脳波の「ワンチャンはあるかも」な社会実装アイデア
(非侵襲)脳波は難しいので、実は真に価値のあるビジネスを生み出すのは難しい。
※脳の計測手法にもいろいろある。ここでは頭皮の上から脳波を計測するデバイスについての話を書く。ここで述べる非侵襲の脳波は最もコンパクトな脳計測技術であり、社会応用の期待が高まっている。
他に侵襲型といって頭蓋骨の中に電極を配置するタイプもあるが、これらは全くの別物であり革新的な技術となる可能性が高い。
脳波が難しい理由はいくつかあるが、代表的なものを挙げると
①ノイズに弱い
②個人差が激しい
③装着が煩わしい
④計測できても信号の情報量が少ない
といった点が挙げられる。このような理由から、体をや表情を動かしながら脳波を計測するのは相当難しいし、細かい感情や思考を読み取ることはほぼ不可能といってもいい。
これについて書くと長大な文になってしまうので今回は省く。
とにかく、このような理由があるので現状、脳波を用いたビジネスで本当の意味で世界をプラスに変えている例はほとんどない。
そこで、大学院で脳波を研究し、またいくつかの脳波関連の事業と関わらせていただいた経験をもとに、難しいけど「ワンチャンはあるかも」と私が思うアイデアを書いていこうと思う。
たぶん、多くの人にとっては拍子抜けするほど大したことないことしか書いていないが、そのぐらい脳波は難しい(大事なのは、難しさを正確に把握した上でそれを乗り越えようとすることであると思う)。
侵襲化
まずは脳波の侵襲化について少しだけ触れる。
脳計測の電極を、頭蓋骨を開く手術等をおこなって脳表面などに留置する計測方法を侵襲型という。
イーロン・マスクのNeuralinkが侵襲型脳計測の開発に力を入れていることは有名である。
この方法は上記のデメリットの多くを克服しうるため、さまざまな応用が考えられ、普及した場合にはインターネットやAIに匹敵するイノベーションとなる可能性が高い。
このエントリーでは以下、非侵襲の脳波に関する話のみを扱う。
集中/フロー状態の可視化
非侵襲脳波で人の思考を読み取ったり感情を読み取ったりすることはかなり難しいが、集中力の評価は比較的相性が良い。理由はいくつかあるが、まず思考を読み取るほど細かい情報は脳波にはほとんど乗っていないし、また感情のような脳深部で生み出される情報を脳波で読み取るのは難しい(相関する指標はあるが結構シビア)。一方の集中力は、前頭葉という脳表面付近が主に司っているのと、思考ほど細かい情報を読み取る必要がないことから、脳波でもある程度読み取ることができる方だ。
分かりやすい指標として、前頭葉内側部でみられるシータ波(Frontal-midline theta, Fmθ)などの脳波は集中状態に入っているときに顕著に見られる。
このような脳波の分析によって、今自分が真に集中しているのかどうかを、ある程度客観的に評価できる可能性がある。
これは例えば以下のようなメリットが考えられる。
まず、客観的に効率の良い脳状態で勉強や練習をできているのかを考察するツールになる。毎日その変動を記録することによって、自分の脳状態をメタ認知できるようになれば、さまざまな学習の効率を高める一助となる可能性がある。
また、個人的にこれは学習塾などにおける応用可能性が多少ある気がしている。塾では多くの生徒が自習室で勉強している。はたから見れば皆集中しているようにみえるが、蓋を開けてみれば成績が全く伸びない生徒も少なくない。そのような生徒が本当に集中できているのかを考察するツールとなる可能性はある。生徒が集中状態に入れていないようであれば、集中状態を知る訓練としてニューロフィードバック(後述)をおこなうことも可能だろう。
ただし、考慮すべき難しさも少なくない。
第一に、脳波はそもそも個人差が大きい。ある人はFmθが弱いにも関わらず集中状態に入れているかもしれないし、逆も然りである。これがどの程度ばらつくものなのかについて検討しなければならないが、予想ではかなりばらつくと思う。つまり、単にFmθなどの脳波が出ていればOKという使い方は適切ではない可能性がある。現実的には、あくまで考察の1要素として用いるとか、縦断的に数ヶ月毎日とり続けて、自己省察のツールとして用いるぐらいが適切かもしれない。より具体的には、毎日脳波計測と単語暗記を組み合わせ行い、暗記効率の高かった日の脳波を「自分の目標とすべき脳状態」と定義するような方法が考えられる。
第二に、装着の煩わしさである。集中力を反映すると考えられるFmθは前頭葉と頭頂部の間の辺りで顕著に見られる。よって、例えば最近増えているイヤホン型脳波計などで計測するのはあまり現実的でない。可能性があるとすれば、Museのようなヘッドバンド型か、あるいはヘッドホン型のようなものが想定される。
