向き合うのが怖かったために僕はものわかりのいい優しい自分を演じる方向へ逃げてきた。嘘をついていたのだ。
もうこれ以上逃げるのはいやだ。起きてしまった出来事と正面切って向かい合いたい。

ちょっと正直に書きすぎ…!という気もするが、これまで雑誌のインタビューでは絶対に見られなかった植松さんの本音が書かれている。ちなみに1995年。エヴァンゲリオン初回放送の5ヶ月前である。

(中略)35歳になってもわからないことがたくさんあります。当たり前のことを理屈ではわかっていても身をもって体験しないと理解できないこともいっぱいある。
僕は音楽を職業にしてよかった。これまで様々なことを僕に教えてくれたり気づかせてくれたり体験させてくれた人達全てに対して感謝の気持を込めて音楽という形をとった愛情でお返しができるから。

全体的にものすごく熱い。ものすごく売れていたFF6のスーファミ絶頂期でもあったので、周囲の環境も激変していろいろな事があったのだろう。

これを読んだ当時の僕は14歳。
中二病っぽい多感な時期に深く刺さってしまい、35歳を超えてしまった今も折を見て読み返している。(実際、自分も35歳頃に働き方を大きく変えた

当時のスクウェア作曲家ではファイナルファンタジーの植松伸夫さんが一番年上のアニキだったので、年下の社員たちもこのスタイルに従ったのだろう。同じような熱いコメントが当時のライナーノーツにはたくさん書かれていた。

なかでも、僕のものづくり人生の方向性を確定してしまったとも言えるのがこちら「聖剣伝説3」のライナーノーツだ。

聖剣伝説3 オリジナル・サウンド・ヴァージョン より引用

今回は、そこ(聖剣伝説2)で確立したイメージを踏まえたうえで、より新しいコンセプトを打ち出したいのです。それは「変だけど格好いい」というものであります。
(中略)
現在のゲームミュージックが陥りつつある陥穽、旧態然としたアニメBGMの模倣や、既存の音楽ジャンルの手法のみを取りいれてそれによりかかるなどの悪弊を廃し、より高い創造性を実現し、さらにはゲームミュージックというものに対するユーザーの意識を柔軟にし、再活性化させたいのです。

格好いい真正面の戦いではなく「変だけど格好いい」という少しずらした邪道で戦うという宣言。

これは、ファイナルファンタジー、ロマンシング・サガという超絶ヒットタイトルがすぐ横にある中での菊田さん(当時33歳)なりの戦いの宣言だったのだと思う。

当時のライナーノーツを読み漁っていないとピンとこないかもしれないが、当時の僕には後半に書かれた「アニメBGMの模倣」は伊藤賢治さんのロマサガインタビュー(決戦!サルーインで「XJapan」っぽいものを作る)を、「既存の音楽ジャンルの手法のみを取りいれてそれによりかかる」は植松伸夫さんのファイナルファンタジー民族音楽アレンジのことを言っているように見えた。

それらと勝負しなくてはいけないのに、聖剣伝説はアクションRPGだったのでユーザーが好きな時に剣を振るとその効果音に1音取られてしまうというとても大きいハンデがあった。スーファミは同時に8音しか出せなかったので、FFやロマサガが8音フルで重厚な音楽を出しているのに対し、聖剣伝説では6音(二人同時プレイでは二人が別々に剣を振って音を出してしまうためマイナス2音)で作らなくてはいけない状態だった。

それでも逃げたり言い訳したりするのではなく邪道で戦うという宣言。これを読んでいた僕個人も「自分のものづくりの力は天才には遠く及ばず、何かトリッキーな方法で戦うしかない」と思っていた人間なので、このスタンスは僕の人生に大きな影響を与えている。(これを読んだ20年後に他の作家さんよりも敢えて下手すぎる絵で出して売れた「エヅプトくん」などもこの方向性だ)

そして、FF&ロマサガとものすごく売れているライバルがいる中でも

現在リアルタイムでスーパーファミコンから出る音としては、おそらく最高のものであろうと、自負している。

と折れない姿勢を貫いているのは、とてもかっこよかった。

そして最後は、会社の中でもとびきり若かったクロノ・トリガーの光田さん(当時23歳)のライナーノーツだ。

クロノ・トリガー オリジナル・サウンド・ヴァージョン より引用

僕の人生の中で

幸運なのか不幸なのか、この"LINER NOTES"を書いている最中に僕は23回目の誕生日を迎えた。しかしいつ頃からだろう?自分で作曲をしたいと思ったのは……

まだ若干23歳なのだが、いきなり光田さんの人生を総括する自伝のような熱いコラムが始まる。

作曲とは?

作曲とは?と聞かれるといつも回答にこまってしまうのだけど、"自分探しの手段"と答えるのが一番妥当なのかな?その時の自分の生活状況がそのまま反映されて曲ができてしまうのは不思議だよね。ある意味、自己中心的とも言えるが…(笑)

のような概念的な自己問答もある中で、「親との関係」について書かれていたものが当時15歳だった僕には刺さった。

17歳の秋に音楽の道に進むことを決意していた。僕としては一刻も早く家から出たかったためそれなりの理由が欲しかったのかもしれない。

(中略)

すぐに音楽で飯が食えるほど甘くはないと思っていたから進学することを親に相談した。今でも、鮮明に覚えているが、臆病だったこの僕に「東京へ行け!必ずチャンスはあるはずだ」という父の言葉は一生忘れることはないだろう。

そして、ここから僕の人生が変わったといっても過言ではない。

ちょうどこれを読んだ15歳の僕も「一刻も早く家を出たい」「将来コンピュータ音楽をやりたい」と思っていたのもあり、深く印象に残ったのだと思う。

僕は音楽では芽が出ることなく敗北した人間だが、このライナーノーツから感じる熱量は、確かに僕の人生に影響を与えている気がする。



ということで、
僕の中学時代を支え、人生に大きな影響を与えた「SFC時代のスクウェアの音楽CDに書かれたライナーノーツ」。

まだライブ・ア・ライブの下村陽子さんの初々しいコラムや、ロマサガ伊藤賢治さんの正直なインタビュー(こちらはサントラCDではなくロマンシングサ・ガ大事典 に掲載)など、紹介したいものがたくさんあるのだが、長くなったのでひとまずここまでとしたい。

興味を持った方はぜひ入手して原文を読んでみてください!

注)ちなみに、すべて初版のオリジナルCD版の文章です。再販版ではライナーノーツ自体が削られて掲載されていないものが多いのでご注意を!

■追記


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