無題

小学生の頃、私は雨が好きだった。
お気に入りの真っ赤な傘もさせたし、黄色の長靴も可愛かった。雨の匂いは私の好きな匂いだったし、びちゃびちゃに濡れて帰ってお母さんに髪を犬みたいに拭いてもらってる時、この世で一番の幸福を感じていた。
でも雨が降ると、きいちゃんも、みえちゃんも遊んでくれなくてつまらなかった。だってこんなにも雨で外がキラキラしていて綺麗だし、いつもは賑わっている公園もひっそりとしていて、順番待ち無しでブランコも滑り台も使い放題だったし、意地悪な男子も居ないし、言う事無しだったのに。
雨が上がると道には水溜まりが沢山出来ていて、覗いてみると薄暗く映った自分の姿があり、それをビチャンと踏みつけると私の姿はバラバラになり、それが可笑しくて仕方なかった。ビチャン、バラバラ、ビチャン、バラバラ。
汚かった町が水で汚れが綺麗に流されて、空を見上げると虹が出ていて私をいたく感動させた。世界はこんなにも美しいんだと小学生ながらにも思わずにはいられなかった。

「駄目よこんなのじゃ。もっと丁寧に情景描写しなくちゃ」
「はぁ…でも別に小説家目指してる訳じゃないんで」
現国のハッシーはいい先生なんだろうけどめんどい。
私は普通に卒業出来ればいいだけなのに。
卒業して彼ピと結婚して、子供産んで、育てて、幸せな家庭をつくり、幸せな人生を歩むのだ。その幸せな人生にエッセイなんて一ミリも必要ないし、言っちゃ悪いけどなんなら無駄だなぁとすら思う。実際今の私は雨が降っても何にも感じないし、逆にウザイなと思う。小学生の頃のセックスも知らない私とはもう違うのだ。
そして今日も変わらず彼ピの家に向かうのである。
途中のセブンでパイの実とポテチとコーラを買い込み、ウキウキで彼ピの家に着いたのが夕方四時。いつも開いてる彼ピの部屋に外から直接入れるドアに鍵がかかっていて、あれ?おかしいなと思い玄関の方に回って玄関のドアを開けるとこっちは鍵がかかっていなくて入れたからホッとして彼ピの部屋へと急ぐ。今日は月曜だから彼ピは学校を休んでいる。月曜は起きられないから学校にも来られないのだ。そんなところすら可愛い彼ピ。彼ピの部屋のドアをガチャッと開けると、知らない女と二人で裸で寝てやがった。
「ねえ誰それ?」「あっ!違うんだよこれは」「何が違うだバカ、死ね!二度と私の視界に入んな」
バターン!!!!
信じらんない。なんだあの女。ってかアイツ。
私の人生プランが崩れた、いや結婚する前で良かったのか。
よくない。こんな事起きてはいけないはずで、私は大切にされていると思ってた。なのに…なんで。視界が滲む。いくら拭っても拭っても視界が晴れない。クソっ。セブンで買ったお菓子とコーラを袋ごとアイツの部屋のドアに投げつけるとドンって鈍い音がした。本当ならアイツの顔に投げつけてやるんだった。

あっ、雨。
雨のお陰で泣き顔が皆にバレない。びしょ濡れになりながら一人で歩く帰り道。大丈夫、もう泣いてなんか無いし、アイツの事も綺麗さっぱり流してくれたし、やっぱ雨最高だわ。もっともっと降って私ごとどこかに流してくれればいいのに。

帰ったらお母さんが私を見て「びしょびしょじゃない」と言いながら驚いて、小学生の時の様にタオルで拭いてくれた。私はお母さんに拭いてもらいながら泣きじゃくっていたんだけど、お母さんは何も聞かずに「小学生の時以来だね、こういうの」と言いながら相変わらず犬の様に拭いてくれた。
「あっ雨上がったから虹出てるかもよ」お母さんがそう言った瞬間、私は走って外にでた。
世界はキラキラ輝いていて、綺麗な虹が出ていて、世界は小学生の頃から変わらずに美しかった。

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