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『やれたかも委員会』 吉田貴司 インタビュー

電書バト利用作家インタビュー企画【第3弾】をお届けします。
今回は、『やれたかも委員会』の著者 吉田貴司さんにお話をうかがいました。

『やれたかも委員会』は、2016年、吉田さんが独自に「note」で掲載を開始した恋愛コメディ作品。SNSを中心に話題となり書籍化がなされ、2度の実写ドラマ化もされました。

「やれたかもしれない夜は人生の宝です。」もしもあの時、勇気を出していたら…そんな誰もが心に秘めている忘れられない夜を『やれたかも委員会』が判定します。

「作品紹介」より

電書バトでは本作の他、『スイートメモリー』と『フィンランド・サガ(性)』の計3タイトルをお取次しています。
また、吉田さんは現在、小学館の月刊誌『ゲッサン』(月刊少年サンデー)にて、Z世代の恋愛バトルバラエティー『中高一貫!! 笹塚高校コスメ部!!』を連載中です。

実は吉田さん、かつては電書バトの運営スタッフでした。運営スタッフとして働きながら、『やれたかも委員会』のヒットを機に独立したという、少々特殊な経歴の持ち主です。

今回は電書バトの利用作家として、サービスの内情を知る元運営スタッフとして、サービスについてお話しいただきました。
また、2度のドラマ化の経験をした作家として、昨今物議を醸している「漫画原作のドラマ化」についても深く語っていただきました。

それではどうぞ。


Q. 電書バトにご依頼いただいた経緯をお聞かせください。

ー 吉田さん
僕は他の利用者の方々とだいぶ事情が違うので、あんまり参考にならないかもしれませんが、ざっと説明します。

僕は元々、電書バトを運営する佐藤漫画製作所でスタッフとして働いていました。僕が働いていた頃はまだ電書バトというサービスができる前で、代表の佐藤さんがせっせと電子書籍の販路を築いている時でした。2010年頃でしょうか。

その中で、佐藤さんから「タカシ(私)の作品も配信したら?」みたいな話になって、その佐藤さんと「同じ販路」を使わせてもらったのが始まりだと思います。
その後、『やれたかも委員会』がネットでバズったので、電子配信用に1冊分を描いて電書バトで配信してもらったところ、それが結構売れたので、その勢いで漫画家として独立させてもらい、退社後も引き続き利用させてもらっているという感じです。


Q. 電書バトをご利用されてみていかがでしたか?

ー 吉田さん
電書バトがなければ今の僕はないと思います。『やれたかも委員会』は2年ほど更新できていないので、さすがに現在の売上げは下がりましたが、それでも今も貴重な収入源です。

『やれたかも委員会』を5巻まで描いた後、小学館の『ゲッサン』という雑誌で、『中高一貫!! 笹塚高校コスメ部!!』という漫画を描き始めました。その時、漫画家仲間からは「おまえ出版社と仕事しないとか偉そうなこと言ってなかったっけ?」と言われました。たしかに言ってました…本当に偉そうですよね。

『やれたかも委員会』は2年間くらい出版社を挟まずに描いていたんですが、どんどん貯金がなくなっていってしまい、商業連載を始めなくてはならなくなりました。貯金がなくなってしまった原因は「作画ペースが上がらなかったから」です。

現在では月に40枚ほどの原稿を描いていますが、『やれたかも委員会』を描いていた時は、多分月に20枚くらいしか描いていなかったと思います。当時はそれなりに一生懸命やっているつもりでしたが、今考えると「かなり悠長に漫画を描いていたな」と思います。夜もしっかり寝て、健康的な生活を送っていました。

作画にもこだわっていて、送られてきた「やれたかもエピソード」の実際の舞台に行って写真を撮ったり、なんやかんやと時間とコストをかけて作っていました。今思えばもっと締め切りを厳しく設けて、お金があるうちに量産すべきでした。でも、当時はそのことに気づけなかった。
※「やれたかもエピソード」:読者公募による作品化エピソード

他にも、当時は儲かった勢いがこのまま続くと思い、自分で会社を立ち上げた時に月10万円の保険を契約してしまったりと、細かくいうと色々原因があるのですが、まとめると僕に「経営力がなかったこと」が原因です。

