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アナログメモの話

前回デジタルメモの話を書いて、俺はもうアナログメモなんか使ってないよ、というようなことを書いたのだが、その後心境の変化がありアナログにも興味が出てきてノートやらボールペンやらを引っ張り出していて紙に文字を書き始めた。

もうめっきり手書きなんかしていなかったのだが、iPad Pro + Apple Pencil Pro でデジタルメモを取るのが想像以上に定着したためか、勢い余っていろいろやりたくなったってわけ。

卓上のロディアNo.13

アナログメモの問題

とはいえ、学生時代から長らく付き合ってきたペンとノートのことはある程度把握している。アナログメモについて僕が一番感じている問題は以下の点だ。

問題1. 管理コスト

紙のメモやノートというのは書けば書くほど物理的に嵩張ってしまい、書いた紙をどうするのか(保存するのか、処分するのか、内容をデジタルに移し替えるのか……)という判断コストが二次関数的に膨らんでくる。これが頭の痛い問題で、ペンを走らせれば走らせるほど面倒ごとが増えるという構造が嫌になってきて、伸び伸びと紙面を書きつぶすことにストレスを感じ始める。

問題2. 再利用性

紙というのは検索ができないので(適切に整理しないと)見直すことができない。実際に見直すかどうかは別として、そもそも保管しないとなると「僕は今、いったいなんのために紙を汚しているのか……?」みたいな気分になってくる。

実際には僕はあまりメモを見返さず、読み返すことよりも書くという行為自体の効用を重視する方なので、これは実害ではなく精神衛生上の問題である。必要なのは「いざとなればどこかに必ず残っている」というインフラの安心感であって、実際に頻繁に見返したいわけではない。ややこしいが……

まぁ見返すこともないので
捨てちゃってもいいんだけどさ

問題3. 書き直しができない

iPad + Apple Pencil Pro の筆記体験は素晴らしく、とりあえず書いておいたメモをちょっと場所をずらしたり、並べ替えたり、(当たり前だが)柔軟性が非常に高い。実際、そんなに頻繁に修正するわけではないのだが、その安心感があるおかげで書きこむ際のプレッシャーがとても少ない。

久しぶりに紙とボールペンを前にした時の絶対に書き直せないプレッシャーというは恐ろしいもので、少なくとも俯瞰的な視点で資料を整理するということはアナログメモには向かないと思う(どうしてもやるとすれば、一度どこかに構成を下書きをして、清書するだけの作業になるだろう)

なので、基本アナログメモは一方通行に上から下に書き連ねていくつれづれなるままにログとして使いたい。 ChatGPT 的に文字化することで自分の漠然とした思考に暫定的な形を与えるのには向いている。

どうやってデジタル化するか

前述の問題により、デジタル端末の進化にあわせてアナログのメモはとらなくなった。

しかし今回はデジタルメモをベースとした管理方法を構築しており、そこにオプションとして手書きメモをつけ足す形で考えた。ので、アナログメモのよいところだけを利用することができそうだ。具体的には書いたメモをすぐに Goodnotes に取り込んでしまうことでほぼ問題が解決した。

書いた紙はすぐに取り込んで処分してしまうので、物理的に貯まることがないし、もし必要になった場合も必ずどこかに残る。

ということで、弱点をカバーする形で運用し始めた。

昔も似たようなことをやろうとした記憶があるが、取り込む際にいちいち専用のスキャナやらなんやらを使用するのが面倒で、その運用コストが看過できず定着しなかった。しかし今の iPhone は十分カメラ機能がよいので、普通にカメラで撮影するだけで必要最小限の取り込みが完了する。

取り込んだ紙は役割を終えるので紙はなんでもよいのだが、ペライチのロディアへのメモが取り込む際に塩梅がよく、デジタルメモへの擬似的なアナログ入力装置、という扱いで定着した。

あまり大きな紙面を用意してしまうと「それが書き終わって取り込むのはいつなのか」という状態の制御が必要になるので、 No.13 のロディアにひとかたまりのメモを書いて、すぐに切り離して取り込んでしまうというのが自分の用途にあっている。 Goodnotes のページ上にその画像を置いて、注釈を入れたり蛍光ペンを引いたりすることで内容が定着するし、場所も取らない。

というわけでアナログメモのよいところだけ享受できている。

撮ったメモ画像の上にデジタルで追記する

ただ、僕は Goodnotes に集約してしまっているのだが、画像/PDF内の日本語検索があまりしっかりと機能せず、これについては純正のメモアプリの方が賢い。自分の環境だけなのかなんなのかわからないが、これが解決するとベストなんだが……

アナログメモのいいところ

1.書き出しが早い

iPad Pro に文字を書こうと思ったら 1. iPad を Magic Keyboard からはずす 2. iPad のロックを解除する 3. Goodnotes アプリを開く 4. Goodnotes の適切なファイル・ページを開く 5. iPad から Apple Pencil をはずす 6. 頃合いのよい平面を探して iPad を置く という一連の工程が必要になる。対して、卓上においてあるロディアであれば、1. ペンを手に取る 2. 書き始める の2工程である。

多少書き出しが面倒でも再利用性にすぐれたデジタルを使おうじゃないか、という考えでこれまでやってきたのだが、やはりこのスピードは無視できない。

2.書くこと自体がきもちいい

デジタルメモは便利なのだがまだ書き心地がよいとは言えない。ツルツルのガラスにプラスチックのペン先をカツカツ叩きつける形で、特に「ハネ・払い」を意識した筆記に絶望的に向かない。

これはこれで慣れれば慣れるものではあるが、紙とペンというのは(書く内容がなんであれ)単純に書く行為自体が気持ちいいので、とりあえずなにかペンを走らせよう、という行動のトリガーになりやすい。やる気というのはやり始めないと出てこないものなので、開始のきっかけというのは多ければ多い方がよい。

3.所有欲を満たせる

アナログのノートやペンは選択肢が無数にあるので、気に入った形のペンやメモ帳を選ぶことができるし、物理的にそれが手元に存在することで所有欲が満たされる。 iPad はそれ自体の所有欲はもちろんあるのだが、部分的に買い足す楽しみが少ない。

アナログの文房具は(ピンキリではあるが)それほど値が高くない選択肢も多く、買い物欲も適度に発散できる。

4.存在にパワーがある

ロディアにやることやらやりたいことやらを書いてピッと切り離し、パリッとした一枚の紙を机の上に置くと、これから式神を呼び出すための召喚札を一枚用意したような気分になる。直接操作できない自分の頭の中身・概念を具現化し、顕現したその紙を便宜的に自分の思考の依代として扱うことで、向かい合う対象が明確になる。

短冊に願いを書いて吊るす習慣もあるように、紙に書き出すという行為にはなにかしら呪術的な効能がありそうに思う。物理的な ToDo リストが机の上に鎮座しているというのはえも言われぬ存在感があり、その圧が行動に影響を及ぼしてくる。

メモをしよう

一体なにをそんなにメモすることがあるんだ、と思わないでもないが、ChatGPT を使っていると「考えることはイコール書くことなんだな」と感じることがある。頭の中で考えを進めることも可能だが、茫漠とした考えを文字に置き換えていくことで一つの物理的な状態に固定し、そこに向かい合って改善を積み重ねていくことができるようになる。

せっかくだから久しぶりにボールペンでも新調するか。万年筆は面倒くさそうで触れてこなかったが、いい大人だし一度ぐらいは触ってみてもいいかもしれない。結局こうして物が増えていく……

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