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ホントはおもしろい現代文__坂を登る生命

◆ホントはおもしろい現代文__坂を登る生命
  2022/06/15

ベルクソンの言葉に「生命には物質の下る坂を登ろうとする努力がある」というのがある。では、そのままでは下るだけの坂を、生命はどうやって登るのか。福岡伸一氏は、『新版・動的平衡』の中で、その可視化されたモデルの提示を試みている。

「物質が下る坂」とは、すべての現象は乱雑さが増える方向にしか進まないという「エントロピー増大の法則」をさす。何もしなければ、熱は拡散し、かたちあるものは崩れてゆく。僕らもまた同様であり、いずれは土に帰り、風となる。

しかし、命ある間は「坂を下る」力に抗しつつ個体を維持する。その仕組みを、福岡氏は「坂の上の円」というモデルに置き換えて説明する。

「円(円周)」をひとつの細胞とみなすとき、そのままでは重力によって坂を下ってしまう。
しかし、細胞内では絶えず分解と合成が繰り返され、開口部を通して外界との出入りが行われて「動的平衡」が保たれていることを考慮に入れると、円は一部が削られた円弧に相当する。

その両端で分解と合成が進みつつも、その円周の欠けによって、円弧の重心が坂と円弧の接点の真上に移ったとき、円弧は坂の上で静止する。そして、さらに削りが増えれば円弧は坂を登ろうとする。

だが、そのとき、重心は下方にずれてやはり円弧は坂を下ってしまう。しかし、このとき、分解がわずかに合成よりも先回りして早く行われるならば、円弧は坂の上方に回転しつつゆっくりと坂を登る、というのである。

実際、大隈良典氏(2016年ノーベル賞受賞)のオートファジー研究が明らかにしたように、生命は作ることよりも壊すことを一生懸命行っているという。

福岡氏は、この坂を登る円弧を「ベルクソンの弧」と名付け、「動的平衡」の数理的なモデルとして提案している。モデルであり、比喩ではあるが、僕らは生命の働きについて、ひとつのはっきりとしたイメージを抱くことができる。


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