【禍話リライト】 公園の集団
先にネタバレをします。裏拍手ってご存知ですか。
知らない方に簡潔に説明しますと。裏拍手とは、手のひらではなく手の甲と手の甲で行う拍手のことです。死者が拍手をする時は手の甲を打ち合わせてするそうなんですよ。
知らなかった、という方はぜひ覚えて帰ってくださいね。
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例によってどの地域か伺っていません。とある地域の町内会長さんから聞いた話です。その地区には公園があって、そこを舞台に奇妙なことがあったらしいんです。
公園といっても、公園にするしかなくて公園にしたようなもので。空き地ではないことをかろうじて示すように、砂場とベンチが一つ二つあるくらいの、とても寂しい公園だったそうです。
そんな寂れた公園に、ある頃から、夜になると時々変な集団が集うようになったんですね。
変な集団とはいっても格好は至って普通だったそうで。青年から老人まで、男女の区別なくみんなで輪になって公園の中央に座っていたそうです。
それで、みんなで手の甲と手の甲を叩いて拍手をやっている。
トン、トントントン
一・三拍子のリズムで。
トン、トントントン
と、ずっとやっていたそうなんです。気持ち悪いですよね。
一度、公園近くの住人から連絡を受けた町内会長が文句を言いに向かったそうなんです。ところが彼ら、町内会長が着く前にふっと姿をくらましたそうで。近くに停めておいた車で逃げたのか何なのか。連絡を受けて十数分も経っていないのに、影も形もなくなっちゃった。
こりゃ本腰を入れなければいけないな。
町内会長はそう決断すると、公園に一番近いお宅にお願いして。
「悪いけどあいつらが来る時間帯、注意して外を見ておいてくれないか。連絡を受けたらすぐに駆けつけるから」
そうして、半ば待ち伏せみたいな感じで例の集団が来たらガツンと言ってやろうと思っていたそうです。
さて、そんなこんなで週末、金曜日の夜。その住人、Cさんから町内会長のもとに待望の電話がかかってきた。
「町内会長、来ましたよ! ちょうど集まって、輪になってるところです!」
「わかった! 今行く!」
夜十一時くらいだったそうですね。いつもは十人以上の人数が集っていたそうなんですが、今夜は五、六人くらいだと。
「あっ、拍手が始まりました! 叩いてる! 叩いてる!」
携帯電話の通話を切らず、Cさんは実況みたいにして町内会長に状況を伝えてくれて。
「あれ……? うわ、気持ち悪……」
Cさん、部屋の窓を開けていたそうで。外から拍手の音が聞こえていたんですね。彼らは最初、まばらに、各々が気ままに手を打ち鳴らしていたそうなんですよ。でもそのバラバラの拍手が、段々揃ってきたと。誰も音頭を取っているような人はいないんですよ。それなのに、
トン、トントントン
Cさん曰く、町内会長が公園に踏み込んだ時には一・三拍子で全員呼吸を揃えて打ち鳴らしていたと。ところがです。
「Cさん、誰もいないよお?」
公園の入り口に立った町内会長は通話相手のCさんにそう言うわけです。見渡しても誰もいない。もちろん、拍手の音なんか聞こえもしない。
「いやいや、いますって! めっちゃ叩いているじゃないですか!」
「えー……?」
町内会長の目には誰も映ってなかったんですって。街灯の明かりで申し訳程度に照らされた公園。そこには誰もおらず、静かな夜風が吹くばかりだったそうで。
「いやあ……」
公園には誰もいないし、町内会長は公園の外にも目を向けたそうです。
すると町内会長とは反対側に位置する公園のわきに、白いバンが停まっていることに気がついた。大きめで8人は余裕で乗れるような、見慣れぬバンがぽつんとある。
「バンだ! バンがある!」
「え? は?」
町内会長、公園の中央をだーっと突っ切って、一目散にそのバンめがけて走り寄ったんです。逃さんぞ、と。
町内会長が勢いよく駆け寄ったそのバン。ドアのロックはかかっておらず、エンジンもかかっていなかったそうです。ドアを開け中を覗いても一人として乗っていない。
「あれ。バンの中も、誰もいない」
「うわっ! やばいやばいやばい! 会長! やばいですって!!」
この時Cさんは突然パニックになったそうです。思わず町内会長は「Cさんの方こそ大丈夫か」と心配するくらいに。
Cさんに何が起きていたかというと、町内会長が公園に着いて「いないよ?」と呟いている間も、彼は部屋の窓から公園を見ていたんです。公園の入り口で首をかしげている会長も、公園の中央に車座に座る集団も、見ていたんです。