しかし、好きな漫画を余裕のあるスケジュールで描いていた2年間は、漫画家人生で一番楽しい時間でした。後悔はありません。今後は経営力を身につけて漫画家を続けていきたいと思っています。


Q. 電書バトのご利用でロイヤリティ収入など変化はありましたか?

ー 吉田さん
収入が何もないところからまとまった定期収入が生まれたので、変化どころか利用の前後では何もかもが違います。

今は『ゲッサン』で商業連載をしていて、『中高一貫!! 笹塚高校コスメ部!!』は6巻まで出ています(宣伝)。あと、昔に描いた『シェアバディ』という作品(『ビックコミックス』連載 全3巻)が出ていて、電子配信もされています。

電書バトからは『やれたかも委員会』最新5巻、『スイートメモリー』最新2巻、『フィンランド・サガ(性)』全3巻の、計10巻が配信されています。

各社ごとにタイトルも冊数も違うので比べても仕方がないのですが、小学館から入ってくるお金より電書バトから入ってくるお金の方が5倍ぐらい多いです。『コスメ部』も契約期間が終わったら電書バトに預けたいと思っていて、小学館の編集者にもそのように伝えてあって、契約期間の交渉をしたりしています。

「将来、権利収入が増えるかもしれない」と考えると、今生きるのが少し楽になります。また、不労所得があると仕事を切られる恐怖が減るので、ネームの作り方や契約内容の変更も多少強気になれます。

そう考えると僕の創作活動にとって電書バトはなくてはならないサービスです。ずっと続いて欲しいです。老後は電書バトのロイヤリティーとNISAで暮らしていこうと考えています。引き続きよろしくお願いいたします!


Q. 電書バトをご検討中の作家さんに一言お願いします。

ー 吉田さん
売上げ報告の明細がはっきりしているところがよいです。
先日、知り合いの漫画家から「出版社から電子書籍の売上げ明細をもらえず、合計金額しか教えてもらえない。問い合わせにも対応してもらえない。」という話を聞きました。

そこそこ有名な出版社なので「今でもそんなことやってる会社があるのか」とかなりびっくりしました。合計金額しか教えてもらえないって怖いですよね。


Q. 弊社に対するご意見やご要望があればお聞かせください。

ー 吉田さん
佐藤さんのところで働いていたからか、なぜか僕のところに漫画家さんから電子配信について相談を持ちかけられることがあります。そんな時は電書バトを勧めるのですが、利用するにはいくつかハードルがあるみたいで、1番は入稿方法のようです。

電書バトさんでは規定の入稿サイズがあり、校正なども作家自身でやらなくてはいけません。僕は中で働いていた経験があるのである程度やり方が分かりますが、普通の漫画家さんにとっては自分の描いた原稿データを規定サイズに整えるのがややハードルが高いみたいです。

連載を持ってる人だと過去作を預けたいなと思っても、「その時間を取るくらいだったら新作を描こう」となってしまう。同じような取次会社のHPを見てみると「ある程度どんなサイズでも指定のサイトに画像を入れればそのまま電子配信ができる」というサービスもあって、そのくらい楽だといいなーと思います。

多分バラバラのサイズでも入稿できるということは、自動的に拡大縮小したり比率をいじったりして配信用データを作ってるのかなと思うのですが、多少画像が荒れても誰とも連絡を取らず、サイトへの入稿だけで完結する楽な方を選ぶ人も多いのかなと思います。入稿方法がもう少し楽になれば、もっと人に勧めやすくなります。


ー ありがとうございました。

内情を知る立場から貴重なご意見をいただきました。
入稿方法に関しては現在、改善を検討中です。

ところで最近、漫画原作の実写ドラマ化に関する問題が大きな注目を集めています。理由は言うまでもなく、芦原妃名子さんの著作『セクシー田中さん』をめぐる事件です。

この事件を発端に各方面で議論が沸騰しています。
漫画原作のドラマ化の現場で今、何が起こっているのか?
何が問題で、どこをどう改善すれば良いのか?

