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ブラックスワン講座(7)脆い社会のつくりかた

1.極端な世界

私たちが今住んでいる世界は「極端な世界」であり、一定のこと以外はベル型カーブが通用しないと説明しました。より安定的な「平均的な世界」においても、「極端な世界」と同様に、ランダム性、変動性、不確実性は存在します。

「平均的な世界」においては、その変動や不確実性もベル型カーブに従うので、コントロールしやすく、影響もそれほど大きくありません。ところが、「極端な世界」では、変動の予想ができず、また不釣り合いにその影響が大きくなるのです。

私たちは、文明の進歩とともに、快適性、利便性、そして効率性を追求してきました。また、合理主義の時代精神は「社会は人間にとって理解できるものであり、人間が設計すべきもの」と考え、統計理論やベル型カーブのような確率理論が生まれ、社会をいかに人間にとってベストなものとするかに集中してきたのです。

2.ランダム性の排除

そもそもランダム性や変動性があるにも関わらず、人は人工的にその変動性を取り除こうとしています。

金融の世界では、適度な変動性は必要です。市場の変動を様々な政策で抑え込もうとすればするほど、どこかで急激な変動が現れます。日常的に市場に変動がほとんどない場合、何らかの大きな変動が起こった際に、人は取り乱して投げ売りが始まり、より大きな変動を引き起こします。

政治の面でも、国内の政治不安や国際的な紛争などを無理やり抑圧していると、爆発性のある力が水面下でどんどん蓄積していきます。しかし、差し当たりの安定が維持され表面上は何も起こらないので、人々の意識の中でリスクが見えなくなっていきます。だからこそ、ブラックスワン的な事象が起こったときに、より悲惨な状況になってしまうのです。

3.コスト削減

経済面においては、私たち現代人は常に「費用対効果」を考えています。情報化や機械化がどんどん進んでいる中、ますますコストを抑えるアイデアや技術が生まれ、よりコストをかけないで効果を最大化する方法を競っているわけです。

農業の生産現場でも、建物の建設においても、輸送サービスにおいても、ありとあらゆるところでコストの削減が進んでいます。その中でも特に企業経営におけるコスト削減の重要性は言うまでもありません。

工業生産において、よりコストを下げるため、自動化を進めることは当たり前です。更に設計においては、安全性などの最低基準はクリアさせるとしても、余分なところのまったくない製品に仕上げることが要求されます。また、部品の調達も、全世界のネットワークで少しでも安いものを仕入れるということも当たり前になっています。

人材面においても、人件費のコストを下げるために人員配置をぎりぎりまで少人数化し、需要の増減に合わせるために非正規の社員を活用し、無駄な人件費が発生しないように努力しています。そして給与面などの処遇も可能なかぎり抑える、ということは経営者がみな考えていることです。

資金面についても同様です。資本コストの考え方から、無駄な資金を使わず可能な限り資金効率を上げていく、という方法が取られています。そのためには在庫を最小化し、施設は保有せずにアウトソーシングしたり、賃貸にしたりしています。また剰余金を現金などで必要以上に多く持つと、株主から配当などの株主還元を要求されるのが常です。更にレバレッジと言って、自己資金をなるべく減らしてそれ以外を借金することで、資金効率を大幅に上げることさえされているのです。

4.無駄の効用

このように考えると、私たちの世界は、あらゆるところで「無駄」が排除され、「より効率的であること」を至上命令に、目的を達成するための「最適化」が非常に進んでいます。つまり無駄、冗長性が一切無くなっているのです。

これに対して自然は、何重もの冗長性がリスク管理の基本です。人間もふたつの腎臓があり、肺、神経系、動脈機構など、体内のいろんなものに予備の部分や余分な容量があります。

このように、今の私たちの社会に無駄という余裕がなく、ぎりぎりまで効率化を進めているため、ブラックスワン的な事象が起こった場合に、まったく無力となってしまいます。さらに、現代の社会では瞬時に全世界に広がり、とてつもない地球規模の惨事となります。

また、各産業において、すでに世界的なネットワークができているため、ある地域の局所的な出来事であっても、企業の一部のサプライソースを破壊することによりその企業全体、更にその取引先、消費者など広い範囲にあっという間に影響が拡大することになります。

以上のように、私たちの今の世界は、日に日に脆く、危うくなっています。経営学においては効率化・最適化を引き続き熱心に教育しています。国民は政府の無駄使いを糾弾するとともに行政システムの無駄の排除を求めています。また、政府も全国の病院のベッド数の削減を過去10年以上進めてきています。

社会全体として、ブラックスワン的事象に対して極端に弱くなっており、それを修復する気はなく、ますます弱い方向に進んでいるということを認識すべきなのです。