【禍話リライト】 翁面

 子どもの頃、放課後集まるといえば公園や誰かの家、それに住宅街の中の車のあまり通らないような路地でした。今はどうなんでしょうね。直接会わずともオンラインで簡単に繋がれる昨今、それでも子どもたちは集まって何事か遊んでいるのでしょうか。

 いえ、何が言いたいかといいますと。この話は平成になって間もなくくらいの話なんです。もしかすると今の人たちに一部、上手く伝えられないかもしれないなと思いまして。遊びの内容というのは世代間で違いますからね。断絶があると言ってもいい。

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 Aくんは小学生の頃、ある時期まで、とある同級生の家に仲間と入り浸っていたそうです。

 というのもその家。大きなテレビがあったそうなんですよ。当時ですから箱の形をしたブラウン管のものが。大画面でゲームをやる面白さにみんなでハマって。両親が裕福だったんでしょうね、ゲームだけじゃなく漫画もたくさん揃えられていたそうで。子どもにとってはまさに楽園。放課後は毎日のように仲間と共にその子の家へ出入りしていたんですって。

 そんなある日のこと。リビングでゲームに熱中していてふと気がつくと、一緒に来ていたFくんの姿が見えなくなっていた。他の子もいつFくんの姿が消えたのか気がつかなったようで。

「あれ、Fがいない」

「漫画でも読んでるんじゃね?」

 漫画は二階の子ども部屋にあったんですね。そっちじゃないかと。

「俺、ちょっと見てくるわ」

 それでAくん、二階に上ったそうです。「Fー?」Aくんが呼びかけながら同級生の部屋のドアを開けても、中には誰もいない。二階には他に同級生の妹さんの部屋もあったそうで。そっちの部屋は少女漫画が置いてあるので、Aくんはあるいはと思って妹さんの部屋も覗いてみたんですって。ところがやっぱりFくんはいない。

「あれえ?」

 それでまた一階に戻って。ちょうどその時、その家のお母さんがキッチンでパンケーキを焼いていたそうでね。聞いてみると、Fくんはこっちに来ていないわよ、と。

 みんなに黙ってこっそり帰っちゃったのかなあ、と思って玄関へ行き確認すると、Fくんの靴はちゃんと並んであったそうです。

「いやー、Fいないわ。靴はあるんだけど。かくれんぼでもしたいのかな」

「Fが?」

 Fくん、落ち着いている真面目な性格なんですね。有名な進学塾にすでに通っているような子で。他人の家でふざけるような子ではないんです。

「あー……じゃあ、お父さんの部屋でなんか本読んでるのかも」

 その家の子、ゲームをしながらそう言いまして。Fくんなら別に本を汚したりはしないと思うけど、一応どこにいるのか知りたくもあって。「俺、ちょっと行ってみるわ」とAくんが見に行ったそうです。 

 ところが、その家の父親の書斎にもいないんですよ。Fくん。

 おかしいなあ……とAくんが首を傾げていると、廊下のつきあたり、奥の部屋からペラッと本のページをめくる音がしましてね。

 あ、そっちにいるんだ。

 何してるんだろ、と不思議な心持ちでAくんは奥の部屋を覗いたんです。

 その部屋、以前は誰かが使っていた形跡のある洋室だったそうです。でも今はちょっとした荷物置き場に使われているみたいで。本棚とか座椅子とか日常使いの家具がある横に段ボールがいくつか積まれていたり、丸められたカーペットが壁に立て掛けられている。カーテンは閉め切られていて、部屋の中は薄暗かったそうです。

