科学でお金を稼ぐことの是非について
今年(2024年)10月12日、銀座で以下のイベントを開催することとなりました。
学習について最大手メディア、心理学専門家、神経科学専門家(私はペーペーですが…)が集う貴重なイベントで、とても面白いものになると思います。
このイベントにおいて「25000円で脳波も測れます」という限定チケットを企画しました。
この点について「怪しい」、「高い」と違和感を持つ方がいるかもしれません。特に誠実に科学に取り組んでいる研究者ほど、「科学でお金を稼ぐこと」についての嫌悪感があると思います。
私自身、誰か他の方がこのようなことをしていたら違和感を持つと思いますし、実際この企画を実施するにあたってかなりの葛藤がありました。
ですので、今回なぜこのような企画を実施しようと思ったのかについて書きたいと思います。
それを通じて、科学とお金稼ぎという相性の悪い両者についての議論の契機となればと考えています。
ちなみに「企画しようと思った」などと過去形なのは、この取り組みによって、誠実な研究者からの不信感を買いかねないことや、それに伴う私のメンタルケアが結構大変であることから、今後も継続するか迷っているためです。
今回の企画でやりたかったこと
今回の脳波計測企画では、単にお金を稼ぎたいということではなく、やりたかったことがあります。
それは、「サイエンスコミュニケーション」、「データの蓄積」、「研究の発展」の3つをサイクルとして実現することでした。
サイエンスコミュニケーションの実現
第一にサイエンスコミュニケーションの実現です。これまで色々な人の脳波を測ってきましたが、時折その場で脳波について実際のデータを見ながら解説するということをしてきました。すると、意外なことにかなり面白がってくれます。
自分の脳波を知る、しかも専門家に解説してもらうというのは、他ではなかなかできない体験です。しかし現状、いざ脳波を測ろうと思ったら、自分で脳波計をかって地道に勉強するか、研究室に所属するか、あるいは怪しい脳波クリニックみたいなところにいくかしかありません。
なので、この「自分の脳波を目の当たりにする」という面白い体験ができる場を作り、誠実な解説を受けることができる場を作りたいなと思いました。
しかし、私は研究が本業ですし、それに全振りすることは難しいという現状もあります。
データの蓄積
また別の課題として、研究データの蓄積を加速したいというものがあります。普通に研究を進めていくと、どうしても自分の時間的・研究費的な制約によって集積できるデータ量に限りがあります。
現状では、脳に関する論文は数十人程度のデータで発表されるのが普通です。しかし、信頼できる結果を報告するためにはこの人数では不十分であるという話が近年増えています。
普通に研究して例えば1000人のデータを蓄積することは困難ですし、これもなかなか難しい課題です。何か新しいスタイルで研究ができないか、と思っていました。
研究の発展
そして、私自身の目標として「脳科学で学習に革命を起こす」というものがあります。現状、学習が苦手な人がそれを克服することは容易ではありません。明確な例としては境界知能や学習障害といった診断がつきますが、そうでなく学習が苦手な人は少なくありません。それらの課題を解決するためには、研究の発展が不可欠です。これについては本題から逸れるので、省略します。
脳波ワークショップという試み
そこで思いついたのが、脳波ワークショップという形でした。
脳波ワークショップでは、サイエンスコミュニケーションとして最先端の脳波研究に触れてもらい、実際に自分の脳波を計測します。そこでは、実際に論文化することも可能な研究クオリティの系で、少しの間実験に取り組んでもらいます。得られた脳波データをその場で解析し、参加者に解説します。一般的な脳波の解説にとどまらず、最先端の研究では何が議論されているか、参加者の脳波はどのあたりが特徴的か、これからどのような科学の発展が見込まれているか、そういった解説がおこなわれます。議論は双方向でおこなうことができ、参加者の疑問に専門家の目線で考え、答えます。これがサイエンスコミュニケーションの側面です。
私の研究対象は学習なので、学習に関連する実験を行い、重要な脳波指標を分析します。論文化を見据えた実験データを取得するので、この部分を活用してデータベースを作成することができます。これが、2点目のデータの蓄積の側面です。もちろん、データの蓄積は参加者の同意が得られた場合にのみ行います(ただし、今回は倫理申請が間に合わず、この点は実現できていません)。
ここで蓄積した大規模なデータを活用すれば、今までにない研究の発展が見込めます。
このような脳波ワークショップによるサイクルが実現すれば、一般の人が脳波を測りたいと思った時に、いつでも自分の脳のことを知ることができます。そこで得たデータを蓄積、解析することで、さらなる科学の発展につながります。その結果は次のワークショップに還元され、さらに面白いワークショップが実施できるようになります。
STUDY HACKERとの共同企画へ
