【禍話リライト】 踏切の音
踏切の音って静かな環境だと結構遠くまで響くんですよね。夜、テレビやスマホの音を消して耳を澄ませば遠くの方でぼんやりとカンカン……と鳴っているのが聞こえる、なんて方もいらっしゃるのではないでしょうか。
これはそんな踏切の音にまつわる話です。
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その人、コンビニバイトのリーダーをされていた方で。ほら、いらっしゃるじゃないですか。正社員ではないけど、アルバイトとして長いこと勤めた結果、バイト仲間はもちろんのこと店長さんからも頼りにされている方。
そんな人がある日急にバイト先に来なくなった。
生真面目というか、風邪気味だったら前日に予め「今、風邪気味で。明日は休むかもしれません」と断っておいて、当日改めて休みの電話を入れてくるような人なのに。
連絡もなしに休むなんて珍しいと、店長さんが直々に電話したそうです。
「どうした、何かあったか」
「ああ、すみません。今日はちょっと体調が悪くて……」
「あんまり酷いようなら病院とか行った方がいいよ」
「ありがとうございます。まあ大丈夫ですよ。はい。明日は普通に出て来れると思います」
なんだ具合悪いだけか。それならあまり心配することもないだろう、と。「お大事にね」なんて言って通話を切りつつ、店長安心したそうですね。
ところが翌日もその人は出てこない。
「すみません。今日もちょっと体調が悪くて……」
再び店長が電話をするとそう言ったのだそうです。今まで結構無理言って頑張ってもらっていたもんなあ、と店長は思って。
「折角だからしばらく休んでゆっくりしなよ」
と、一週間くらい休んでもらったんですね。
さてそれで。久しぶりに彼のシフトを入れていた当日。その人、やっぱり出てこなかったそうです。ちょっとどうしたの、と店長が本気で心配してわざわざ電話をしても、いまいち要領を得ないというか。
「すみません、具合が悪くて……」
そう言うばかりで。それで店長、彼は肉体ではなく精神を病んでいるのではないかと思ったそうですね。一人にしておくのはよくないだろうと、他のバイトの子らに相談を持ちかけたんです。
「休んでいるあいつがちょっと心配なんだ。すまないけれどバイト上がりにでも様子を見に行ってくれないか」
バイト仲間の彼らは近くの大学に通う学生で、休んでいる人とは歳は離れていたそうなんですけどね。それでもまあ、彼らも彼らなりにバイト仲間の心配をしていたわけですよ。
「もちろんいいっすよ!俺らもちょっと気になってたんで」
と、二つ返事で引き受けてくれた。店長、コンビニにあった酒やつまみを自腹で買って彼らに持たせてやったそうです。
「もしかしたら長く休んでることを気にしてるかもしれないから、『大したことじゃないよ』ってこれで元気づけてやってきてよ」
それで学生たちはバイト上がりに四、五人でその人のアパートへ向かったんですね。その人の部屋はアパートの角部屋で、外から見ると部屋の明かりがぼんやりと点いている。チャイムを押すとその人、ヌッと顔を出してきたそうです。
「お久しぶりです、元気にしてました?」
なんて学生たちは努めて明るく言ったそうなんですけど、その人めちゃくちゃやつれていたそうです。あごひげも伸び放題。
「……なんかごめんね。まあ上がってよ」
「飯とかちゃんと食べてます?俺ら酒とつまみしか持ってきてませんけど」
酒の入ったビニール袋掲げて見せてね。
でもその人はとても薄い反応で。「ああ、いいね」と一瞥だけする感じ。それでもまあ、学生たちは上がり込んでその人の部屋で酒盛りを始めたわけですけど。とはいえやっぱりその人、全然本調子じゃなかったそうですね。
「何かあったんですか」
と聞いても言葉少なく、「いや……」とか「うん……」と濁される。どうにかこうにかお酒を勧めてちびちび飲んでもらって。しばらくして少し気力が戻ってきたのか、休みだした理由をようやく語りだしたんです。
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最初に休んだ日の前の日の……夜のことなんだけどさ。俺、バイト上がりに酒飲んで帰ったんだよね。
なんか、ものすごい酔ってさ……ほら、うちに来る途中に踏切あるだろ。あの辺りでよろけて。おっとっと……って感じで。それで何か踏んだな、と思って見てみたら、花束だったんだよね。
そう、花束。ずっと置いてあったのか知らんけど、もう完全に枯れてて。それをクシャって踏んじゃったんだ。近くの電信柱には張り紙があって、
『ここで事故がありました』
云々書いてあるのよ。それもまた日焼けして汚くなってる張り紙でさ……いや、俺が酔っていたせいで余計そう思ったのかな?なんか子どもと電車が接触した、みたいなことが書いてあったんだ。そうそう、だから多分その子亡くなってるよね。
うん。もし目撃された方がいらっしゃいましたらXX警察署まで、とか書いてあるのよ。
うわ、まずいもの踏んでしまったなって。気分悪くなっちゃって。