 そんな部屋にFくんはいたんですね。本棚のそばに座り込み、床に広げた大判の本を熱心に読んでいる。「ふーん、ふん、ふん……」と夢中で。

「F、何しているん?」

「あ、ああ」

 声を掛けられて初めてAくんの存在に気がついたみたいで。パタンと本を閉じると、それを本棚に戻しまして。

「ごめん、ごめん」

 立ち上がると部屋から出てきましてね。重ねてAくんが「何してたの?」と言いかけたところで、

「パンケーキできたわよー」

 その家のお母さんがみんなを呼ぶ声が聞こえてきた。そこで会話も途切れてしまい、AくんはFくんに何を読んでいたのか聞く機会を逃したんです。

 それでもAくんの心の中で引っかかっていたものですから。その家からの帰り道、Fくんと道が同じだったAくんは二人きりになったところで彼に聞いてみたんだそうです。

「なあ、さっき奥の部屋で何読んでたん?」

「アルバムだよ」

「え……? F、他人の家のアルバム勝手に見てたの?」

 Fにしては大胆というか。意外な行動だなとAくんは思ったそうです。

「なんだか気になって。変な写真がいっぱいあったんだ。それでついつい、ずっと見てた」

「へえ、どんな?」

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 縁日の写真だと思うんだけどさ。浴衣着ているお爺さんが写真の中央に立っていて、周りに大人が何人もいるんだ。それで、みんなでピースサインしてるの。

 変なのはさ、お爺さんも他の大人も、全員同じお面を被っているんだよ。いやいや、お面ってお祭りで売っているようなものじゃなくて……

 能ってA知ってる? うーん、何と言えばいいかな。日本に昔からある劇って言えばわかるかな……とにかくさ、能ってお面を被って劇をするんだよ。

 その写真のお面がさ、能で使われるような、お爺さんのお面だったんだ。そう。全く同じお爺さんのお面を、みんなで被ってるの。

 それで何ページもずっと、縁日の様子を撮っている写真が続いていてさ。写真の中の光景は変わるんだけど、写ってる人はみんな、お爺さんのお面を被っているんだよ。

 縁日が終わって別の風景を撮った写真になっても、どこかしらにお面が写っているんだ。何気ない家族写真の中にも写ってた。水を張った金盥かなだらいの中にスイカと一緒に足を突っ込んで涼んでる写真にも、隅にいる誰かがそのお面を被っていたりして。不思議だなあって。

・・・・・・・・・・

「──変なアルバムだなあって。写真を見るの止められなくてさ」

「それは確かに変なアルバムだなあ」

 相づちを打ったものの、夢中になって読みふける程のものかな、とAくんは思ったそうですね。その日はそのままFくんとは別れたんです。

 その日が金曜日だったので、休日を挟んだ月曜日のこと。

 小学校にFくんが登校してこないんですよ。連絡を受けた先生によると、高熱で病院に行くから休みますということで。

 更に翌日、翌々日になってもお休み。みんながFだけインフルエンザ? とどよめいているうちに、週末の金曜日。とうとうその週、Fくん一回も学校に来なかったんです。

 Aくんたちはお見舞いに行こうかと自主的に話し合って。届けるプリントでもあればと先生に聞きに行ったそうです。すると先生は首を横に振って、Aくんたちを止めるんですね。

「うーん……きみたちの気持ちは立派だけど……今は行かない方がいい」

「え、そんなに酷いんですか」

「まあ、そうだな。Fくんがある程度元気になってからみんなでお見舞いに行きなさいね」

 ところがそれから更に一週間ほどFくん学校に来なくて。原因不明の高熱の状態が二週間以上ずっと続いたせいで、とうとう亡くなってしまった。

 ご両親の悲痛さもさることながら、突然同級生を失った悲しみにクラスのみんなもショックを受けましてね。彼と仲良くしていたAくんたちなんて、もう、信じられない、信じたくない気持ちでいっぱいですよ。

 放課後、もはや習慣となっているテレビの大きな家にみんなで集まっても盛り上がりにかけて。TVゲームのスイッチを入れるんですけど、ちっとも楽しくなんかない。会話も途切れ途切れ。TVゲームの電子音だけが絶えず虚しくピコンピコンと鳴ってる。

