部屋から出れない/自粛期間

生活が、壊れている。

乱れているのではなく、完全に壊れている。壊す主体は私で、壊される対象も私だ。

朝起きるという行為をひさしくしていない。夜が永遠に続いたような1日を送っている。ときに、昼間から睡眠に支配されて起きたとしてもただ小さな画面を見つめるばかりのことが多い。たまのアルバイトか授業以外には外に行く動機がないから家を出ない。ひたすらこもっているせいで、ずっと外界に接続されていないみたいな気分だ。

 部屋という自分の延長の内部で寝転び続けている気がする。どうして扉を開けられないのか、もうわからない。開けてみたら案外、外に馴染むのかもしれないけれどそれができないでいる。

 それから私はこの頃集中できない。以前は読書が好きで、たっぷりと買い込んだ小説やら専門書やらをじっくり読むのが趣味だったのに、読んでいても頭に入ってこない。途中でYouTubeとかTwitterとかを開いてしまう。そして、各々が呟いたり遺すコメントにいちいち感動したり批判を加えたりして、気づくと時間が経っている。クソみたいな体力の使い方だと、我ながら思う。しかし、今はこれしかできない気がしている。

 外界に接続したいのか、そうでないのかはその時の気分にもよるところがある。たとえばTwitterを開いているときは、どちらかといえば外界に開いていたいというときだし、ネットサーフィンをしているときは接続するというよりは受容したいという感じなのだ。そして、これらの行動は、そのアプリを開いて初めて(あっ、自分はこれがやりたかったんだな)と気づくような性質があって、つまりやっているうちに何か発信しようと思ったりするという感覚が生まれていくサイクルがある。接続したいと意気込んでSNSをすることはあまりない。よくわからないままアプリを開いて欲望が左右されていく。


 それでもワンルームの部屋の中にずっといると気が滅入ってくる。外の空気を吸っていないし、冷蔵庫は空っぽだし、家事なんて言えるほどのことはできていない。

 でも、SNSを見ていたら美しい盛り付けのパスタとか、おいしいビール情報とか、痩せるコツが出てくる。ここでこうしてダンゴムシみたいな形になって布団の上で時が流れるのを待っている私は、正しい生活も美しい生活もできていない。どうしてかな。どうしてなんだろう。なにを間違ったのかな。どうしてできないんだろう。ビールだって好きなのに、グラスに入れるのが、グラスを洗うのが面倒でやりたくない。料理なんてスーパーに買い物に行って何かを作り出す時間が要るのに、みんなよくやるよな。時間は腐るほどあるのにできない。そういう自分が嫌だと思う。どこにもいけない。私には何が必要なんだろうか。

 思い悩んだ末に、とりあえず電気を付けてみた。一人暮らしにあたって自分のバイト代で買ったかわいいニトリの丸い灯。月みたいで、うっとりするフォルム。これを買ったときは、しっかり生活しよう!って思ってて毎週野菜やお肉を買って、アルバイトは週5日くらいしてたな。休みの日はカフェに行ったり、自転車で遠出をしたり。朝早く起きて海に行ったり美術館に行ったりもしてたな。懐かしい。たった2年くらい前のことなのに、いまはどうしてかできない。うまくゆかない。精神的に何か抱えてしまっているのだろうか。


 それで、ベランダに出た。

 ベランダは外界とちょっぴりつながっている。飲み屋から出てくる人の声、車の排気音、川の流れる音、電車の音、カーテンを閉める音。それから空、雲、月、電灯の灯。自然とか、環境とか、外界とか、世間とか、社会とか、俗っぽさとかが一気にやってくる。階下を望めば、狭いベランダにたっぷり敷き詰められたガーデニングの花がある。「上を見れば月、下を見れば花」という状態。でも他者とは直接かかわらなくて済む。

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 そういえば、実家にいた頃は毎晩月にお願いをしてカーテンを開けて寝ていた。いつも「運命の人と出会えますように。」と願いながら寝ていた。自分のことを好きになってくれて、かつ自分も好きだと思えるような素敵な人が目の前に現れてくれないかなという願望。好きな人が欲しいというのは、愛するとか好きという気持ちを味わいたんじゃなくて、単純に今の日常から抜け出したいという気持ちの結果で、それを変換した気持ちだったのかもしれない。いまも、そんな願いをするときはあるんだけれど。




ベランダから月を眺めるという行為が、今日はできた。なんか、うれしい。がんばってワインを買ってきた。セブンの安いワインだけど妙においしい。月は雲の奥から光っている。よくよく考えたら、光るってすごいことだよな。


 私は一つのことに集中し過ぎてしまうことがあって(たぶん医療機関を受診したら診断名がつくんじゃないかなと思う)本も読み始めるとトイレを我慢してしまうし、レポートの類も一日中へばりついてやってしまうから他の用事を忘れそうになる。お酒も集中して飲み過ぎて適量を超えてしまうし、自転車に乗り始めると40kmくらい走る。寝始めるとずっと寝るし、過食してしまうこともあるって、食べ過ぎて嘔吐することもある(これはすこし寛解した)。でも逆に言えば、何かの行為に集中していれば他のことはかなり適度に終えれるということでもあると気づいたので、お腹が空いた時や過食衝動に駆られたときはPCで文章を書きながらつまんでみるとか、お酒を飲みたくなったら、文章を書くか月を眺めたりしながら行えばそんなにやばいペースでは飲まなくて済む。行為の組み合わせが大事なのかもしれない。


ベランダという半外界にいれば、そこまでやばいことはしない。やばいことをすると大抵自分にも肉体的・精神的ダメージが大きいので適度なところで止めたいと思う。そういう願いに、ちょっぴり公共圏の半外界のベランダは、いいのかもしれない。生活からすこしだけ離れて、宇宙の不思議が見える建築物。部屋以上、外未満の気ままでWi-Fiのつながる居酒屋。今日やっと、すこし世界と接続できたかもしれない。



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にほんにすむがくせい