【禍話リライト】 ザクザクのお祓い

 寝ている間見る夢に何度も同じ景色や同じ人物が出てくる、というのは割とよくあることだと思うんです。懐かしい風景とか旧い友だちとかが出てきて。夢から覚めたあとで「あ、また会えたな」となって少ししんみりしたりしてね。ありませんか?そういうこと。

 これは繰り返し見る夢が悪夢だったら最悪だなって話です。

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 その女性、気が緩んでいる時にきまって見る悪夢があったそうなんです。その夢を最初に見たのは幼稚園の頃、というから年季が入ってますよね。

 どんな夢かというと。最初からその夢を見ているんじゃなくて、他の夢を見ている時にまるでテレビのチャンネルを切り替えたみたいに、割り込んでくる夢なんですって。

 たとえば家族揃って団らんしている夢を見ているとしますよね。お父さんやお母さんと会話して、はしゃいで笑いあって…………はっと気がつくと自分は辺り一面雪景色の銀世界に立ちすくんでいる。そこが悪夢の舞台です。

 彼女、そんな景色見たことないんですよ。雪が降るのはともかく、降り積もるのは珍しい地域の人で。で、なぜこの夢が悪夢かと言いますと。彼女から離れた場所に昭和も初期くらいかな、という身なりをした男が三人いて。それぞれ手に持った鍬や鋤なんかの農具で地面に倒れ伏している女の人をぼこぼこに……もとい、ざくざくにしているんですって。

 子どもにとって悪夢すぎるだろ、という話なんですよ。その人たちからは自分が見えていないのか完全に無視されていましてね。一方で何か言っているらしい男たちの言葉も上手く聞き取れない。

「一体何をしているんだろう、この人たちは」

 夢の中で彼女は、おそるおそるその光景を遠巻きに見ているんですって。

 そのざくざくにされている女はというと、声一つ出さないんだそうで。死んでいるかどうかはわからないけど、しかし手足が動いている。農具を打ち付けられた反動で動いているんじゃなくて、女の意思でもって動いている。彼女はそう感じたそうですね。

 男たちはみんな嫌そうな顔をして、どうして俺たちがこんなことしなきゃいけないんだ、みたいな素振りでやっているんですって。

 その女、白装束を着ているみたいなんですが。まあざくざくされて血がすごい出て。鮮血が切り刻まれた白装束や踏みにじられた雪景色を赤黒く染めていくんです。何度も何度も、ざくざくざくざく。

 そんな夢を彼女は時折見ていたのだそうです。小学生になっても中学生になっても。

 高校生になる頃には夢の内容が変化して。

 以前見てた夢の場面から数時間後、といった光景だったそうです。見ると、まだ男たちはざくざくしている。女はもうぐっちょぐちょなわけですよ。それも今度は血の赤じゃなくて、黄土色した膿がでろでろ飛び散っているんですって。

 膿が出ても構わずに男たちはざくざくしている。

 以前夢の中で見た時より嫌な顔してね。今すぐにでも農具を放り出したそうにしつつも、ざくざくやっているんですって。

 女、というより女だったもの、なんですかねえ。まだ生きているっぽいんですって。かろうじて手足とわかるものが、もぞもぞと動いて。

 うわっと思うと目が覚める。最悪の目覚めなわけですよ。学校に行く気分にもなれない。

 その頃になると彼女の方も「気を抜くと見る」という法則をなんとなく掴んでいましたから。体育祭や修学旅行、重要なイベント事の時は「絶対に見ないぞ」と腹をくくって眠っていたそうです。で、そうして寝ると本当に見ない。イベントが終わってつい気が緩むと、見ちゃう。最悪です。

 さてそんな彼女も無事に大学に進学しまして。夢もまた時が進んだといいます。親元離れてのびのびとした一人暮らしの初日に、早速見たそうです。

 相変わらずぐっちょぐちょの状況で。血じゃなくて膿が周囲の雪を汚い色に染めているんですね。

 夢の中で彼女が「またこの夢だよ、最悪」なんて思っていますと、初めて男の言葉を聞き取れたそうです。一つだけ。

「これで本当にお祓いになるんかのお」

 夢から覚めて「何が?」と思わず彼女呟いたそうです。こんな夢をしょっちゅう見るせいかどうか、彼女オカルトとか霊とか、一切興味ない人なんです。ただただ夢見が悪い。

 まあそれでもどうにかこうにか、そんな悪夢と折り合いをつけながら生きてきて迎えた大学二年のある日のこと。

 彼女、旅行サークルに入っていたんです。何台かの車をメンバー乗り合わせてあちこちに行ってね。時には「こんなとこで寝るんですか」と言いたくなるような場所で寝泊まりしたこともあったし、交代しながら徹夜で数百キロを走ったこともある。