 みんなで集まると、いなくなったFくんを否が応でも思い出してしまう。

 Aくんはリビングにいるのも辛くなったんです。漫画を読みに行くふりをして立ち上がると、Fくんがいた、あの奥の部屋へ向かったそうです。一人になりたくて。

 それでその部屋で、Fくんが見ていたアルバムを引っ張り出してみてね。変な写真がいっぱいあるって言っていたなあ……とFくんの言葉を思い返しながらパラパラめくってみたんですって。

 ところが、変な写真なんてもの全然ないんですよ。夏頃の写真をパラパラ見ていたんですけど、お面を被っているような写真、一枚もない。Fくんは何枚もあったと言っていたのに。

 別のアルバムなのかなと本棚を眺めてみたそうなんですが、他にアルバムと呼べるようなものは並んでない。

 それで一ページ、一ページ、じっくり写真を見てみたそうです。

 それでようやく一枚だけ縁日の時らしい写真を見つけたんですね。でも、その写真はFくんが言っていたものとは趣が全然異なるんです。

 古く色褪せたボロボロの写真。それは浴衣姿の一人の子どもが金魚すくいをしている姿を横から撮っているものでした。ただ、メインの被写体はその子ではなかったようで。ピントは、その子の後ろにいる浴衣姿のお爺さんに合わせてあったそうです。

 そのお爺さん、長方形の紙をまるで表彰状のように胸の前で両手に持っていて、それを見せびらかすようにカメラに向けて笑っているんですって。

 能に使われる翁面のようなものが描かれている紙を持って、笑ってる。

 ただそれはお世辞にも上手と言えない拙い絵でね。子どものAくんでも「下手だなあ」と感じるような絵なのに、写真の中のお爺さんは絵を自慢するようにカメラに向けて、無邪気に顔をほころばせている。

 写真の中のお爺さんと目が合ってしまい、Aくんの背筋に悪寒が走って。彼は慌ててそのアルバムを閉じて本棚に戻したそうです。

 それでまたしれっと、みんながいるリビングのテレビの前に戻りまして。Fくんがアルバムを見たことは伏せて、その家の子に聞いてみたんです。

「あ、あのさあ。ごめん、俺、この家の奥の部屋に入ったんだけど」

「うん? 別にいいけど」

「あの部屋のアルバムのことなんだけどさ」

「ああー、それ、多分爺ちゃんの」

 その子はテレビに視線を注いだまま、何気ない調子で言ったそうです。

「そ、そうだったんだ。ごめん、勝手に見ちゃった」

「いいよ別に。それで、アルバムがどうかした?」

 聞くかどうか少し逡巡したそうですけどね。

「うん、いや、あの、あれさあ。一枚、お爺さんが何か絵を持ってる写真あったから。あれは何なのかなあ、と思って」

「ああ、それ。 いや、俺もお母さんたちもよくわかっていないんだけどさ。爺ちゃんの机のひきだしの中に、あんな感じのお面の絵が何枚もあったよ。それを見つけた時はお母さんたちもびっくりしてた」

「へえ……」

 横にいた他の同級生も反応をしましてね。

「何だ、お前の爺ちゃん画家?」

「いや、普通の人。その絵も全然下手くそでさ」

 素人が気まぐれに描いたとしか言いようがない翁面のスケッチが、何枚も何枚も束になってその子のお爺さんの机にしまってあったそうです。

「お前の爺ちゃん全然見たことないけど」

「レアキャラじゃん」

 そういえば、そうだなとAくん思いまして。会えたらお面のことを詳しく尋ねてもいいなと考えたんです。でもね、それはもう無理だったんですよ。

「爺ちゃんね。去年、死んだから」




この記事は禍話で語られた怪談を元に作成されました。
文章化に際して元の怪談に脚色をしております。何卒ご容赦ください。

出典: まがらじ 第一回
URL: https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/314720903
収録: 2016/10/14
時間: 00:46:00 - 00:54:25

記事タイトルは 禍話 簡易まとめWiki ( https://wikiwiki.jp/magabanasi/ ) より拝借しました。