その集団はずっと、
トン、トントントン
とやっているのに、町内会長は「あれ~~?」なんて言っている。なんであの人わからないんだ?と不思議に思っていると、「バンだ!」と町内会長がその集団の間を突っ切って公園の隅の方に向かっていったから、いよいよ異常だと。
しかも。
町内会長は「バンにも誰もいない」と言っているけど、絶対いるだろと。Cさん曰く、町内会長がバンに近づいた時点で、
トン、トントントン
電話から聞こえてくる拍手の音量がぐっと増したそうなんです。つまり、バンの中に何人もいて、手の甲を叩いているように聞こえたと。なんなら、町内会長の真横でトントンとやっている気配で。
「やばいですって!! 町内会長、そばにそいつら、いるでしょうが!!」
Cさんのパニックに驚きつつも、町内会長には理解できないんですね。
「いや……誰もいないけど……?」
とはいえ、電話の向こうで大いに慌てられるとちょっと怖い。町内会長、一応バンの周囲もよく確認してね。でもやっぱり誰もいない。
「Cさん。手を叩いて拍手をしている人なんか、やっぱりいないよ」
そう告げたそうです。するとさっきまで騒がしかったCさんが突然静かになって、ものすごく穏やかな声が返ってきたんです。
「それは裏拍手といってね。死人にしかできない拍手の仕方なんですよ」
思わず携帯電話を耳から離して、町内会長は目を丸くして。
は!? 急になんだこの人!?
その瞬間、
バン! バンバンバン!
まるで車の中にみっちり人が乗っていて、そいつらが全員同時に思い切り手を打ち鳴らしたみたいな、そんな音がした。
その場で携帯電話を投げ出して、町内会長は全力で逃げたそうです。
しかもですよ。走って逃げていると、家から飛び出してきたCさんがものすごい形相で追いかけてくる。
「会長! 会長!」
と手を伸ばしてきて。
「やめろーっ!来ないでくれーっ!」
と逃げつつ叫ぶものの、そこはもうすぐ還暦になる町内会長と若いCさんの体力差で、すぐに追いつかれて捕まった。
「町内会長! 落ち着いてください、俺です、Cです」
「ほ、本当にCさんか」
「はい。会長、大丈夫ですか」
Cさんからすると、電話をしていたら急に町内会長が叫んで逃げ出したものだから、自分も怖くなって会長を追いかけたのだそうです。
「い、いや、それがさ……」
町内会長、先程の出来事を説明しまして。
「……いや、俺そんなこと言ってないですよ。裏拍手なんて単語、今初めて聞きました」
「嘘お……」
二人でおっかなびっくり、バンのところへ戻ったわけです。途中、公園の中央を見ると、Cさんには見えていた集団もいなくなっていたそうで。
「あれえ、いない……」
「でもほら、バンはある」
「いやありますけど……これ……」
バンのタイヤ、空気が抜けて完全に潰れていたそうです。二人ともこのバンがここに停まっているのを今まで見た覚えはない。ということはつまり、多分間違いなく、今夜ここに来たはずだと。それなのにタイヤの空気は抜けきっていてとても走行できる状態じゃない。あるいはここに停めてから空気を抜いたのかもしれませんけれど、意味がわかりませんよね。
とにかく、彼らがいない以上はどうしようもなく。その晩はそこで解散。再度彼らが来たらどうしよう、と町内会長は思い詰めたそうなんですけど、杞憂に終わりました。
とりあえず詳細は伏せて、町内会に「例の集団は裏拍手という気味の悪い拍手をしている集い」と、報告をしたそうなんです。するとそれ以降、全くそいつらは出なくなったそうなんですね。
「──つまるところ、裏拍手とはなんぞや、ということを広めたい集団だったのかな。名付けて『裏拍手宣伝部隊』。なんちゃって」
とは町内会長の弁ですが。それならばその人たち、今もどこかで布教活動に専念しているんでしょうか。
この記事は禍話で語られた怪談を元に作成されました。
文章化に際して元の怪談に脚色をしております。何卒ご容赦ください。
出典: 禍話 第六夜(1)
URL: https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/312785078
収録: 2016/10/07
時間: 00:20:05 - 00:26:50
記事タイトルは 禍話 簡易まとめWiki ( https://wikiwiki.jp/magabanasi/ ) より拝借しました。