吉田さんの『やれたかも委員会』は2度の実写ドラマ化がされています。本インタビューの主旨からは外れますが、吉田さんに実際の経験から語っていただきました。


Q. 「漫画原作のドラマ化」について

ー 吉田さん
「セクシー田中さん」の作者 芦原妃名子さんが急死されたニュースはもちろん僕も見ていましたが、あまり詳しく知ろうとはしていませんでした。漫画も興味はありましたが読めていません。ドラマも見ておりませんので、作品自体についてはよくわかりません。

しかし、今回のインタビューでこのような質問をいただいたこともあり、この機会に小学館から発表された報告書の全文、また日本テレビが出した調査報告書も半分ほど読んでみました。(とても長かったので日本テレビの方は半分で閉じてしまいました。)

問題の根本は、芦原さんがドラマ化を許諾する条件として「原作に忠実であること」と、「原作が未完なのでドラマのラストは自分で脚本を書く可能性があること」を出しているのに、それが日本テレビの制作サイドに伝わっていなかったことだと思います。

小学館側は芦原さんの意向を日本テレビ側に伝えたと言っている。でも、日本テレビの報告書では「聞いてないし、原作に忠実にするとは言ってない」とあります。意見は食い違っていますが、僕は一漫画家として「聞いてないなら作るなよ」とちょっと思ってしまいました。

原作者の出した条件を聞かずともドラマ化が進行してしまうのは、原作者の気持ちを置いてきぼりにしてドラマを作ることが当たり前になっている慣習があって、今後その部分が最も見直されるべきところではないでしょうか。

小学館の出した声明には「再発防止していく」と書かれています。また報告書には、再発防止のため主に「契約を結ぶ際の対応改善」が挙げられています。
でも、これで果たして再発防止になるのかというと、僕はあまりピンと来ませんでした。僕も現在小学館で漫画を描いているので、事件後に担当編集者から「心配をおかけしてすみません」という旨の個別のメッセージをもらったりしました。お気遣いはありがたかったのですが「なんか違うな」と思っていました。

僕は出版社に守ってもらいたいのか?
漫画家が持ってる「著作権」は出版社が守らなければいけないほど弱いものなのか?
出版社に守ってもらうのが再発防止につながるのか?
小学館の声明を読んだ時はそういうモヤモヤが残りました。

僕が個人的に体験した話をしますと、『やれたかも委員会』がネットで拡散された時に、すごい量のドラマ化のオファーが来ました。ドラマ化の権利は版元の双葉社に渡していなかったので、僕のところに直接問い合わせが来たのです。テレビ局、制作会社、芸能事務所など、ご依頼いただいた会社も様々でした。どうやって住所を調べたのか直筆のお手紙を頂いたりもしました。

僕が当時考えていたことは、「ドラマ化すると言いつつ契約だけして実際はドラマ化されない、いわゆる『凍結』だけはされたくない」ということでした。僕は日頃からドラマも観ないし、役者の名前もよく知らないし、ドラマの内容にはあまりこだわりがなかったのです。

原作を改変されることについても、僕は正直抵抗がありませんでした。いつ頃から漫画の実写化が流行り出したのか詳しくは分かりませんが、僕が一読者としてこれまで実写化された作品を観てきて、「原作漫画を上回る実写化作品はほとんどないな」というのが、個人的な「実写化」に対する感想だったからです。

なので内容にはこだわらず、問い合わせいただいたすべての方に「必ずドラマ化するという覚書を交わせるなら契約します」と返信しました。すると、どの会社も「必ずドラマ化するという約束はできない」ということでした。どういうことなのか。

その後、色々な人の話を聞いて分かったことは、通常ドラマ化するにはまず「原作者の許諾を取ること」が最優先だそうです。原作を使用する権利を得た後で、監督や放送枠や主演役者を決めてといくという風に進めるそうで、つまり原作者がドラマ化のオファーを受けた時点では、「どんなものが作られるのか全く分からない状態で許諾を出さざる得ない」ということです。

薄い企画書が送られてくることもありましたが、内容は全て決定事項ではなく、それだけでドラマの良し悪しを推し量ることは難しかったです。この事実には結構びっくりしました。

なぜこのような順番になってるかというと、「著作権」の力が強いからだと思います。ドラマの制作側からすると、監督や役者や数多くの制作スタッフのスケジュールを押さえた後で、原作者が「やっぱやめる」と言い出したら多方面に迷惑がかかってしまう。そして、著作権を持つ原作者にはそれができてしまう。だからまず原作の権利を押さえるようです。

