今だから言える!ー中学生時代ー①

今だから言える!シリーズ第2弾

思春期全開中学生時代だ。

中1の時の女の子絡みの話である。

中学1年生になると、何の目的かは覚えていないが6月頃に2泊3日の林間学校の行事がある。そこでは特に何も無かったのだが、これからする話の前提知識として少し話しておきたい事がある。その林間学校に行くにあたり、前もって全員が何かしらの係に入らなくてはならず、俺は保健係になり、同じクラスにいたある女の子Aも保健係で一緒になった。ある日、全てのクラスの保健係が集まる会があり、そこでは各クラスの保健係長を決め、その後でその保健係長の代表である保健係長長を決めたのだが。そこで俺は周りの同じクラスの人達(当然そこにはAもいた)に推されて嫌々保健係長になってしまい、更には運悪く保健係長長になってしまった。その際に同じクラスの保健係の人達に、(皆に代わって嫌々保健係長をやるから)ジュース1本奢れよぉとふざけて言った。実際にある男友達は奢ってくれた。あれは確か近くのスーパーで、C.C.サイダーを買ってもらった。美味しかったよ、ありがとう。そんな事はさておき、お金をくれた子がもう1人いた。先程チョロっと書いたAという女の子だ。

長くなったのでまとめると

①俺は嫌々林間学校での保健係長(長)になった。

②その際、ジュース奢れよとふざけて言った

③Aが実際にお金をくれた(くれたのは林間学校がとっくに終わっていた秋頃)。

これらを覚えておいて欲しい。

林間学校が終わり、そして夏休みも明け、少し肌寒くなってきた秋頃。半年に1回役員が変わる委員会を決める時期になった。俺は次第に厳しくなる部活に行くのが嫌で、少しでも遅れる口実を作るために委員会に入ることにした。委員会はそれぞれ男女1名ずつの計2名だ。「はい、じゃぁ〜衛生委員会やりたい人〜」当時の学級委員が言った。俺は手を挙げた。幸い、俺以外に誰も手を挙げた人間はいなかった、Aを除いては。そうして、俺のクラスの衛生委員会は俺とAがやる事になった。

初回の衛生委員会が終わった後のこと、部活に行く前に一旦教室に荷物を取りに戻っていた時だった、ちなみに委員会は放課後に行われるので教室には誰もいなかった。Aが手紙の様な紙の袋にジュース代として本当にお金を入れて持ってきてくれた。Aは俺にその袋を渡した後、走ってすぐにどこかにいなくなってしまった。袋の中身を見たら、予想はしていたがお金だけでなく手紙が入っていた。

ここまで特に俺の心情を書いてはいなかったが、俺は割とAに気があった。だからこそ、あの日のことはこの上なく嬉しい、はずだった。

家に帰って手紙を読むと、保健係長をやらせた事に対する謝罪等が書いてあった。さすがに7、8年も前の事で、その手紙ももう何処に言ってしまったか分からず、細かくは何が書いてあったかは覚えていない。最後に「同じ委員会よろしくお願いします」と、書かれていた事だけは覚えている。あ、「そのお金で好きなもの買ってください」みたいなことも書かれていたような…..。

当然ラブレターなどでは無かったが、気があった子にこんな事までされれば、普通は喜びに舞い上がっていたところだ。後に聞いた話だとAも俺に気があったらしい。

しかし、自分でも気づかなかったが、俺は相当なひねくれ者だった。

手紙を読んだ後、緊張し始めたように心拍数が上がり、何故かAに不快感を抱くようになってしまった。本来であれば、嬉しいことのはずなのだが、喜びの感情ではなかったのはよく覚えている(ちなみに、こんな感じのことを「蛙化現象」などと言ったりする)。不快な感情を抱いてしまう自分が恐ろしくなった。不器用とかひねくれ者とかいう言葉で片づけていいものなのだろうか。俺の精神は何かがおかしいのだろうか。その日からAとは殆ど話しておらず、お金のお礼を言う事も出来なかった。Aから話しかけられることも殆ど無かったが。それからの委員会も毎回気まずかった。向こうもきっとそう思っていただろう。


結局、特にAとは何も無かった。




何故俺があのように感じたのか、今でもよく分からない。




その答えが分かるなら教えてほしい。





以上、甘酸っぱい恋の話かと思いきや、振り返る度に苦みを増す哀の話だった。


中2になって初めて彼女(?)が出来たことがあったのだが、これはまた別の機会に。





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