【禍話リライト】 トンネルの宴

 夜中の三時くらいでした。急に知り合いから電話がかかってきたんです。

「怖い話を聞いたことを思い出したから聞いてくれ」

 そんなことをいきなり言われまして。そりゃあ、怪談を集めている身ですから。ありがたいっちゃ、ありがたいことですよ。

 ただ時間を考えろと。後でそう一言申してやろうと身構えてその人の話を聞きましたらそれがまあ怖くて。すっかり文句を言う気力削がれましたよ。

 それを今からおすそ分けするんですけどね。

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 その人に話してくれた人が直接体験したことらしいです。つまりわたしは又聞きというわけで。そうですね、Aさんとしておきましょうか。それなりの年の方らしいんです。そんな方がまだ三十になる前というから、結構昔の話になるんだそうですね。

 そのAさん。地元から出て就職されていたんです。ある日のこと急にまとまった休みが取れたものだから、帰省しようとなった。

 各駅停車の鈍行列車に乗ってのんびり帰ろうと思ったそうで。お盆も過ぎて九月になりたてくらいの時期だったといいます。それも平日の昼間。電車の中はガラガラなわけです。

 ゆったりと席に座りローカル線に揺られ、外の風景をぼんやりと眺めて。たまにはこうやってのんびりするのもいいなあと。

 さて。道中停まったとある駅で、Aさんの見覚えがある人物が電車に乗ってきた。こちらの視線に向こうも気がついたようで、まじまじとAさんの顔を見返している。

「「あーっ!」」

 と、二人同時に思い出したといいます。彼ら、中学校時代の同級生だったんです。

「うわーっ、お前Dか!久しぶりだなあ!」

「久しぶり。元気してた?」

 Dさん、Aさんの一つ前の空いていた席を動かすとAさんに向かい合うように座りましてね。

「Aもこの辺で仕事しているって聞いていたけど、偶然だなあ」

「いや本当に。Dは私服だけど今日休み?」

「まあね。お前もか」

 話してみると、なんとDさんも数日休みが取れたので、折角だから実家に帰ろうと思ったそうなんですね。なんという奇遇。

「偶然ってあるんだなあ!」

 二人ともテンション爆上がり。駅で待ち時間が生じた時にお酒なんか買っちゃってね。そりゃもう、昔話や近況報告で大いに盛り上がったそうです。

 二人で盛り上がっているとあっという間に時は過ぎ。いよいよ地元が近づいてきた。時間帯はもうとっぷり夜でね。薄ぼんやりと馴染みのある風景が見える。

「そういや。この辺ってあれだよな。窓を開けちゃいけない区域」

「ああー、あったなあ」

 なんでも彼らが学生時代の頃より以前、ということですから、昭和からの話ですよ。

『X駅~~Y駅間は空気がすごく悪くなるので、絶対に窓は閉めてください』

 そんな張り紙がこの路線を走る電車にはしてあったそうなんですね。張り紙だけでなく、車掌さんが見回りに来て窓が開いていたら「すみませんね」と言って閉めるくらい徹底していたそうで。

 でもやんちゃな学生さんとか窓を開けるんですよ。ところがそこは、その学生がガン飛ばして睨んでいても、車掌さんは怯むことなく「失礼」と言って窓に手を伸ばして閉めていたそうです。

 『空気が悪くなる』と言っても、その一帯は工場地帯とかそんな地域じゃないんですよ。長いトンネルが三つばかりあるだけで。大抵の人はトンネルの中の空気が悪いのかな、ということで納得していたそうなんですけどね。

 ちょうど今、その区域にいる、と。ただ、昔と違って注意を促す張り紙と車掌さんの見回りはないようだ。

「これさあ、今なら窓開けられるよな」

「いやいやD、俺たちもういい大人なんだから」

 そう言ったものの、車内はむわっとした熱気が籠もっている。まだ九月で夏の熱気が車内に残っているのに、冷房があまり効いていなかったそうなんです。それにお酒を飲んで、二人の身体も熱を帯びている。

「開けてみようぜ」

 と、Dさんが言い出しまして。窓を少し開けてみたそうです。ちょうど一つ目のトンネルに入るところでした。

「このトンネル長かったよなあ」

「そうそう。耳とかキーンってなったよな」

「なった、なった」

 トンネル内を反響する騒音に負けないくらいの大声で話しているうちにトンネルを抜けて。暗闇に風景がすんと広がって。またすぐに、ごおっとトンネルへと突入して。

 さてそのトンネルの中。内部には行き違いの電車が退避するようなスペースはもちろんのこと、工事中の人なんかもいるわけがないんです。見えるのは、ずうっと殺風景なトンネル内部と窓に反射して映るおじさんになりつつある自分たちの顔ばかり。

