【禍話リライト】 エチオピアの儀式

 おばけというのは時に突拍子もないことを言ったりやったりして、我々をぎょっとさせます。逆に言えば、我々をぎょっとさせる目的のおばけというのはその実大したことはない、と言えるのかもしれませんね。驚かすことが目的ですから。それ以上の害にはならない、かもしれない。

 ただやっぱり心臓にはよくありません。

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 体験者の彼。親戚の方が亡くなって、葬儀場に泊まらないといけなくなったんですって。いわゆる寝ずの番というのは故人に近しい人がやっていて。なので彼は特にやることもなく。明日も早いし、ということで日付が変わる前に、兄弟共々先に寝ちゃったそうなんです。

 葬儀場に用意された親族用の控え室がまた広くて。通路とは襖を隔てている畳敷の和室の隅にご兄弟と布団を並べると、微妙な居心地の悪さを感じながら彼らは眠りについたんです。


 どれくらい経った頃でしょうか。ふと、彼らに呼び掛ける声がしたそうなんです。中年女性の声が。

「──てる? 起きてる? ねえ、起きてる?」

 聞き覚えのある、叔母の声だったそうです。式当日、遠方から来る叔母がその部屋で喪服に着替えることになっていましたから。

 あれ、もう叔母さん着いたんだ。

 彼はてっきりその叔母が到着したんだと思ったんですね。もう朝になったのかと。それで目を開けましたら、全然夜。まっくら。隣の兄弟は寝息を立ててぐっすり眠っている。他の親族も布団で寝ているのかシンとしている。ところが、叔母の声だけは間違いなく聞こえるんですね。

「ねえねえ、起きてる? 起きてる?」

 それも通路のある襖の向こうからじゃなくて、目と鼻の先にある部屋の壁から叔母の声が聞こえてきたんですって。

 彼、もう完全に目が覚めまして。怖いから何も言えず壁を凝視して震えていたそうです。するとやがて、呼び掛ける女性の声はしなくなった、と。

 ああ、よかった。

 と思ったのもつかの間、声のしていた壁から、スーッと部屋に女が入ってきた。叔母とは似ても似つかない、見知らぬ女が。そして兄弟二人の布団の周囲をぐるぐると歩き回りだしたそうです。

 その女、最初は何も言わなかったらしいんですね。無言でひたすら、畳の上をわずかに音を立てながら彼らの周囲をゆるゆると回っていて。

 意味がわからなくて彼が身動ぎもできずに震えていると、徐々に女の姿勢が変わってきたそうで。女の首が傾いてきて項垂れるようになったかと思うと、そこから更に段々と体も前方へ傾いていって。ぐぐ……と前のめりになると髪もだらんと垂れ下がって。それでも女の体は留まることなく、どんどん折れるように前屈みになって。しまいにはとうとう、床に手をつきその両手を使って四足歩行のように歩きだしたというんです。

 暗い和室の中、何も語ることなく、女は彼らの布団の回りを歩き続けて。彼がいよいよ恐怖の限界に達したその時です。

「ここで何をしているんだ」

 彼曰く、離れているのに耳元で囁かれた感じがしたらしいです。なんだか苛立っている様子で。しかもその声が先程の叔母の声ではなく、低く唸り威嚇するような男の声だったと。

 彼としては葬儀で必要があって泊まっているのにそんなこと言われても、なんですよ。

「お前みたいなやつがここで何をしているんだ」

「何をしている」

 女はぐるぐる回り続けながら、あまりにも一方的に理不尽に、そう言ってきたそうですよ。一方で布団の中の彼はがたがた震えているだけで精一杯。何も言い返せませんよ。でもそれがよくなかったのでしょうか。ますます声が荒々しくなって畳み掛けるように言い放たれたそうで。

「許さない」

「殺してやる」

「お前の家族も殺す」

「三人。三人殺してやるからな」

「エチオピアの儀式で」

 そう言った瞬間、布団を周回していたそいつの姿がふっと消えた。静かな和室には、兄弟や親族の心地よく眠っている寝息が聞こえるばかりで。

 慌てて横で寝ている兄弟を揺すり起こして自分の体験したことを話すと、「寝ぼけてんのか」と鼻で笑われたそうですけどね。


 幸いなことに、というか。後日、周囲で不幸が特にあったわけでもなく。調べても『エチオピアの儀式』と呼ばれているような儀式は見当たらない。

 結局何が何だったのかよくわかりませんけれど、それからは別に何も起こらなかったわけですから。だからあれは彼を驚かすためだけに出てきた、とするのが穏便かなあと。ただ、実際のところは不明ですよ。言い切れませんからね。『エチオピアの儀式』が存在しない架空の儀式だということは。




この記事は禍話で語られた怪談を元に作成されました。
文章化に際して元の怪談に脚色をしております。何卒ご容赦ください。

出典: 燈魂百物語 第三夜
URL: https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/342615224
収録: 2017/01/28
時間: 00:24:30 - 00:29:05

記事タイトルは 禍話 簡易まとめWiki ( https://wikiwiki.jp/magabanasi/ ) より拝借しました。




※ 補記

この話は分母(禍話リスナー)の間でどちらかというとシュールな話として捉えられていると思う。実際、何の脈絡もなく突如出現する『エチオピアの儀式』というワードにはちょっと珍奇な面白さを抱いてしまう。

ではこのお話がちっとも怖くない話なのか、というとわたしは違うと思う。人間のフリをして侵入してきたモノが取り繕うことを止め、悪意を剥き出しにする──という構図がまず好きだし、体験者には何の落ち度もないのも、侵入者の理不尽さが尽く増して好きだ。

このリライトは上記の部分が伝わるといいなと思いながら書いた次第。

なお、侵入者が入ってきて以後、かあなっきさんによる侵入者の演技は女であることをやめ、また、侵入者の姿が「女」だとは一言も言及されていないこと、ここに付記しておく。

今は記事が削除されて読むことができないが、過去に皮肉屋文庫さんがnote上で“『エチオピアの儀式』ハイエナうろうろ説(禍話より)”という記事を公開されていたようだ(未読)。最早タイトルから内容を想像することしかできないが、ここらの点も追求してその記事タイトルに落ち着いたのではないかと勝手に邪推している。

当リライトは「親族だと思っていたら見知らぬ女で、見知らぬ女だと思っていたら得体のしれないモノだった……」という形に留めた。

また、このお話の体験者であるまのづさんは『エチオピアの儀式』についてその余話をブログに投稿されている。『エチオピア』の謎が解けるわけではないが、少し関係がありそうな、興味深い話を読むことができる。