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精子人狼

*この話はすべて実話である

俺はデストロイヤー、京大ポーカーサークルの会長で、2019年10月からサークル員と総勢6人で京都にてシェアハウスをしている。事あるごとに揉めて問題は絶えないが、笑顔も絶えない楽しいシェアハウスだ。そんなハウスで、2020年1月20日、事件が起こった。
俺は12時に起きた。横には夜勤バイト帰りのイズミがぐっすり寝ていた。2階の自室から1階のリビングに降りると、こてんぽ(個人名)はスマホをいじっていて、竹内浩太郎が寝ていた。前日朝6時までポーカーをしていた俺は、こたつの中でうとうとしていた。13時ごろに起き上がり、1階のトイレで用を足そうとした、その時だった。床に100円玉ぐらいの大きさの白濁液が落ちているではないか。俺は知っている、これは絶対に精子だ。シェアハウス生活は4ケ月目だが、トイレに精子が落ちているのははじめてだ。俺はどうすることもできなかった。見なかったことにしてその場を立ち去った。
気持ちを切り替え、腹が減ったので肉じゃがをつくることにした、6人分の昼飯だ、肉は1キロいるし、野菜の下準備も時間がかかる、ニンジンの皮をピーラーで剥いていたとき、トイレ方向から翼の叫び声が聞こえた。「うわ!踏んでもうた!みてみてみて!」トイレから翼が半ケツのまま出てきた。右手の人差し指の先が妙に湿っている、精子だ。
そのころには竹内浩太郎も起きていた。こてんぽと翼と竹内浩太郎の3人で、まず本当にあれが精子なのかチェックが入る、精子VARの結果、精子だと判定された、そりゃそうだ、男が見たらだれだってあれは精子だとわかる精子だ。となると矛先はもちろん、誰の精子なのか、誰がトイレで自慰をしたのかということに移る。精子人狼のはじまりだ。
各々が己が身の潔白を証明しようとする。
翼は、①いつも自室でする②したら言う③第一発見者④飛び散ったら絶対拭く、の4点からほぼ白だ、白置きして翼を進行でこの村は議論していくこととなる。
俺も9割ぐらいは白だとみられている、①実家でする②自室が2階にあるからするなら2階のトイレ③飛び散ったら絶対拭く、の理由だ。
竹内浩太郎は、①するのに最低1時間かかる②実家でする、と言っている。まあ竹内浩太郎は一応客人だし、遊びにきた家でこっそりするほどの異常者ではないし、飛び散ったら拭くはずだ。たぶん白。こてんぽは怪しい、いつもリビングで寝ているし、1階の住人というだけで疑うに足る。でもこてんぽ強くこう言う。「俺はみんながおらんときにリビングでするからトイレでは抜かへんで、トイレで抜くん嫌やし」おおそうか、それならきっと違うのだろう。リビングで抜かれるのも少し嫌だが。アリバイ確認はさくさく進む、俺もやっと肉じゃがの野菜を全部切り終わったところだ。

この4人に人狼はいなさそう、そのとき、第5の住人(=容疑者)ヨコヤマががらがらとリビングの戸を開けて入ってきた。俺たちはいっせいに目を合わせ、「おまえか?」と問うも、ヨコヤマは何も知らない顔をして「はあ?」と般若顔。事の顛末を話しアリバイを詰問すると、「俺は3日してない」の一点張り、こいつはいつも1階のトイレで致すから怪しい。議論にも消極的だし、人狼第一候補の雰囲気を醸し出していた。

いや待て、まだラストサスペクト、イズミがいる。事は次第に大きくなりイズミも2階から起きてきた。6人の中で俺はただ一人、イズミが人狼だと確信めいたものがあった。俺の主張はこうだ。「トイレでするのはわかるが、飛び散っているのがありえなさすぎる、もし仮に俺がトイレでしたら、絶対きれいに跡形もなく拭く。なんならどう飛び散らせないか考えながらする。飛び散ったまま放置するような不衛生で無頓着な男はイズミしかありえない!」俺の語勢を強めた論弁は、翼と竹内浩太郎に支持され、場は、精子人狼から、「いちばん拭かなそうな奴は誰か?」のシャフ(社会不適合者)狩りへと移り変わった。だがイズミは、「これはほんまにちゃうなあ!」と不機嫌そうに少し太い声で俺の論理を否定した。確かにイズミは自室が2階だし、1階のトイレで致す動線は見えない。「拭いてない」の一点読みは時期尚早だったかもしれない。あと、イズミが人狼なら、最初はしらを切るが、ここまで言われたら精子CO(カミングアウト)するだろうと思っていた。これはイズミが人狼ではないのか?となると俺目線怪しい村人はほとんどいない、こてんぽはリビングでするって言ってるし、ヨコヤマが狼なら特に気にせずCOするだろう、ここまで引っ張る強情な男ではない。俺はほんとうに不思議だった、そのせいでうかつな発言をしてしまう。「イズミじゃないのなら俺人狼おらんと思うわ」これを竹内浩太郎は見逃さない、「え?何でお前議論終わらせようとしてるん?狼っぽいな、俺は1割デストロ人狼も残してるで」と。こやつは狡猾な男だ、みんながこっちを向く、嫌疑の目で。だがしかし、「俺はシェアハウスでやったことない」で押し通した、これには日頃の行いもあるのだろう。俺が疑われたのはこのときだけだった。議論は平行線で停滞し、俺の肉じゃがもあとはもう煮詰めるだけとなった。
このままではもう埒が明かないと、投票フェイズに移ることとなった。全員で一斉に指を差して、吊られた奴は本当の真実を口から語り、そいつが狼でなければ精子陣営の勝ちにして、もう精子人狼はなかったことにする、というものだ。いざ、投票の時。
俺とヨコヤマがイズミ、イズミと竹内浩太郎がこてんぽ、翼とこてんぽがヨコヤマを指し、三つ巴の決選投票となった。再度議論するも、やはりヨコヤマは参加する気がない、その姿勢が仇となり、決選投票では俺を除く全員がヨコヤマを指し、ヨコヤマ吊りが確定した。明らかに機嫌が悪い、「俺ホンマにちゃうで、ちゃうけどじゃあもう俺でいいんちゃう」と投げやりになっている。皆が、ああこのまま雰囲気悪くなって終わり、精子陣営の勝ちだ、してやられた、と諦めかけたとき、こてんぽが重い口を開いた。「あー、投票とかなって言い出しにくかったから最後に言おうとしててんけど、俺実は今日リビングでしこって、そのしこティッシュトイレに流してんな、そんときにぽとって落としたかもしれへん」
値千金の証言だった、俺はすべてのものごとに合点がいった、落としたのに気が付かなければ拭くこともできやしない、やはり人狼など最初からいなかったのだ。だが、竹内浩太郎はまだ疑惑を持ち続ける「そんなん落ちることなんてある?俺の包み方やったら絶対落ちへんねんけど、こてんぽ何枚で包んだ?」「4枚やな」「4枚かーうーーーーーん、まあまあまあまあ」翼はいつも2枚で包むから納得していたし、イズミとヨコヤマはもうあんまり興味がなさそうだった。俺はそんなんそんときの精子の量によるやろと思っていた。
とまあ、竹内浩太郎は少し疑念を未だ抱きつつも、平和村ということで議論は終結した、何もしてないのに精子陣営に仕立て上げられたヨコヤマが不服そうな顔をしていたことはなかったことにした。
ちょうど肉じゃがも完成した。およそ90分、議論し尽くしたあとにみんなで食べる肉じゃがは格別なものだった。この洗い物を誰がするかでまた揉めなければいいのだが。

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