第三夜 御簾 後編

 乳房のことを「おっぱい」と呼ぶようになったのは、近世、だいたい江戸時代頃からのことであった、と考えられている。
 語源は、「をを、うまい」という感嘆から来た、という説、「お腹いっぱい」の「いっぱい」が転じたとする説などがあるが、いずれにせよ、最初は幼児語であったものが、やがて大人も使うようになった、とするのが一般的である。
 乳房を吸う時、大人の男も、子供に帰るのだ。


 私にしっかりとしがみつく、彼の力は、子供のそれではなく、男のそれであったから、私は優しくたしなめた。
「腕をゆるめて」
 拾ははっとして、
「申し訳ございませぬ」
 彼が手を放し、私から離れようとするので、私は慌てて彼を抱き留めた。
「女は、もっと優しく抱くのです」
「は……」
 ぎこちなく、彼はもう一度私の背に手を回した。
「そう……上手……」
 もちろん、お世辞にも上手とは言えなかったが、私はそう言って、彼をはげました。
「私を……どうしたい?」
 彼は、そんな事は考えてもいなかった、という表情をしてから、真摯な顔になって、言った。
「私は、母の乳を覚えておりませぬ。かなうことなら、奥方さまの乳に、触れとうございます」
「では、そうなさい」
 拾は、私の背中に回していた手を放し、両の手で私の乳をつかんだ。
「痛い!」
 またしても飛び退こうとする拾を、私は両手で捕らえて、
「もっと優しく、触れてください」
「よろしいのですか?」
「私は、あなたに触れて欲しいのです」
 拾の手が、今度は優しく、私の乳房に触れた。
 私の全身を、稲妻がつんざいた。

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