 彼女の方も悪夢を見続けたおかげでメンタルが鍛えられているというか。サークルにすぐ馴染んで、人生経験を積んでいたわけです。人間の幅が広がったとでも言うのでしょうか。

 さて、そのサークルでとある目的地へ夜中に車で移動中。

 道中ドライバーを交代しつつ、眠っても構わない人たちは軽く仮眠を取っていたんですね。それで彼女も寝たんだそうです。

 するとまた例の悪夢を見た。

 男たちの言葉がよく聞こえるくらい、彼女は近くに立っていたそうです。

「元々はこいつがお祓いをする立場の人間なのによぅ。なんでこいつを俺等がお祓いしなきゃいけないんだ?」

 ああそうだったのか、と。なんだか知らないけれど大変なんだと彼女は思ったそうです。

「ははっ、こいつもう、ほとんど膿じゃねえか」

 彼女によるとね。ざくざくというかぶちぶち、という感じで……要するにすり潰しているように見えたそうです。それなのに白装束の女。まだ生きているみたいだったんですって。もう凄惨すぎて笑うしかない。

「やだね、まだ動いてる」

「いつになったら終わりにすんだ?このお祓い」

「XXさんがまだまだ、って言うんだ。仕方なかろう……よっ!」

 ぐじゃり。

 男たちがそうやって女を潰している間も彼女、目が覚めないんです。農具に叩きつけられた肉や膿が鈍い音を立て潰されていく中、一歩も動けなかったそうで。

 やがて女の膿が彼女の足元にドロドロ流れてきてね。このまま来ると足が汚れる。そう思った瞬間、彼女目が覚めたそうです。

 車は山間のちょっと拓けた場所に出ていて。車内では他の車のメンバーと連絡を取り合って、車を停められるスペースがあったらそこに停めて休憩しようか、と相談をしていたそうです。

 それでしばらくして、車道から少し逸れた場所にそういうポイントがあったので車を入れましてね。休憩タイムとなった。道の駅というほど整っているわけじゃないけど、缶コーヒーを売ってる自動販売機もあって。

 そこで一息入れていたわけですね。

 メンバーは各々、好きなように休んだそうです。夜空を写真に納めてみたり、自販機のそばに腰掛けて駄弁っていたり。

 彼女はというと、最悪な目覚めでしたから寝足りない気持ちでまた横になったんですね。

 車内の空気を入れ替えようと窓を開けていましたから、目をつぶっていると夜風に混じって外のさざめきが驚くくらい耳に入ってきたそうです。

「────ここらって、昔はすげえ雪降ってさあ。雪景色もすごかったらしいよ。真っ白で」

「へえーお前にしちゃロマンチック。えらい詳しいな」

「いやそれがさ。民俗学的にちょっと有名というかなんというか。大昔に『狐憑きだ』とかなんとか言って集団で人を……その、ヤっちまったって話があるんだわ」

「んだよ、結局そっち方面かよ」

「まあな。それで何で有名かというとさ。この辺で凄惨な事件が起きたのは確かなはずのに、全国規模で報道されていない。それどころか、地元の新聞にすら載らなかったらしんだわ」

「へー……なんか不気味だな。んじゃ、ここらへんはバーっと飛ばしてサクサク行くか────」

 彼女、いつの間にか眠っていたそうですね。

 夢の中で彼女、先程まで車が走っていた道路の中央に立っていたそうです。明かり一つない直線の緩い坂道で、車一台走っていない道の真ん中にぽつんと一人。その上、足元が凍結していてすごく滑ったそうで。

 それで、来た道の方から、

「~~~~~~~~!」

 誰かの、叫び声がする。

「~~~~~~~~!!」

 夜の闇の向こうから白装束がひらひらと揺れて近づいてくるのを見て、悪夢の女だと気づいたそうです。何を言っているのかよく聞こえないけれど、あの女が叫び声を上げながら自分の方に走ってきている。全力疾走で。