これらの難しさを補うほどの価値があるかは分からないが、使いやすいツールが出てきたら自分なら使ってみるだろうな、とは思う。また多くの人が学習中の脳波をインターネットで共有するような世界が訪れたら、学習効率についての理解が飛躍的に進むという期待もできる。
適切な難易度の評価
分かりにくい見出しだが、要は脳波を使って自分が適切な難易度の学習や練習をしているか評価できる可能性がある。
上記のFmθは、適切な難易度設定の課題を行なっている際によく現れる。逆に、簡単すぎたり難しすぎたりする場合にはあまり観測されない。この特性を利用すれば、自分や生徒、従業員がおこなっている作業が適切な難易度なのか否かを検討できるかもしれない。
またゲーム等において、プレイヤーが難しすぎると感じたり簡単すぎると感じると飽きてしまう。ゲームと連動してリアルタイムに脳波を計測して、プレイヤーが最も熱中できる難易度に調整するようなシステムができたら、より熱中できるゲームが生まれるかもしれない。難点は、表情を動かすと脳波計測が難しくなる点などがある。
ニューロフィードバック
ニューロフィードバックとは、自分の脳波をリアルタイムで観察して、脳波をコントロールできるようにする技術である。これを用いると例えば以下のようなことが可能になる。
まず、すでに市場に出回っているMuseのような方向である。Museは3万円程度の簡易脳波計で、これをつけたまま瞑想をする。適切な瞑想状態に入れていると音声が変わり、うまく行っていることがわかる。これを繰り返すと自由自在に適切な瞑想状態に入れるというものである。瞑想は近年その有効性が確認されていて、また、じっとして動かないという特性上相性が良い。自分も使ったことがあるが、結構使い勝手も良く、また脳波自体も問題なく取れいている印象だ。
瞑想と近いが、上記した集中状態の可視化と組み合わせれば、意図的にフロー状態に入る訓練を行うことも可能かもしれない。例えばゲームとかをしていると、体感的にはいつもと同じようにやっているはずなのに全然勝てなかったり、あるいは逆に今日はなぜか脳が冴えていると感じることがある。このような集中力の変動をある程度コントロールできれば、eSportsなどのアスリートにはプラスかもしれない。
他のニューロフィードバックとしては、暗記効率の向上がある。面白い研究があり、30個程度のワードを覚えてもらった後にシータ波を増加させるニューロフィードバックを行うと、覚えたワードが長期にわたって定着しやすくなるらしい。これを応用すれば、学習したものごとの定着が飛躍的に向上させられる可能性がある。ただ、例えば学習後に昼寝をするとかなり記憶の定着が促進されるため、それに勝てるほど効果的であることが確認できなければ、真に脳波を使う意味はないかもしれない。
脳波の個人化
直接的なビジネスアイデアではないが、脳波のビジネスを考える場合にブレイクスルーとなりうる方法の一つは個人化にあるかもしれない。
冒頭でも述べたように、脳波は個人差が異常に大きい。
例えばある論文で、XXしている時にはYYという脳波が強くなる、という結論を導いていたとする。その論文では典型例としてある参加者のデータをグラフに載せている。それを見ると、これだけ綺麗に結果が出るなら色々な応用ができそうだなと思うのだが、蓋を開けてみるとそのように綺麗な結果が見られるのは数名しかいない、ということが多い。
だから、ある一律の指標をもとに感情を評価しましょうとか、いい製品パッケージを作りましょうと言っても難しい。
そこで考えられるのが個人化である。
Aさんはポジティブな感情になっている時は10Hzの脳波が増大するが、Bさんは20Hzの脳波が減弱するというような個人差があるとする。そのときに、当然一律な指標で人のポジティブ感情を評価することはできない。しかし、個人レベルでみれば、Aさんのポジティブ感情は10Hzで評価し、Bさんは20Hzで評価するという方法が考えられる。これを個人化と呼んだ。
ただし、このような個人内で脳波を見る手法を使っても劇的に効果が上がる可能性は高くない。というのも、脳波というのはあくまで数万ニューロンの集合的なゆらぎを反映しているに過ぎず、必ずしも大した情報を含まないからだ。私は自分の脳波をリアルタイムで目視しながら、自分の感情や精神状態との対応関係を観察したことがあるのだが、正直ほとんど明確な変化は見られなかった。ポジティブなときもネガティブなときもロバストな違いが見られるわけではない。
