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洞海湾を渡る3分間の船旅
北九州市北部、若松区と戸畑区は関門海峡に通ずる洞海湾によって隔てられている。この湾を横断する主要な交通路は、国の重要文化財でもある「若戸大橋」とそのすぐ横にある「若戸トンネル」の二つ。
そしてもう一つ「若戸渡船」は今も地域の「足」として欠かせない交通手段だ。毎日朝から晩まで10~20分間隔で運行されている。特に朝夕の通勤通学の時間帯は、自転車に乗った乗客などで混み合う。船を降りてから近くの駅まで行くのに便利だからだろう。
「渡し舟」という言葉には妙に懐かしい響きがある。と言っても何か思い入れがあるわけではない。やがては死語のように消えていく定めがあるからだろうか。橋梁技術が発達するまでは日本でも海峡や河川を渡るための主役だった。以前乗った瀬戸内にもその後廃止になった思い出深い渡船もある。
中世以前には「渡し」として知られていた。万葉集には古河の渡し(茨城県古河市)がうたわれていた。隅田の渡し(東京都台東区橋場・荒川区千住)、多摩川を渡る関戸の渡し(東京都多摩市)、丸子の渡し(神奈川県川崎市)なども古代の渡し舟だ。
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(葛飾北斎 「冨嶽三十六景色 御厩川岸 両國橋夕陽見」)
Wikipedia
現在国内ではこの「若戸渡船」も含め、36か所で渡船が稼働中。アジアの名残のような風景と出会うことができる。
40年ほど前にアジア諸国を旅していた時には、地元住民の足として無くてはならない渡し舟をあちらこちらで見かけた。対岸の町からこちら側の都会にゆらゆらと揺れてやってくる乗客の華やいだ姿に見惚れて、岸壁に腰かけずっと眺めていた。うっとりするほど、のどかで美しかった。葛飾北斎の絵に出てくる舟と形がよく似ているのが面白い。乗客も傘を差しているところがそっくり。
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北九州の洞海湾では明治以前から若松の地主によって渡し舟が運航されていた。当然、昔は手漕ぎ舟だ。1962年(昭和37年)に若戸大橋が開通する前は、若松地区と戸畑地区を直接結ぶ唯一の交通手段だった。
同橋の開通により貨物船が廃止され、旅客船も廃止する計画となっていたが、市民の強い要望により存続した。現在は北九州市営であり、「ポンポン船」の愛称で親しまれている。
運賃は大人100円・小児50円。自転車50円。高齢者及び障害者50円。
2000年代初めまでは乗船口にバスの運賃箱のようなものが置かれ、これに運賃や回数券等を直接投入するようになっていた。以前は大人20円・小児10円だった時代もあった。それは市販の冊子型時刻表に掲載されている全ての交通機関で最も安価な運賃だった。その後1990年代に2度の値上げを経て、現在の運賃となっている。(Wikipedia参照)
若戸大橋を車で走ると、高い所から洞海湾や関門海峡の雄大な風景を見渡すことができる。特に夕焼けを背景に、街の夜景と橋が真っ赤にライトアップされた風景は息を飲むほどに美しい。だがそれも一瞬にして過ぎ去る。
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この若戸大橋を車に乗って通過する時間は約1分。便利快適なのは間違いない。
がしかし、あらためて渡船に乗ると、その3倍の3分間という航海に展開される刻々と移り変わる光景は、たった2分の差とは思えない程ドラマティックだ。それはゆったりとした船旅のひとコマひとコマを綴るように、記憶の襞に刷り込まれていく。
洞海湾を吹き抜ける透明な風。
バシャンバシャンと波の音。
ポンポン船のゴトゴトとしたエンジン音。
ゆらゆらと揺れ続けるデッキの上。
海上を飛び交うカモメたち。
時代の流れからは取り残されたような3分間。
しかし未来にばかり心を奪われ今に留まることができない世の中にあって、ポンポン船の水面に刻む泡の航跡がいつまでもそこに残る様は、砂浜に残された足跡を振り返るように懐かしく愛しい。
時の流れが穏やかに心に寄り添う3分間である。
洞海湾と若戸渡船
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青木一男
海の見える街
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