ニセモノの錬金術師を読んで考えていること

今のところ無料版の方が好きなんである。
商業版から読み始めたのだが、無料版の方が好みにあった。
まぁ、ノラさんvsアレウスからが本番みたいなもんなんで、商業版はこれから比例級数的におもしろくなるのだろう。
是非、スカイファイアまでやっていただきたい。

思わず三周読んだ後に、この物語の何がここまで私を惹きつけるのか考えた。
キャラクタ造形が好きなのであれば、商業版の方を好むように思う。
書き込まれていない故の速度差なのかとも考えたが、私は基本的に密度の濃い画面が好きだ。
おそらく目の表現が違うのだろうと思っている。ノラさんに違和感を感じないが、パラケルススくんがなんか違うな、と感じているのがその理由だ。ちょと弱いが過ぎるように思うのよね。

私はこの物語を意思の物語だと思って読んでいる(パラケルススくんを除く)
だから、途中で出てくる宇宙の話が大好きだ。錬金術まぢで関係ないけれども。
それぞれのキャラクタが意思を果たすことで世界が成り立っていく様に震えるほどの歓びを感じる。そして、その意志が果たされても人生が満たされないことにも。
結局、与えられた能力と幸せにはあんまり相関はなくって、周りの人をどれだけつぶさに気遣っていけるかなんだろうな、と思う。
愛するのと愛されるのは同じことなんだぜ、という信念とでも言おうか。

その願いの満たされなさと、それでも理想のようにあれかしという努力の積み重ねが私にページを繰らせるのだろう。
世界の謎が開かれていくのは、それはそれでとても面白いのだけれども、それだけで三周はしない。
敵も含んだすべてのキャラクタの思いの形と強さを愛するが故に何度でも物語に没入していくのだろう。

あと言いたいことは、大体が錬金術じゃなくて呪術で解決してないかということだな。
ニセモノの錬金術師ではなくホンモノの呪術師が適正なラベルだと思われる。全編でノラさん大活躍過ぎるし。たぶん人気投票も一位だし。


この記事が参加している募集

#マンガ感想文

20,191件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?