 その女、路面が凍っているせいで時折派手に転んで倒れているんです。でも、一切構うことなく起き上がって彼女の方に向かってくるんですって。

 彼女も「うわー!」っと叫んで逃げようとするんですが、全力疾走なんかできないんですよ。滑って転びそうになるのを抑えながら、なんとか足を動かして。

「~~~~~~~た!!」

 喚いている女の声が少し聞き取れるようになって。それってつまり、距離が縮まっているんですね。

 身体の原型をなんとか留めている感じの白装束の女が、喚いて、叫んでいるんです。

「~~~~~~した!!」

 白装束の女、口の中もざくざくにされて舌も何かもぐちゃぐちゃで、歯も折られていたはずなんですよ。なのに、何かを彼女に伝えようとしている。

 女はというと、相変わらず転んでは道路の上にべちゃっと転ぶんです。でも膝とか肘とか、もう身体中の使える部位全てを使って起き上がると自分に向かって走ってくるんですって。

「~~~~~ました!!」

 いよいよね。臭いまでしてきた。

 今まで夢の中では血の臭いも膿の臭いもしなかったのに。

 鼻の奥にべったりと染み付くような、いやな膿の臭いが漂ってきた。

「~~~~~ました!!」

 もう女は自分のすぐそばまでたどり着いて、腕っぽい部位を伸ばして自分に触れようとしてきていて。

 触らないで!と思ったところで、彼女、目が覚めた。

 ああ、夢で良かった。

 と、彼女が胸をなでおろしていると、仲間がものすごい形相で車に戻ってきてエンジンをかけたんです。

「みんないるな!行くぞ行くぞ!」

 車を急発進させて。開けていた窓も閉められた。

「ど、どうしたんですか」

 と聞いても取り付く島もない。

 カーステレオもかけないで、誰も喋らない。

 速度をぐんぐん上げて、山間部をぐいぐい抜けて。しばらくして、とうとう街が見えてきた。

 そこまで来てようやく、誰かがため息を漏らしまして。

「うえ~~~こわかった~~~」

 と、肩の力を抜いたそうです。

「いや、あんなことあるんだな」

「あれはやばかった」

 ようやく彼女、もう聞いてもいいだろうと思って訊ねたんですね。何があったんですかって。

「寝てたから聞こえてないのか……」

「うわあ、ラッキーガール。ユー・アー・ラッキーガール」

 余裕を取り戻したそのメンバーたちによりますと。

 各々休憩していたあの場所で、真っ暗な道路の方から突如女の叫び声がしたそうです。一同が「えっ?」となり一瞬静かになって。

 べちゃべちゃべちゃと不快な音を立てて明らかに人間じゃないモノが、ものすごく嬉しそうに喚き散らしながらこちらに向かってきていたんですって。

 それで慌てて逃げ出して、今まで全速力で車を走らせたのだそうです。街が近づいてようやく、サークルの面々はもう大丈夫だろうと安堵できたわけですね。

 自分が見た悪夢と何か関係あるのかもと。彼女、訊いてみたんですって。

「それ、何て叫んでいたか聞き取れました?」

「ああうん。よくわからないんだけどさ……」

 サークルメンバー曰く。そいつはひたすらこう喚いていたそうです。

『おはらいは、おわりましたぁっ!』

 悪夢のことを彼女は誰にも話したことがありませんでしたから。サークルメンバーの間では「ひき逃げにあった霊でもいたんだろうね」ということで結論、落ち着いたのだそうです。

 まあそれで。散々な目に会いましたけど、それ以降彼女は例の悪夢を見なくなったそうなんですね。だから終わりよければ全てよしかなと。

「……でもあの女、動いていたじゃないですか。だからまだ、お祓いはちゃんと終わってない気がするんですよね」

 語り終えた彼女に、最後ぽつりとそう呟かれました。




この記事は禍話で語られた怪談を元に作成されました。
文章化に際して元の怪談に脚色をしております。何卒ご容赦ください。

出典: 禍話 第三夜(3)
URL: https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/304920182
収録: 2016/09/09
時間: 00:04:45 - 00:17:50

記事タイトルは 禍話 簡易まとめWiki ( https://wikiwiki.jp/magabanasi/ ) より拝借しました。