【禍話リライト】 後姿の知らない子

 百物語ってよくないな、という話なんですよ。百物語。ご存知ですよね。

 何でもやってみろ、経験や体験は大事だ、と大人たちは言いますけどね。何でもやればいいってもんじゃない。

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 この話をしてくれた方。女子大に通っておりました当時、大学非公認のオカルトサークルに所属していたそうです。メンバーは一桁だったといいますから、本当に少人数ですね。

 それで心霊実験と称してこっくりさんとかやっていたんだそうです。

 でもこっくりさんなんて全然来てくれやしない。動いたとしても、これは誰かが動かしているだろうな、という感じで。心霊現象と無縁ではオカルトサークルの面目も丸つぶれ。

 そんなある日のこと。誰かが「百物語をやろう」と言い出したそうです。来たれ、おばけよ。そんなわけで、大学近くの区にある公民館を借りると、百物語を催すことになったんですね。

 ところがこれが七面倒臭い百物語の会で。参加者それぞれに百話を割り振られたんです。参加することにしたのは全部で七人でしたから、一人当たり十四か十五話のノルマが課せられた。それに加えて一話当たり大体何分、と時間制限も設けられてね。長すぎてもいけないし短すぎてもいけない。

 会の始まりは夜の十時かそこらだったそうです。公民館の大広間にみんなでロウソクを中心に輪になって座って。百物語をやろうと言い出した女性から早速怪談を語り始めた。

 その方から始めて時計回りに順々と、他のメンバーも怪談を語っていく。ただ、これが相当きつかったそうなんですよ。

 というのも。一人当たり十話以上も怪談を集めること自体がそもそも大変でしょう。どうしようもなくて、多くのメンバーがネットから拾い集めたんでしょうね。改変して若干オリジナリティを持たせようとしているものの、かなりネタが被っていたんですって。

 その上、怪談を人前で語るなんてこと皆さん初めてですから。用意してきた原稿を読むのはいいんですけど、怪談を語るというよりはレポートを読み上げている感じで。

 うわあ、これ想像していた以上にきついなあ……

 体験者の彼女、百物語の序盤にして既にうんざりしつつあったそうです。とはいえ、自分の番が来れば頑張って用意してきた怪談を語るし、自分の番以外の時もできる限り相槌を打ったりリアクションを示して、『百物語』という場を壊さないように、みんなで暗黙の内に協力していたそうです。

 さて、順々に語っているうちに、時刻は草木も眠る丑三つ時。夜の二時。本来なら百物語も佳境に入って、段々怖くなってくるところ。ところが全然怖くない。ロウソクの揺れる明かりと静寂の真夜中というシチュエーションだけは一丁前に怖い雰囲気を醸し出すけれど、肝心要の語られる話が一向に怖くない。

 ただノルマを消化するみたいに、ダラダラと語られるばかりでね。頑張って盛り上げようとしていた語り口も、段々単調なものになっていく。

 更に時刻が回り、いよいよみんなの気力が失せてきたそうです。

 もう、どうでもよくない?

 みたいなね。誰も口には出さないけれど、人が語っている時に用を足しに立ったり、あからさまに反応も薄くなって。

 さてそんな中。体験者の方に何度目かの順番が回ってきまして。とうに彼女もやる気は失せているんですけど、それでも語る以上はちゃんとやろうと懸命に怪談を語っていたそうです。

「田んぼのあぜ道の向こうから人影が見えてきた。それもたくさん。まるで行列のようだ。『あれえ、こんな時間に何かいな』おばあさんが見ている間も、ゆらゆらゆら。明かりがどんどん近づいてくる」

 原稿を読む目も疲れて霞んできたそうですね。しょぼしょぼとする目で、ほとんど原稿を睨むようにして読み上げていたそうなんです。でも、せめてオチくらいは怖がらせる努力をしなければ、と。そう思って、原稿の先に目を走らせて残りの内容を覚えると、顔を上げみんなを見回したんです。

 そこで違和感にハッと気がついた。

 参加しているメンバーはロウソクを囲うように車座になって座っていたんです。ところがその内の一人。何故か輪の中心に背を向け、後ろ向きに正座して座っている女の子がいる。きれいに背筋を伸ばして、黒髪の長髪。その子の後頭部だけがこちらを向いている。

 え、なんでこの子こっち見てないの。

 一瞬そう考えて、次になんで他の子はこの子に注意しないんだろう、と思ったそうです。でもね違うんですよ。

 というか、誰、この子……?

 百物語に参加しているのは彼女も含めて全員で七人だったはずなんです。でも今、床に座布団が八つある。つまり後ろ向きに座っている子はいつの間にか百物語に加わってきたことになる。全然知らない子だったんですよ。

 明らかに異常事態なんですけど、他の誰もその子の存在に気がついていないらしくて。彼女の方も何故か「寝ぼけているのかなあ」くらいにしか思わなかったそうなんです。

 彼女が語っている怪談もいよいよオチの部分で、自分の番を終わらせてからあの子のことはみんなに確認してみればいいやと考えたんですね。

「そう、おばあさんが見たのは狐の嫁入りだったんですよ……!」

 そう語り終えた瞬間です。今まで退屈なのを我慢して聞いている感じだった他のメンバーが、ものすごく食いついてきたそうです。

「えー! それ怖いねえ!」「狐とか出たの!?」「マジこわい!」

 想定外の反応の良さに彼女も驚いて。「う、うん。怖かった?」とか戸惑いながら返していると。

「すごい! すごいね!」とか「ねえねえ、どういうこと!?」とか言って、みんなが彼女に詰め寄ってきたんですって。膝立ちになって。

 その上、後ろ向きに座っている女の子も肩を揺らすようにして、ずずず、と後ろ向きのまま彼女の方に近づいてきた。

 みんなが目を爛々とさせ近づいてくるのも怖いし、知らない子が顔を見せないまま近寄ってくるのも怖いしで、彼女は悲鳴を上げ公民館を飛び出したそうです。

 それで彼女が公民館の外で震えていると、サークルメンバーも彼女を追って建物から出て来て、訊ねたわけですよ。

「ちょっと、どうしたん!? おばけでも出た!?」

「いや、おばけが出たっていうかさあ……」

 その中に後ろ向きの女はいなかったので、彼女はとりあえず安心したそうなんですけどね。それで斯々然々、こういうことがあったと彼女が言うと、他のメンバーは「はあ……?」というリアクションを取ったそうで。

 他のメンバーに言わせると、自分たちはあなたに詰め寄っていない、と。怪談を語り終えたところであなたがいきなり悲鳴を上げて、一人で公民館を飛び出したんじゃない、と。

 互いの言い分の食い違いが気味悪いね、となって結局、百物語を途中で止めて解散となったそうです。後日、気にし過ぎかもしれませんけれど、微妙に居心地が悪くなった彼女はサークルを抜けたんですって。

 それっきり、そのオカルトサークルがどうなったのか彼女は何も知らないそうなんですが。

 あの完遂できなかった百物語。もしも中断せずに続けて八人目の女の子に順番が回ってきたら。あの子は怪談を語ってくれたのでしょうか。ロウソクの灯が生みだす影の中から。




この記事は禍話で語られた怪談を元に作成されました。
文章化に際して元の怪談に脚色をしております。何卒ご容赦ください。

出典: まがらじ 第一回
URL: https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/314720903
収録: 2016/10/14
時間: 00:14:20 - 00:20:00

記事タイトルは 禍話 簡易まとめWiki ( https://wikiwiki.jp/magabanasi/ ) より拝借しました。