 それなのに突然、笑い声が聞こえてきた。

「ハッハッハッハッ!」

 十人以上の中年男性たちが談笑していて、ふいに、どっと笑い声を上げたような、そんな哄笑が聞こえてきたといいます。トンネルを走る電車の騒音に負けないボリュームだったそうですから、相当なものだったでしょう。

 その笑い声というのも品のある、と言いますか。野卑たものではなくて、和やかな会食の席などでふいに湧き上がるような笑い声だったそうです。

 二人とも「うおっ」と驚いて。一気に酔いが引いていきました。

「な、何!? 今の何!?」

 お互い顔を見合わせまして。彼らが乗っていた車両、すでに彼ら二人だけしかいないんですよ。他の車両にも何名か乗ってはいるだろうけど、少なくとも電車の中から聞こえた笑い声じゃなかった。

「外から、聞こえたよな……?」

 真っ暗なトンネルの中にそんなに人がいるかって話ですよ。いや、むしろいてほしい。十人でも二十人でもいいからトンネルの中にいて、実際にパーティでもしてくれていた方が全然いい。

 でも、そんなことあるわけない。

「閉めるぞっ!」

 Dさん、言うと同時にバンと音を立てて窓を閉めまして。

「わけわからんぞ。なんだこれ、なんだこれ……」

「わからん……」

 二人とも、やばいものに接してしまった、という感触があったそうです。しばらく頭を抱えて放心状態。電車がトンネルを抜けたのも気づかないくらいに。

 Aさんも酒が飛んだ頭で考えるわけですね。人じゃないよなあ……いやでも人じゃないなら……いやいや、あんまり考えると怖い。考えない方がいい。うん、幻聴だ。幻聴に違いない。

 そう割り切ろうと思って、ふとDさんの方を見ましたら、自分以上にぶるぶる震えていたそうです。顔も尋常じゃないくらい青ざめていて。いきなり風邪やインフルエンザでも発症したみたいに痙攣している。

「お、おい、大丈夫か」

 触れると、それだけでわかるくらい発熱していたといいます。

「いや、わからないけど。急になんか……」

 汗もすごい流れているんです。持ってきていたタオルで拭いてやっても、とめどなく流れ出てくる。

「おい、大丈夫か。どうする。次の駅で俺、降りる予定だけど。Dも一緒に降りるか」

「いや、俺の降りる駅、その次の駅だから。多分……大丈夫」

 と言っているけれど、もう全然Dさんの視界にAさんがいない感じで。あーとかうーとか呻いて、今にも飲み食いしたものをモドしそうなくらい危うい感じだったそうなんです。

 Aさんはぎりぎりまで迷っていたそうなんですけど、駅に着くと予定通り降りたんですね。

「じゃあ俺降りるけど。D、本当に大丈夫か。俺の家、来なくていいか」

「ああ。うん、うん……いいよ、大丈夫……」

 Dさん、やっぱりあんまり大丈夫そうじゃない。こんな状態のDを本当に置いていっていいのかな、とAさんは躊躇しまして。するとそこに、ちょうどたまたま、この駅で電車の行き交いのためしばらく停車するとアナウンスがあったんですね。それでAさんはホームに降りて指差し確認している車掌さんを見つけまして。

 あの、すみません、と声を掛けてお願いをしたそうです。

「この電車に乗っている知り合いがものすごく具合が悪いんです。次の駅で降りるらしいんですけど、もしかすると、席から立てないかもしれません。なので、もしよろしければ、様子を気にかけておいてもらえませんか」

 と、そんなことを相談しまして。車掌さんも快く了承してくれましてね。

「わかりました。次の駅の駅員にもそのように連絡しておきますね」

 そう言ってくれて。Aさん、Dさんのいる車両と席の位置、それに身なりを伝えるとお礼を言って、ホームを去ったんです。

 それで実家に帰り着いたわけですけど、Aさんはやっぱり電車に置いてきたDさんのことが気になるわけですね。その頃すでに、今で言うところのガラケーが普及していて、AさんもDさんも携帯電話を持っていたわけですけれど、あんなに具合悪そうにしていたDに直接連絡するのは悪いかな、とAさんは考えまして。

 それで、明日の朝にDの実家の固定電話の方にかけてみようと決めたそうです。昔の学級連絡網を母親に言って引っ張り出してもらった。


 さてその夜のこと。Aさんは昔使っていた自分の部屋に久しぶりに布団を敷いたそうです。その部屋は畳張りの和室で、昔のくせで布団の右側をぴったり壁につけて敷いて。それで寝たんだそうです。