……いや、それだけならバイトをサボったりしないよ。流石に。たしかに嫌な気持ちにはなったけどさ。
うん……実をいうとそれからというものさ、夜中の二時になると踏切の音がするんだ。違う、違う。外からするんじゃない。アパートの中、というかぶっちゃけこの部屋から踏切の音がする。部屋の中が踏切になったかと思うくらいの音量でさあ。けたたましくカンカンカンカン……
寝てらんないよ。毎晩鳴って。寝てても起きてても気を抜くとまた踏切が鳴るような気がしてさ。もう、いつも失神するように寝てるんだ。
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そのアパートと踏切は距離が結構あるんですね。だから集中したら外から聞こえるだろうけど、違うそうじゃない、とその人は言うわけです。家の中で音がすると。
「こういうことがあると今まで自分が安全だと思っていた世界が崩れちゃってさあ。価値観が揺らぐよねえ。歪むよねえ」
そう言った彼の目、ギラギラしてたそうです。酒が回ったのか何なのか、ギョロギョロと眼球が動いて様子を見に来た大学生たちを品定めするみたいな感じで。
さてそんな話を聞かされてドン引きしている大学生たち。「あっ……そ……そうっすか……」と応じるのが精一杯。仲間内で、そろそろ帰るか?という雰囲気を出しつつ顔を見合わせていたんですって。
ところがその中の一人が。どんな集団にも言わない方がいいことを言い出してしまう人というのはいるものですね。
「わかりました。じゃあ、俺ら夜中の二時までこの部屋にいますから」
実験してみましょうよ、と言い出したんです。
「踏切の音が俺たちに聞こえなかったら、申し訳ないですけど、先輩は然るべき医療機関に行ってください。俺たちにも聞こえたら、そうっすね、俺ら皆でお祓いにでも行きましょか」
と、その主張たるや堂々としたもので。そんな彼の提案に部屋の主も乗り気になったといいます。
「そうだな。じゃあ皆、悪いけど二時までいてくれるか」
嫌々ですよ。他の皆は内心、「こいつ、余計なこと言いやがって……」と思いつつも頷くしかない。
それからというもの、踏切から話題を逸らそうとしても部屋の主は踏切に執着するんですね。
たとえばテレビで流れている音楽の話題を振ろうと、
「うわ、この曲めっちゃ懐かしくないっすか」
と水を向けても、
「うん。踏切の音は、これくらいでかい音量だからさ」
といった感じで。段々深夜二時が近づくにつれて大学生たちの緊張感が高まるわけです。
これマジなんじゃね?やばくね?
みたいな視線を大学生同士で交わして。でもどうするわけにもいかない。
一方この部屋に残ろうと言い出した彼はというと、呑気というか悠長なものでして。端から部屋の主の言葉を信じてなかったみたいなんです。二時ちょっと前に「俺、トイレ」と言ってしれっと離れたそうです。
飲みすぎたせいかトイレ長いんですね。いよいよ二時になるぞ、と皆が静まり返った中もまだトイレから戻ってこない。
そして二時になった瞬間。
カンカンカンカン!!
部屋の中、響き渡るほどのボリュームで。大学生たち皆が聞いたんです。皆が見たんです。トイレに行っていた彼も慌てて飛び出してきて。
「カンカンカンカン!!」
大学生たちは部屋の主が絶叫しているのを見たといいます。
部屋の主、直立不動で踏切の警報音を真似て叫んでいたんですって。
「カンカンカンカン!!」
一瞬大学生たち、部屋の主の悪い冗談かと思って。
「ちょ……何してるんすか」
身体を揺さぶったそうです。「冗談ならやめてくださいよ」と。それでも部屋の主は虚空を見つめて叫び続けている。その人の身体は、まるで筋肉が硬直したようにものすごく硬くなっていたそうなんです。全身ガチガチで、生身の人を揺さぶってる感覚が全然しない。
「カンカンカンカン!!」
電車が二本分通過するくらいの間ずっと、彼は「カンカン」と叫び続けていたそうですね。やがて叫ぶのをふっと止めて。
「────な?こういうことがあるとさ、価値観、揺らいでくるだろう?」
と大学生たちの方を見て、至って真面目な顔で語りかけてきたそうです。
「……はぁい!そうっすね!」
大学生たち、どうにかこうにか返事をして。どうしようもないから適当にお暇告げて、そそくさとその部屋から立ち去ったのだそうです。
最終的にその人、あれから一度もコンビニに顔を出すこともなくバイトをやめて。いつの間にかアパートを引き払ってどこかへ移ってしまっていた、ということです。
この記事は禍話で語られた怪談を元に作成されました。
文章化に際して元の怪談に脚色をしております。何卒ご容赦ください。
出典: 禍話 第五夜(1)
URL: https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/310891890
収録: 2016/09/30
時間: 00:11:40 - 00:19:45
記事タイトルは 禍話 簡易まとめWiki ( https://wikiwiki.jp/magabanasi/ ) より拝借しました。