そのような構想があり、数名の方に無料モニターとして体験してもらいました。その結果、 「めっちゃ楽しかった!」などの感想をいただくことができ、手応えを感じました。
ただし、自分だけで集客しても拡大は見込めません。それを克服するための方法を考え、最大手学習メディアであるSTUDY HACKERさんに連絡しました。すると社長直々にお話を聞いてくださり、ぜひやってみましょうと言っていただき、今回の企画が実現しました。STUDY HACKERは私が高校生ぐらいの時から拝見していたメディアですので驚きました。とにかく、STUDY HACKERでは各SNSに数十万人ものフォロワーがいて、多くの集客が見込めるようになりました。
さらに、名古屋大の富田先生ともお話しする機会があり、一緒にやっていただけることになりました。富田さんはご自身の研究分野である心理学でさまざまな講演をされてきた経験もあり、大変心強い仲間になっています。
葛藤について
しかし、今回のイベント開催においてはかなり自分の中で葛藤がありました。それは、「脳波計測でお金をいただくということの胡散臭さ」が原因です。
世の中には、脳科学をダシにした怪しいお金儲けが散見されます。
脳波を測って〇〇を診断する(エビデンスなし)クリニックであったり、「奇跡のシータ波〇〇」であったり、藁をもすがる思いの人から無根拠なセミナーでお金を巻き上げようとする人たちがいます。
そのような怪しいビジネスと同一視され、「怪しい研究者」であると思われてしまうリスクが少なからずあると思いました。実際、今回イベントの告知が近づくにつれて、色んな人に叩かれるのではないかと鬱々とした気分になってしまうこともありました。
それに、誠実に脳波を計測し解説するというイベントに対して、どうやって面白みを感じてもらうかというのも難しい点です。ただ誠実であればいいだけではなく、お客さんを集め、満足してもらい、ビジネスとして成立させなければなりません。これらを同時に成立させることはなかなか難しい課題でした。
まして、今回は私1人でのイベント実施ではなく、STUDY HACKERさんや富田さんの収益にも関わってきます。
全てを考慮しながら企画を実施するというのは悩ましいものであり、挑戦そのものでした。
結局、今回のイベントページでは以下のような文言で募集をしています。
これがお客さんに、あるいは研究者たちにどのような印象を与えるのか、自分ではよくわかりません。可能な限り魅力的かつ誠実であるよう努力しましたが、ご意見があればお待ちしております。
25000円という価格設定について
今回の価格体系としては、講演のみの参加で5000円、脳波計測つきの特別チケット(先着3名のみ)は25000円となっています。これは、おそらく「高い」と感じる人がほとんどだと思いますし、私もそう思います。
とはいえ、ビジネスとして成立させることを考えると、これ以上安くするのもまた難しいというのが結論でした。
リアルな話をすれば、今回のイベントがうまく行った場合の売り上げはせいぜい20万といったところだと思います。そのうちで私に入るのは数十%ぐらいになります。現地で活動する時間だけで考えればその収入は十分ですが、それ以外に準備にどれだけの時間がかかったのかということを考えると、なんとも言えない額です。実際、企画を始めたのは今年の5月ごろですので、結構な時間がかかっています。
それに加えてよく言われたのは、脳波を測って専門家に解説してもらうというのは貴重な体験だから、25000円という価格は払う人は全然払うよ、ということでした。確かに、怪しい脳波セミナーの中には数十万かかるようなものもありますし、そうなのかもしれません。実際、運営の方に確認したところすでに脳波計測チケットを購入してくれた方がいるとのことでした。
今後も継続するのか
と言ったことで、とにかく葛藤し続けた数ヶ月でしたが、ひとまずイベントの開催まで漕ぎ着けました。トーク内容も、脳波計測体験も、どちらも学習と脳に興味がある方には心の底から自信を持ってお勧めできる内容になっています。この体験をした後には、学習についての考え方もやり方も変わってくるはずです。
ただし、今後もこのようなイベントや脳波ワークショップの試みを継続するかどうかは、今すごく迷ってもいます。労力的なこと以上に、「脳波を測ってお金をもらう怪しさ」を乗り越えられるかどうかがネックになっています。出利葉は研究を辞めて金稼ぎに走った、みたいに思う人が出てくるとしたら、凄くショックですし、僕はメンタルヘルスを人生の最重要事項に置いているので、そのような事態に陥った場合はこの試みは断念すると思います。
科学でお金を稼ぐことについて
話のまとまりがないのですが、このような試みについて、賛否やコメントがあればぜひお伝えしてくださるとありがたいです。今後の取り組みの参考にさせていただきます。
また、科学でお金を稼ぐということの是非について、これを機にさらに議論されるようになると、それはそれで喜ばしいことなのではないかと思っています。
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