 ところが。うつらうつらと寝ていたAさん、妙な音で目が覚めた。電気の点いていない部屋の中は真っ暗。そんな部屋の中、布団の周囲で音がする。

 ずりずりずりずり

 そんな音が。Aさんは驚いて起き上がろうとしたんですけど、起き上がれないんですよ。金縛りではないけれど、身体が強張って動かない。

 は? え? とAさんが混乱している間も、

 ずりずりずりずり

 という音はずっとしている。どうやら布団の周囲、全方向からしていたそうなんですよ。布団の周囲をぐるぐると音を立て回っているみたいで。右側は壁にぴったりとくっつけて寝ていたのに、そっちの方からもずりずり音がする。

 なんだこれ、なんだこれ。

 Aさんが少し気を取り戻して音を聞いてみると、どうやら何かを引きずっているような物音じゃなかったそうです。独特の音で、ずりずりずりずり。

 このままじゃ埒が明かない。Aさんは勇気を振り絞ると、えいやっ、と思い切って目を見開き、音のする方を見たんです。

 布団の四隅にそれぞれ男が一人ずつ立っていて、すり足をしていたのをAさんは目撃したそうです。白い足袋が闇の中でものすごく目立ったそうで。その白い足を畳になすりつけるように動かせて、

 ずりずりずりずり

 と、そんな音を立てAさんの布団を囲み回っている。しかもどうやら四人の男たち、全員Aさんを凝視していたそうで。それに気がついたAさん、叫ぶ間もなく即失神してしまった。

 翌朝目が覚めた時は泡でも吹いていたのか、枕元はよだれでとても汚れていたといいます。

 それで、昨夜のあれは絶対昨日のトンネルで聞こえた笑い声と関係ある、とAさんはそう考えまして。Dは大丈夫か、となったんですね。

 急いでDさんの実家に連絡したんですって。ところが留守電。時間を置いてかけてもまだ出ない。夕方から夜になっても留守電だったそうです。

 それで一日、ずっと気が休まらないまま過ごしたといいます。携帯電話にかけるべきかどうか……だいぶ悩んだそうです。

 さて次の日。Dさん本人ではなく、彼のお母さんから実家に電話がかかってきたそうです。

「実は息子が行方不明で……」

「えっ?」

「それで、警察署までちょっと、来てもらえないかしら」

「はっ? えっ?」

 Aさん、事態をよく飲み込めないうちに警察署まで出向くことになったんですね。警察署まで着くと早速、警察官が話を訊いてきた。

「あなたが最後にDさんを見た方になっているんですよ」

「え? 自分がですか?」

「はい。あなた、車掌に頼みましたよね? 『具合が悪そうだから』とDさんのことを」

「はい、そうですけど……」

 その警察官の語るところによるとですね。

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 その次の駅で車掌さん、座席の確認に行ったんですよ。つまり、その駅でDさんが降りてこなかったわけで。

 ところがですねえ。Dさんがいなかったんですよ。ああ、いえ。Dさんのカバンは置いてあったんですけどね。はい。中身もそのまま。ケータイや財布もちゃんとありました。もちろん、後で他の車両も確認したそうですよ。でもDさんは電車の中にいなかった。いなくなっちゃったんです、その人。

 そうなんですよ。その駅で降りていないなら、それより前の駅で降りたことになりますよね。それで、あなたが降りた駅でも防犯カメラをチェックしたんです。でも、Dさんらしき人が降りている様子はなかった。

 走行中の電車から飛び降りた……という可能性も考慮したんですけどね? でも、電車の窓は全部閉まっていたんです。それに沿線沿いに人が飛び降りたような痕跡もなくてですね。

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 つまるところ、何の痕跡も残さず、Dさんは電車の中から姿を消してしまったと。警察官はAさんにそう言うんです。

「それで、なんですが。あなた、Dさんの体調の他に何か彼から話を聞いていませんか。職場での悩みとか。せめて失踪するような動機だけでもわかればと思うのですが」

「いや別に……」

 あのトンネルの中で聞いた笑い声を警察官に伝えようかどうか迷ったそうです。でも結局言い出せませんでした。その時酒を飲んでいたことは警察官も承知なわけで。酔っ払いの戯言としか受け取ってくれないだろうと。

 結局、Dさんとはそれっきりになったそうです。

 数年前にとうとう失踪宣告が出たといいますから。Dさん、未だに見つかっていないんですよ。




この記事は禍話で語られた怪談を元に作成されました。
文章化に際して元の怪談に脚色をしております。何卒ご容赦ください。

出典: 禍話 第六夜(1)
URL: https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/312785078
収録: 2016/10/07
時間: 00:07:20 - 00:18:40

記事タイトルは 禍話 簡易まとめWiki ( https://wikiwiki.jp/magabanasi/ ) より拝借しました。