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サービスの広がりと隔たり

前回の記事で指摘したように、今日の社会では様々なモノが人々のサービス交換の手段として役立っています。工業化を通じてそのようなサービスの媒介手段(=製品)が大量に生み出され、人々に多大なる恩恵をもたらしたことは言うまでもありません。しかし、それは一方で、サービスを交換する者どうしの情報的な(そして情緒的な)隔たりを生むことになります。

ソムリエは、レストランに訪れた客の料理の注文の相談にのり、ワインの好みを尋ね、料理との相性を考えながらお薦めのワインを提案します。ヘアスタイリストもまた、客の希望を聞き出しながら、ときには新しいスタイルの提案を行い、客の満足のいく髪型を整えていきます。どちらの場合も、サービスの利用者にとっての満足は、サービスの提供者と利用者の相互作用によって生み出されています。つまり、良いサービスの成立には、サービスの提供者と利用者の信頼関係やコミュニケーションが不可欠で、そのため、ベテランのソムリエもヘアスタイリストも、巧みな会話や客人の気持ちを読み取るスキルを身につけています。

それでは、製品の販売(すなわち間接的なサービス)の場合はどうでしょう? 例えば、自動車メーカーは、自動車の運転中に生じる事態を一定の可能性の範囲で想定(予測)し、それらに対処する仕組みを製品に組み込んでおきます。そして製品を販売した後の自動車による快適で安全な移動の実現は、製品の購入者(=利用者)に全面的にゆだねられることになります。このように、時間と場所を共有できない、製品を媒介した間接的なサービスの提供者と利用者の間には、責任の委譲とともに情報的な隔たりやが生まれることになるわけです。

製品購入者の利用の目的や使い方が容易に想定でき、またそれが多くの人々に共通する時代には、間接的なサービス交換に生じる責任の委譲や情報的な隔たりは、それほど大きな問題となりませんでした。重要なのは、製品が長持ちすること、低価格で入手できること、便利な機能が一つでも多くついていることなどです。

しかし、人々のサービス交換への期待は、自分らしい生き方を表現すること、顧客それぞれの目標達成や、それぞれの状況に応じた使用価値を実現することへと大きく変化してきています。そのような時代には、企業の提供物が利用者によって活かされる多様な状況や目的とともに、その利用者の持つ能力や、その利用者によって生み出されている体験的かつ文脈的な価値を理解することが不可欠となります。

情報化の進展は、このような時代の変化を背景に、サービスの交換をさらに新たなステージへと変貌させつつあります。それは間接的にサービスを交換する者どうしの情報的な距離をふたたび近づけ、それぞれの持つ資源や能力の流動性を高めるとともに、それらを効果的に組み合わせることで、より高い価値を相互に協力して生み出す機会をもたらしています。

例えばNIke+は、ジョギングシューズにセンサーを取り付けて、取得した走行データに基づいて利用者に適切な走行ルートや距離、スピードなどを提案するとともに、ランナーどうしでそれぞれの走行データやプランを共有させるサービスとなっています。ここでは、走行者の個人情報や走行経験、走行目標、走行ルート、ジョギングをコーチングする知識やノウハウといったリソースが、シューズやコンピュータ、スマートフォン、そしてコーチングや情報共有のためのソフトウェアと統合されることで、利用者とその利用シーンにとってのユニークなシューズの使用価値が生み出されています。

つまり、スケールメリットを享受しつつ、しかし両者の相互作用を通じて、利用者一人ひとりの目標の達成をよりうまく支援できるような方向へと、今日のサービス交換の形態は発展を遂げています。(武山政直)
(2014.12.14)