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等身大のスタンド・バイ・ミー

深夜家族が寝静まってもなお、当時病的にのめり込んでいたFPSゲームに没頭し、敵兵を倒すことにのみ全神経を集中していた。18時に帰宅してから真っ先にPS3の電源を付け始め、夕飯を手早に済ませ、本格的にランク戦に潜り込み気づいたら時刻はあっという間に1時を回ろうとしていた。しかしクランメンバーのチャット欄は依然盛り上がりを見せており、夜が更けるにつれ士気が上がっていくのが加速するチャット欄とヒートアップする対戦相手への罵詈雑言から見て取れた。しかし当時親から再三ゲームのしすぎで注意を受けており、流石に1時を越えれば親からのお叱りが入ると自分の中でのリミッターがあり、泣く泣くクラメンに別れを告げPS3の電源を落とした。電源ボタンを押しファンの音がすんと落ち着くのを確認すると、汗が額から滴り落ち集中しすぎて水分を全く取っていなかったようで喉が渇き切っていることに初めて気づいた。親に聞こえないように蛇口をゆっくり捻り運動終わりかの如く、ぐいと勢いよく飲み干した。飲み終わったコップをそっとシンクに置き、寝静まっている家族を起こさないよう一段一段忍び足で階段を駆け上り自室に入り込もうとした。その時、

「ピンポーン」

と真夜中に似つかわしくない無機質なインターフォン音が静寂を切り裂いた。ビクッと飛び上がりそうになりながらも急いで自室に駆け込み、親が対応するのを待った。少しして父がとぼとぼ階段を降りて行き玄関に向かっていく音がした。そういえば最近夜中にピンポンダッシュをする不審者がいるらしいと学校で注意のプリントが配られていたのを思い出した。にしてもこんな時間にインターフォンを鳴らすなんて非常識でヤバいやつが確定しているにも関わらず出ていく父もすごい勇気あるな、と思った。数分後父が玄関から自分の名前を何度か呼んだ。全く何が起こってるのか想像もつかないので気分が全く乗らなかったが仕方なく玄関に向かうと、当時つるんでいたグループのリーダー格の森と、取り巻き四人がそこに立っていた。自分と目が合うなり笑顔になった森の開口一番口から出た一言目が「よ!一緒に泊まろう!」だった。雑すぎる田舎に泊まろう!?と吹き出しながらも事情を聞くと、最近僕があまりグループと積極的に絡んでなかったからずっと心配していたのでわざわざ家に来てくれたこと、これから森の家でみんなで泊まってそのまま学校に行くだけだからとにかく一緒に泊まろうよ、とのことだった。確かに当時中2の中頃という人間関係もほぼ固定されている状況にも関わらず、僕は森のグループと積極的に距離を取ろうとしていた。森を含むグループ全員保育園から同じだったことや、森達は典型的な脳筋野球部で、自分は野球部ではなかったものの野球好きだったことや、深夜ラジオと2ちゃんで仕込んだ中学生間では新鮮味のあるギャグセンがツボにハマったのか非常に気に入られており、ずっとグループではっちゃけていた。ところが中2に入ったあたりから普段遊んでいる時や休み時間話している時に違和感を感じるようになり、段々本能が「こいつら、ちょっと違うくね?」と訴え、段々ドロップアウトしようかなと試みていたところだった。何が違うのかは全く言語化も出来なかったものの、どうしても森たちといるのが嫌になり、かといって中2の中頃から入れるグループや他に親密になれる友達などないに等しく、とにかく全てを有耶無耶にしたいという理由でゲームにのめり込み現実世界よりオンライン上でのフレンド関係に重きを置いていた。