また別の個人化の方法も考えられる。それは、脳波で顕著な差が見られる人だけを対象とするという方法だ。脳波は個人差が多いという話をした。つまり、中には脳波から感情の変化などが「分かりやすい」人もいるのだ。もし、ある広告や製品が人々にポジティブな影響をもたらすのかを知りたいならば、その変化が脳波に現れやすい人を抽出して実験を行うことが有効かもしれない。当然バイアスはかかるし、社会的に価値のあるアウトプットとする難しさもあるだろうが。
自己分析・研鑽手段
私は、脳波が社会的に価値を生むとしたら、それは「自分を知る」ということがもっとも有望だと思っている。
というのも、脳波といって真っ先に思い浮かぶような多くのアイデアは、冒頭に述べた様々な理由で難しいからだ。
色々な人の脳波や、自分の日々の脳波を観察していると実は結構面白い。
全く同じことをしていても、人によって現れる脳波のパターンは異なる。なんとなくだが、似たような脳波パターンの人は似たような性格なような気もしてくる(要検討)。
自分の脳波をつぶさに観察していると、全く同じ気分だと思っている日でも、微妙に現れる脳波が異なることもある。
このような脳波の特徴は、多くのビジネスにとっては不都合だが、逆に利用することもできるかもしれない。
脳波のパターンによって、もしかしたら適切な学習方法やコミュニケーションが人によって違うかもしれない。それを事前に知っておけば、教育者としても最適な指導方法を選ぶヒントになるかもしれない。また、自分でそれを選び取るヒントになるかもしれない。このような類型化はおそらく一筋縄では行かない(たんにXX波が強い人はポジティブ、のようにはいかない)だろうが、掘り下げる価値はある。
特にアスリートのような、わずかなコンディションの差が勝敗を分ける世界に住んでいる人の場合は、このようなごくわずかな脳状態の違いをメタ認知することは有効かもしれない。
脳波アート
脳波を実用的なものに用いるのは難しい。
だが、アートのような方向性は別だ。今回これについての言及はしないが、最近だとNeurographyなどがこれにあたる。
脳波計測・解析技術の開発
ここまでとは打って変わって、別の方向性も考えられる。それは、脳波計測・解析技術そのものを開発することである。
現状ビジネス方面で用いられている脳波計測・解析技術は、実は結構プリミティブであり、改善の余地が結構ある。
例えば、現状では単に一つの電極を置いて、その位置における脳波を測っている。
しかし、例えばラプラシアン導出と呼ばれる手法では、ターゲットとなる電極の周囲4ヶ所にも電極を配置し、それらの平均値を引くというシンプルな計算をする。すると、ターゲットの脳波だけが強調される。研究用途ではしばしば使われるこの方法だが、驚くほど細かい脳波を拾うことができる上、ノイズもかなり軽減できる。問題点としては、用いる5つの電極全てが頭皮と問題なく接触しノイズのない状態でなければならないという点がある。電極が多い分、全て綺麗なデータを取る難易度は上がりそうだ。個人的には、このラプラシアン導出を発展させるような技術開発は結構面白いと思う。シート型などの電極を利用してその中に大量の電極を設置しておき、それらの情報を何らかの方法で処理すれば、細かい脳波をノイズの影響を受けずに計測することができるのではないかと期待している。
解析手法としても、これまでは大抵の場合、ある周波数が強いか弱いかという単純な方法を用いていることが多い。しかし実は他にもいろいろできて、二つの信号の相関を算出したり、コネクティビティを解析する方法がいろいろと提案されている。結局これらも個人差などの問題は残るため劇的にロバストな結果をもたらすかは分からないが、試す価値はある。
中でも、体や表情を動かしながらでも脳波を計測・解析できる手法は待望である。もしそのような技術が開発できたら、日常的に計測するハードルも下がるし、スポーツ中に計測できることにもなるし、だいぶ応用範囲が広がるだろう。
これらの方向の究極は侵襲化であり、やはりデバイスや手法の革新を進めるのがもっとも有望だろう。
さいごに
ここで書いたアイデアは自由に使ってもらって構いません(当たり前か)。私個人としては、上記全てを実装してみれば何か一つぐらいは当たるかも、当たれば面白いと思っています。同時に、人生における時間の有限さを痛感し、自分1人ではとても全てを実装するなんてできないことに気づき残念に思っています。なので、もしどれかしら可能性を感じる人がいれば、それを試してくれるのであれば嬉しくさえあります。何か具体的に気になることなどがあれば、Twitter (@deriba9) のDM等にご連絡ください。
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