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「反脆弱性」講座 12 「バカであっても大丈夫」(オプションの秘密)

アリストテレスの「政治学」に哲学者で数学者だったタレスの逸話があります。彼は地域のオリーブ搾油機を収穫シーズンに利用できるように、前もってひとつ残らず低賃料で借り占めていました。案の定、オリーブは豊作になり、オリーブ搾油機の需要が高まると、タレスは自分の意のままの条件で貸してかなりの富を築いたと言います。そしてタレスは再度哲学に戻ったのです。

タレスの結んだ契約は、非対称性の原型と言えるものでした。これは一種のオプションなのです。借り手は権利はあるが義務はなく、貸し手は義務はあるが権利はないわけです。タレスはわずかな料金でこの権利を手に入れたのです。この方法なら、損失は限られているが、潜在的な利益は莫大です。これが記録に残る人類史上初のオプションです。

「反脆弱性=失うものより得るものの方が多い=ダウンサイドよりアップサイドのほうが多い=(よい方の)非対称性=変動性を好む」という理解をしてきました。タレスは明らかにうまい非対称性の契約(オプション)をしたわけです。この場合長い目で見ると変動性はプラスに働きます。

重要なのは、オプションを安く買う場合など非対称性が有利に働いている場合には、何がどうなっているのかものごとを理解する必要もないということなのです。また、うまく行った時に巨大なペイオフが得られるので、いつもうまくいっている必要もないのです。

更に、オプションは、人生における選択肢へとつながります。タレスはこの成功によって、金銭的な自立につながり、金銭的な自立はさらに人生の選択肢が増え、より正しい選択ができるようになります。自由は究極のオプションであり、頑健さにつながるわけです。

オプションや選択肢に直面して初めて人は自分自身のことや自分の本当の好みが分かります。だから、人生の変動性は他人だけでなく自分自身に関する情報ももたらしてくれるわけです。

イソップ物語に、届かない場所にあるぶどうを「どうせ酸っぱいに違いない」と自分に言い聞かせてあきらめる話があります。タレスのエピソードは、この「酸っぱいぶどう」(負け惜しみ)に陥らないための訓話とされています。

タレスは、これにより、金銭的な自立と知的な生産性の両方を手に入れました。これは人間の最高の姿なのです。

土曜の夜のロンドンで、タレブは知り合いからパーティーに誘われました。彼は出欠を聞く前に「来たければ立ち寄れよ」と言ってくれたと言います。これは選択肢はあるけど、義務はないわけです。ほかに食事をする相手が見つかれば、行く必要はありません。つまりこれは無料のオプションなのです。ダウンサイドはあまりなくアップサイドはたくさんあるオプションです。

家賃の規制されたニューヨークのアパートも同様なオプションがあります。好きなだけ住む選択肢(オプション)があります。でもそうする義務はありません。不動産バブルで家賃相場が高騰しても、おおむね規制で守られていますし、逆に家賃相場が急落したら、いつでも住み替えをして安いところに移ることができます。つまりこれは非対称性で、家賃が下がれば得をするし、家賃が上がっても損はしません。このようなオプションは不確実性が増すほどに価値が上がります。

オプションにはひとつの性格があります。意味があるのは平均的な結果でなく、よい結果だけなのです。つまり平均よりも平均からのばらつきが重要なのです。100%の人に可もなく不可もなく思われているより、ほとんどの人に嫌われていても、ほんの一部の人が熱狂的なファンになってくれる方がよっぽどいいわけです。

同様に高級品の業界もばらつきが重要になります。全人口が平均の5万ドルの年収だと高級品は売れません。平均は同じであっても、格差が大きく、分布の「テール」の部分、つまり年収が2百万ドル、一千万ドルという人がいればいいわけです。高級品の市場はばらつきによって利益を得るので、反脆いと言えます。

社会を成長させるには、アジア方式の平均を押し上げるやりかたでなく、「テール」に属する人数を増やす必要があるのかもしれません。クレイジーなアイデアと勇気という稀有な能力をもって行動に移す、ほんの一握りのリスク・テイカーがいるからこそ、社会は成長するのかもしれません。

バカになるには、オプション性が大事です。オプション性があるときには、知能、知識、洞察、スキルと言われるような脳細胞の働きはあまり必要ないのです。このオプションにより知識が保証するより多くの結果を期待できる性質を「賢者の石」または「凸バイアス」と呼びます。

自然は、子宮の内部においても選択を行っていると言います。すべての胚のうちおよそ半分は自然流産します。自然は、自分の基準を満たすものだけを手元に残すわけです。これはオプションの行使です。このように自然はオプション性を利用することで成り立っており、知性の代わりをしていると言えます。

自然のいちばん優れた性質は、自分自身にとって最適なオプションを選ぶ理性があることです。それが実現できるのは進化の中にあるテストのプロセスによるからです。そして生物系はそれまでよりもよい状態へ一段階アップするのです。

また自然は、起きても小さい失敗をします。この試行錯誤もうまく利用することで、利得の大きいオプション性をもたらします。これを「いじくり回し」と呼びましょう。

金融の世界ではオプションに対して料金を払うのが当たり前で、過大評価され高い価格がつくこともあります。ただほかの分野となると、無料のオプションに気づかなかったり、過小評価してしまいます。また、私たちはオプションに対して盲目です。オプションは目に見えるところに転がっているのに、それが見えないのです。

研究者は、オプションについてもリスクをカジノに結び付けて考えているのは間違いです。彼らは人生におけるランダム性をカジノの中の計算可能なランダム性と取り違えています。リスク・テイクは決してギャンブルでないし、オプション性は決して宝くじではないのです。