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[奇談綴り]呪文

ある日、件の友人からメールが届いた。メールが届くこと自体はよくあることだ。

まとめて何通も来るのでなければ。

立て続けに振動するスマホに辟易してメールを開くと、よくわからない単語が羅列されている。要約するとこうだ。
「ごめん、バイトでしくじった。あれは自分の手に負えない。
そっちに行くことはないと思うけど、念の為に最強呪文を送っておくから、なにかあったらそれを唱えて!」

えーっと。まずバイトってなんのバイトだ。
もしかして霊能者の真似事とか言ってたやつか。この感じだと真似事じゃなくて完全に霊能者だろ。

あとこれ…ひらがなで句読点もないからわかりにくいけど、祝詞じゃん?
しかも、最強の禍津神、建御雷神を呼び出してその力を借りて薙ぎ払うとか書いてあるし。素人が唱えていいもんじゃないだろ。
そもそも唱えたところで発動しないだろうし。

あいつなにやってんだ?!
てかなんでこっちに来る前提????

電話を折り返してもつながらないので、なにか来たら嫌だなあと不安だけを抱えたまま、その日を過ごすことになった。
祝詞を改めてよく見ると、まず天照大御神へのご挨拶があり、次いで諸々の諸神へも挨拶し、その上で自分はいま危機に陥っているから禍津神である建御雷神の力をもって薙ぎ払ってほしい、という依頼で終わっている…ようである。

祝詞は神職が仕える神に奏上する文言で、身近なものだと昇殿参拝で聞くことができる。
自分は祝詞はについては当然素人だが、密教の真言と違って基本が日本語なので、単語さえ知っていれば意味を知ることができる。
何回読みなおしても「素人がテキトーに唱えたらダメなやつ」だ。

オカルトの知識を自分なんかに頼っている状態でそんなバイトはしないほうがいい、とかねがね苦言しているのに「だいじょうぶ!」と鼻高々だったのはこのせいか、と合点がいった。
というか、手に負えないものは全部薙ぎ払ってるんか。
それはそれでどうなの? ゴキブリに火炎放射器使ってるようなもんだろ、これ。

そして翌日、やっと友人から連絡が来た。
結局友人自身には何事もなく、こちらにもおかしなことはなかった。
お互いに安心したところで、なぜあんな強烈な禍津神の力を呼び出す恐ろしい祝詞を送ってきたのか聞いてみた。

「まがつ…なに?」

………。
まさか…まさかだけど、内容がなんだか分かってない?
「怖い相手にあたった時の最強呪文だよ!たいていアレでなんとかなる!」

ヲイー!
ホントに何も知らずに火炎放射器ぶっ放してるパターンだったー!!

重ねて確認したが、どうも「祝詞」という意識もなかったらしい。じゃあ一体どこで覚えたんだ。
「よくわかんないけど、最強呪文だって教わったからまるごと覚えた! 意味は知らない!
祝詞は知ってるけど、あれがそうなの? なんで意味がわかるの?」

ま る ご と お ぼ え た ?!
つまり、あの長さの文字の羅列を無意味な呪文として丸暗記したってことか!
それはそれでスゴイけどそこ疑問を持とうよ! てかちゃんと修行して!
誰だよそんなヤバイ教え方したの!

あわてて意味をかいつまんで伝える。
その上で「意味も考えずに唱えていい文言ではない。そもそも自分のような素人が唱えても意味がない。無茶すんな!」と叱ってみたが、まったく響かなかったようだ。

「とにかく、何事もなくてよかった!ものすごく怖いヤツでさ。
うっかり見つかって途中まで追いかけられたから、たどって知り合いの所に行ったらヤバイと思って、慌ててメール送ったんだよね。
逃げながら送ったから大変だったよ!」
何だそのホラー漫画に出てきそうな状況。お前が一番ヤバいわ…。それにこっちはゼロ感で来てもわからんから、対応のしようがないわ。

何かあったら使ってね、と繰り返していたが、ゼロ感の素人が祝詞など唱えられるはずもない。曖昧に返事をして、この件はそのままおしまいになった。
祝詞は消すのもはばかられて長らく保存はしてあったが、機種変更のどさくさで行方不明にしてしまった。
唱えたらなにがあったのか、今でも少しだけ気になっている。

ところで、祝詞には「禍津神である建御雷神の力をもって」と書いてあった…ように記憶しているのだが、建御雷神は天津神であり、禍津神ではない。
禍のような力というのは、それに翻弄される人間ならそう考えてもおかしくないが、禍津神と断じるのはかつて敵対していた国津神側の判断のように思えるが…。
あの祝詞を作ったのは一体誰なのだろう。

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