ガラス玉の音

昨日未明、祖母が亡くなった。

寝たきりになって1年近く経っていた状態での逝去だったが、最期まで耳もよく聴こえ、目もよく見え、歯も状態よく残っていたのはさすがに生命の神秘みたいなモノを感じた。おじや父が60代に到底見えない謎の若さを持っている理由がよくわかった。

日付を跨ぐ頃にその呼吸が止まり、わたしたちはその魂が既に去った身体を握り締めながらひとしきり泣いた。その後そのまま実家に泊まり、朝が来たので起きて、食事をして生活は順調に再開したと思っていた。

だって思ったより落ち込まずに生活できるし仕事もできるし普通に人と話すこともできると思っていた。
しかしその夜夫と牛タン屋に行ったとき、注文した牛タン定食のやや質素な皿を見て祖母の料理を思い出してしまい、人目も憚らず号泣してしまった。こんな調子で2時間に一度くらいのペースで、自分でもコントロールが効かないくらい涙が溢れ出てきてしまう。

泣いている最中に脳裏に映し出されるのは、敷居の段差にちょこんと座っていた、まだ元気な頃の祖母。身体にも顔にもよく肉がついていて、わたしを見つけると鼻を真っ赤にしながら豪快に笑った。くちゃくちゃのシワシワな目から奥底から愛がいつも溢れていて、わたしはそんな祖母の愛の眼差しシャワーを浴びて育った。わたしが厳しい父に叱られていると、真っ先に飛んできて祖母は父を叱った。今考えればめちゃくちゃだけど、子供の頃、あんなに優しい大人はこの世に祖母しかいないと思っていた。あの祖母の姿を見ていたときのわたしが何歳だったかも思い出せないし、あの頃の祖母に会えなくなったのはずっとずっと前のはずなのに、まるで昨日のことのように思い出してしまうのだ。

祖母は逝ったあと、どんな姿の魂で旅立っていったのだろうと考えていた。最期の痩せ細った姿だったら少し悲しすぎる。本人は祖父に出会った頃くらいの姿をもしかしたら望んでいるかもしれない。けれどわたしがいつかあの世に行く時、祖母には三途の川の向こう側で、わたしが思い出す時のおばあちゃんの姿で待っていてほしいと願っている。わたしも祖母が見つけてくれるように、29歳のわたしの姿でそっちに行くことにするから。

「玲子」という名前は、祖母がつけてくれた名前だ。産声が祖母にはガラスの玉と玉が当たるようなレイという音に聴こえたことが由来らしい。自分の泣き声がそんな音に聴こえると、ずっと思ったことがなかった。今宵わたしは祖母を思いながら、鼻水をたくさん鼻に溜めて、ヒューヒューと息を立てながらまた泣いている。祖母がいなくなった今、もうガラス玉の音は聞こえない。

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