原作者は何よりも強い「著作権」という力を持っている。ただ、強すぎる故に「物事が進んでしまったら中々使うことはできない」というジレンマを抱えているのだと思います。

また、原作漫画とドラマでは客層が全く違うんだということもドラマ化して驚いたことです。原作漫画はストーリーやキャラクターを楽しみますが、ドラマのファンはキャスティングされる役者のファンが多く、その役者さんが何をしたか、どういう演技をしたかを主に楽しむようでした。「こんな世界があるんだな」と思いました。

出版社はドラマ化したいと思っている、テレビ局もしたいと思っている。
原作者はしたいけど、不安を抱えている。
でも、「著作権」の強い切り札は原作者が持っている。
ドラマ化の契約は出版社とテレビ局の間で結ばれる。
ドラマ化の許諾を出す時に、どんなドラマになるのかはほとんどわからない。
漫画とドラマは客層と楽しみ方が違うし、そもそも演出方法が違うのでストーリーの改変は不可避である。

これらの関係性や制作上の仕組みから事件が発生してしまうと思うので、本当に再発防止を考えるなら、この辺りを改善すべきなのではないでしょうか。

報告書を読むと、芦原さんは僕なんかより漫画家の大先輩なので、ドラマが漫画と違い集団で作る創作物であることも、ドラマと漫画は客層が違うことも、漫画通りにドラマ化することが難しいことも、芦原さん自身が創作に関して強く譲れない部分があることも、完全に分かった上で、ドラマ化の許諾を出されていることが分かります。

分かった上で「条件」を出し、それを守ってもらえるならということで許諾されたのに、それがいつまでもドラマの制作責任者に伝わらず不信感を募らせていきました。
もし最初に原作者とドラマ制作責任者が会って、「ドラマ化に際して譲れない部分」を共有し合っていたなら、違う結果になっていたのではないかと悲しい想像をしてしまいます。

そう考えていくと、僕のように「ドラマは漫画と違うんだから内容はどうでもいいか」と簡単に許諾してしまう漫画家側にも問題があるように思えてきます。
ドラマ化は確かに嬉しいけど、言うべきところは言っていかないと、「漫画は許諾が取りやすいし好きに改変してもいい」という雰囲気を作っていくのではないでしょうか。この事件を契機に自分で変わるべき部分があるとすればそこかもしれません。

もちろん、僕の場合はドラマ化していい部分もたくさんありました。まず作品がとても有名になりました。「やれたかも委員会の漫画は知らないけどドラマは観てました」という人にもよくお会いします。作品が有名になると漫画編集者も一目置いてくれるので、仕事も進めやすくなりました。

何よりこのインタビューで「吉田さんはどう思いますか?」と聞かれるのもドラマ化したからです。「ドラマ化のメリット」と「改変されるストレス」を天秤にかけて、自分で判断していくべきなのだと思います。

芦原さんの事件を詳しく知れば知るほど、「もし今後ドラマ化の話があった場合はどうすればいいだろう」と悩んでしまいます。単純に著作権使用料は「いくらなんでも安すぎないか?」とも思います。テレビの影響力が弱まるにつれて、漫画を映像化する恩恵も薄れてきているようにも感じます。

せっかく「著作権」の強い力を持っているのだから、漫画家一人一人が出版社に守られるのではなく、契約に意識的になることによって、変えていけることもあるのではないでしょうか。

長くなりました。
この文章が次にドラマ化の話が来た誰かのために、参考になりましたら幸いです。


以上ここまで、『やれたかも委員会』の吉田貴司さんにお話しいただきました。お忙しいところ長文にわたり本当にありがとうございました。

特に最後の質問では「作品の実写化」にまつわる諸課題について、ご経験者ならではの現実感あるお話をうかがうことができました。
弊社としましても作家さんから作品をお預けいただくことの意味を再認識し、作品自体はもちろんのこと、作家さんの権利や利益をより一層大切にしてまいりたいと思います。

それでは、これからも電書バトをよろしくお願いいたします。
次回【第4弾】もどうぞお楽しみに。

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