でも理由はどうあれ誘ってくれたことに悪い気はしないし、ただ泊まるだけならいいかなと思い、親に事情を説明したところすんなりオッケーが出た。バッグに明日の科目を慌てて詰め込み面倒だからパジャマを脱いで制服を着たまま森たちが待つ玄関に急いだ。「こんな時間に泊まりに来んとか言いに来んのめちゃめちゃおもろいな」と言うと、森が意外な顔で「そうか?」と聞き返した。「俺ら割とこの時間とか普通に遊んでるで。」と続けた。森が言ってる「遊び」は到底平均的中学生が嗜む「遊び」ではないことはなんとなくその言葉のニュアンスで分かった。「早くいかな時間ないから早く自転車乗って!」と急かされ、あれこれ絶対普通に泊まるだけじゃないやつやん、と覚悟を決めながら森達の後を立ち漕ぎしてついて行った。しばらくして到着したのは、何に使うか想像もつかない工業系の道具が雑に散らかっている森の家の庭で、昔来たことがあり見覚えがある森の家で間違いはなかった。このまま本当にすんなり泊まって明日学校行くだけなんだ、と胸を撫で下ろした。親はいないのかそれとも親も慣れているので気にしないのか、森が玄関のドアを雑に開け、その瞬間すぐ出て行くから玄関にバッグを置いていくよう僕に言った。脳内が混乱しつつも言われたままにバッグを置き、玄関を閉め再びおもむろに自転車に乗り走り始める森の背中を慌てふためいて追いかけた。

しばらく雑談をしながら自転車を漕いでいると森がとある一軒家の前で自転車を止めた。周辺の友達の家は全て把握しているものの、到着したのは全く見覚えのない家だった。ここはどこなんだろうとキョロキョロしている自分を横目に、森は「これからおもろい遊び教えたるわ」と悪者にしかできないひきつったニヤりとした笑みを浮かべた。次の瞬間森は目にも止まらぬ勢いでインターフォンを何度も何度も押しながらギャハハと笑った。それに合わせて周りの取り巻きもおかしくて仕方がないという様子で釣られて爆笑し始めた。30秒程インターフォンが壊れるのではないかというほどの勢いでインターフォンを連打し、満足げに次行くか、と森は足早に自転車を走らせた。取り巻きたちも急いで森の後に続いた。あまりに異文化の出来事過ぎて理解が追いつかずフリーズしてしまったが、このまま硬直していると制服の自分が一番まずいとようやく気付き、急いで自転車に乗った。しゃかりきに自転車を漕ぎなんとか森に追いつき、なんであんなことをしたのか尋ねた。森はそんなの言わなくてもわかるでしょとばかりに、あっけらかんと「おもろいから」と答えた。「でもかわいそうやん」と食い下がると「大丈夫やで。あの家体育の長谷のボケの家やから。」と当時森グループが嫌っていた先生の名前をあげた。全く大丈夫な理由が分からなかったが、まあ異文化交流ってこんなもんだよねと嫌に冷静になっている自分に気づいた。

次に到着した家は、それほど嫌われてはいないし存在感も薄い家庭科の小岩の家らしい。次は俺がさっきやったみたいにやってみていいよ、とピンポンダッシュの権利を押し付けてきた。ここまでくると異文化体験もやってみるに越したことはないという境地に入っていたようで、罪悪感やためらいなども特に感じなかった。特に思い入れも面識もない小岩先生のインターフォンをピンポン、とならした。しんとした田園街にはうるさすぎるインターフォンの音が響き渡ったような気がした。するとすかさず森が、連打しなきゃ意味ないよ、と指南してきたので、それならとばかりにピンポピンポピンポーンとさっきの森がやったみたいなアップテンポで連打した。初めてのピンポンダッシュにしてはえらく大胆なのが大ウケして夜中あり得ないほどの笑い声が街中を包んだ。こちらもこちらでウケたのが嬉しいのと新鮮な異文化体験にハイになっているので更にピンポピンポピンポピンポーンと連打し、それに合わせて森達の笑い声もさらに大きく夜空に響いた。その件を何回か繰り返し、森はやっぱりおもろいなー最高や、誘ってよかった、と満足げな表情で次行こか、と言いその後何件か同じことをして廻った。

何時か想像もつかない真っ暗闇の中、唯一頼りない月光が車一台通る気配のない田園道を賑やかに走る自転車を照らす。今日は最高やったなと笑い合う森達を横目に見ながら、「こいつら、ちょっと違うくね?」という直感が確信に変わり、分かり合えないなりによしなに折り合いをつけて生きていかなきゃなんだと悟った14歳の夜。文化相対主義を中二にして悟るのもすごいし、しっかりその後森達と縁を切った自分を褒めてやりたい。

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