見出し画像

行ってはいけないレストラン

学生時代の友達から、5年ぶりに連絡が入った。

「子連れでは入れないお店に行こう」

その一言だけで、彼女も私と同じように育児に苦労し、日々のストレスを抱え、聞いてほしい話があること、私を求めてくれる熱が、一気に伝わってきた気がした。
愛らしいウサギのスタンプとともに、いくつか候補の店のURLが送られてきた。

子供を持つと、「行きたくても行けない」「選びたくても選べない」が増える。
子供が騒ぐとうるさいから、他のお客さんの迷惑になるから、落ち着いて座っていられないから、そんな理由で親の希望店を優先することはできない。
いつしか、行ける範囲にあるのに「行ってはいけないレストラン」ばかりになったのである。

子連れだと行く店のパターンは決まる。
よく行くのはチェーン店だ。店内に充満する肉の匂いと、「やっぱりここで食べたくないー」と空腹で席が空くのを待ちながら騒ぎ立てる子の声、厨房から「早く持って行って!」と客まで聞こえる怒声。そんなものが、一緒くたになり、疲労と共にこびりつく。
せっかく外食に来て、この疲れ様はなんなのだろうか。そう思ったのは一度や二度ではない。

コロナ禍をはさみ、5年ぶりだ。
子供のお迎えまでの限られた時間の中で、寄りたいお店、2人でやりたい事はたくさん浮上した。
だけど5年という年月。相手がどう過ごしてきたのか、もしかしたら何か重い悩みでもあるのか?それを考え出したら、やはり最初に出会うステージは熟慮したい。まずはゆっくり話ができる場所へ行こう。
 
普段安い店ばかり行っている私には、ちょっと敷居が高い店かもと思った。でも、たまにしか履かない、新品に近いサンダルを履いて、ロングスカートを合わせたら、悪くないかも、とワクワクした。


四角い小ぶりな車から、彼女は登場した。
カーキ色の落ち着いたワンピースに身を包み、相変わらずとても可愛らしいけど、表情の中に、どこか疲れがみて取れた。あえて触れずに、レストランに入った。

白い清楚な外観をしたそのレストランは、重いドアを開けると、大きなショーケースにホールのケーキがいくつか並んでいた。
静謐なケースの中は、タルトの上にふんだんに盛られたフルーツ、生クリームの間から溢れるいちじく、思わずごくりとなる、ファンタジーの世界だった。
デザートは、このショーケースの中から選べるらしい。二千円弱のランチ。
まわりには、同じく予約していたセレブっぽいマダム、女子会っぽいグループ、洒落た老夫婦などがいる。

落ち着いた声で名前が呼ばれ、丁寧に通される。
テーブルには真っ白な紙のクロスがぴんと張られており、その清潔さに私の背筋もぴんとする。ちょっとイイお店に来たんだという高揚感で席についた。
涼やかで透明なピッチャーが各テーブルに置かれていて、そこから水を注ぐシステムらしい。

「同居がつらい」
と友人がこぼした。
相槌を打って共感すると、それはもう、ヒタヒタまで溜まっていたものをこぼしていくように、その瞬間から流れるように話は止まらない。
姑さんとの同居問題、将来の介護問題、子どもの話、カラダの衰え。アラフォーらしい、積もる話はわんさか出てくる。
中でも姑さんに親切にしてあげた事で、むこうはどんどん甘えるようになり、彼女の生活が穏やかでなくなってしまったようだ。

決して派手ではないけど、学生時代から友達が多く、優しく穏やかな彼女。
いくら家族とはいえ、親切心に対して感謝を持たず、横柄な態度とは、いただけない。彼女の持っている優しさを利用しないでほしい。私も思わず語気が強まる。

前菜のサラダとパンを空にし、メインである海老とトマトのパスタをくるくるしながら口に運び、終盤のデザートが来るころまで、流れるように私に話してくれた。学生時代は、こんなに一気に話していたっけ。話す速度が少し速くなり、圧が加わっている気がした。

友達はいちじくのケーキ、わたしはフルーツタルトを頼んだ。
ひとくちずつを分け合った。
ケーキの生クリームはさっぱりとして甘ったるくなく、舌の上でふんわりと溶けた。
少しお高めだけど、前菜、メイン、ちゃんとしたおいしいケーキ。
久しぶりに出会う友達と少しおしゃれをして、ゆっくり話をするのに、このくらいがピッタリだなと思った。

安い食べ放題で、元をとらなきゃと躍起になってしまう自分を恥じた。今日は女性に戻る日。子供のヤンチャをいなす自分はここには居ない。
ここでは、お腹いっぱいまで食べないという贅沢、時間をゆったり楽しむ贅沢を味わうんだ。

瞬く間に時計の針は進んでいた。
「そろそろ出ようか」
将来の問題は何も解決していないのに、友は出会った時より若々しい顔をしている。

「車使えば割と近いし、いつでも会おうね」
実際それほど近い距離ではないが、近いと思いたくて、頷いた。

わたしたちの、40代のはじまり。
セブンティーンを広げてお茶しながら話していた友と、今度は「オレンジページ」とか、「からだにいいこと」とか、そんな雑誌をめくりながら、お茶を飲みはじめるんだろう。
雑誌のタイトルこそ変化しても、一緒にページをめくりながら飲む紅茶は変わらずおいしいし、ふわふわの生クリームも、変わらず幸せな味で溶けるだろう。そして会う前より少しだけ、お互い若々しい顔になって帰路につく。

「行ってはいけないレストラン」は、「なぜか饒舌になってしまう」とか「恥ずかしい話もしてしまいそう」とか、そんな役割を担っているのではないだろうか。
次回はちょっと薄暗い照明の、ハワイアンレストランに誘ってみようか。私も秘密のひとつやふたつ、話せるかもしれない。
「あそこは美味しいからね」と本音を包んで。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?