ビバ! 通い婚

 Twitter上の女性達の間で、日本が「ヘルジャパン」と呼ばれるようになって久しい。単なる男女格差だけでなく、結婚してもしなくても、出産してもしなくても、女性にとって生きづらい、現代日本を嘆いての言葉だ。
 しかし生きづらいのは女性だけではない。男性も過酷な労働環境に加え、婚活を乗り越えてようやく結婚してもATM扱いされ、思春期になった子供たちからはキモがられる。かといって結婚しなければ待っているのは孤独死。誰も幸せにしない、まさしくヘルジャパンである。
 だからと言って、ここで明治から戦中にかけての、家父長制の時代を懐かしむのも違う。家父長制の時代、女性はひたすら地獄を耐え忍んできたのであり、そこから逃れるために選んだ、(中途半端に「イエ」システムを引き継いだ)核家族が、新たな地獄だったのだ。
 行くも地獄、戻るも地獄なら、我々はどうすべきだったのであろうか。私は歴史作家なので、こういう時はやはり、歴史に学ぶべきと考える。男も女も、大人も子供も幸せだった時代はないのか? 実はある。
例えば平安時代である。
 もちろん平安時代が理想郷だったと言いたいわけではない。庶民は飢饉と疫病、重税に暴力と、「平安」の名に反して、苦難にさらされ続けた。しかし、こと家族生活においては、現代よりも幸せだったのではないかと考えられる。

 平安時代の家族生活の特徴は「母系相続」と「通い婚」だ。
基本的に男も女も、生まれた家庭から離れることはない。男性と女性が惹かれあうと、男性は女性の家に通う。三日通うと婚姻が成立するが、必ずしも婿入りするわけではなく、そのまま毎晩(とは限らないが)通う生活を続けることも珍しくない。
 生まれた子供は母方の家庭で育ち、父親は育児に関わることも関わらないこともある。基本的に男も女も、生まれた家で育ち、子を育て、死んでいくのである。
 核家族システムの最大の欠陥は「生まれた子供を夫婦二人で育てなくてはならない」という点である。しかも、男性は稼ぎ手として家庭を離れていることが多いので、ワンオペ育児が頻発する。
 確かに保育園はあるが「保育園落ちた 日本死ね」が現実である。ワンオペ育児ゆえの悲劇は、虐待をはじめ、枚挙に尽きない。
 皆様は「サザエさん」をご存知だろう。サザエさん一家は、稼ぎ手二馬力、主婦二馬力で、三人の子供を育てつつ、七人家族を余裕を持って切り回している。多分、この子供が一人か二人「介護が必要な老人」に変わったとしても、充分回していけるだろう。
 人間は本来、群れで暮らす動物である。家族という最小の群れも、このくらいのスケールがないと、メリットがないのではないだろうか。念のため書いておくが、磯野家がそうだからと言って「男は外で働いて、女は家事!」と思ってはいない。得意な人間が得意な方をやればいいし、分担してもいいし、別に外注してもいい。
 核家族システムのもう一つの欠陥は、密室性が高く、DVの温床となりやすい点である。通い婚ならこれも解決。血が繋がっていても暴力を振る親はいるが、その場合は子が独立して、自分たちにとって暮らしよい、新たな家族を設立すれば済む話。そもそも、見知らぬ他人と二人で暮らすというのが、ストレスの高い生活スタイルなのである。
 また、新たな家族システムを構築するにあたり、必ずしも血縁にこだわる必要はない。相性の合う、二組以上のカップルの同居でも構わないし「ポリファミリー」でも構わない。「ポリファミリー」とは、ポリアモリー(関係者全員の同意に基づく、三人以上の恋愛関係)に基づく家族形態である。関係者全員が合意しているなら、一夫多妻だろうと多夫一妻だろうと、何の問題もないと思う。
 そう、通い婚は恋愛の自由化も促進する。そもそも不倫が問題視されるのは、男系相続だからである。種は誰のものかわからなくとも、誰の腹から生まれたかは一目瞭然である。男が確実に自分の子を産ませたいのなら、誠実にその女性を愛し、誠実な関係を育めばいいのである。紙切れ一枚で愛情を保証しようなんて、虫が良すぎるではないか。男も女も好きな相手と恋愛すればいいし、女は好きな相手の子を産めばいい。子供は原則、母方の家族全員で育てればいいのである。
 とどめに通い婚は、相続の問題も解決する。男も女も原則生まれた家から出ないのだから、相続でもめる心配は全くない。そもそも「たわけ」とは「田分け」、相続で家の財産を分割して、台無しにするような奴のことを笑った言葉である。
 通い婚には、現在の核家族システムに比べてこれだけのメリットがある。とはいえ別に、通い婚が究極の家族形態だと言いたいわけではない。ただ日本人の幸福のために、現行の家族システムを見直してみてはどうかという話だ。未来の日本人が「通い婚」を超える、人間を幸せにする家族システム(あるいは家族を超えた共同体)を発明するというのなら、それこそが素晴らしき新世界である。

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