【禍話リライト】 仏壇だけの家
廃墟の話でございます。例によって廃墟に行ってはいけないという話で。もし万が一やむにやまれぬ事情で行くことになったとしても、普通の廃墟ではないと囁かれている場所だけは絶対に避けてくださいね。火のない所に煙は立ちませんから。
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その廃墟には大きな特徴がありまして。家財道具一式、全て無いのに仏壇だけは残されているそうです。冷蔵庫とかの家電はもちろん箪笥だって無い家ですよ。ところが、仏壇だけはある。
玄関を開けると、まずおりんがあるそうです。おりん、ってあれですよ。仏壇の脇によく置いてある金属製のお椀の形をしているもので、チーンと打ち鳴らすやつ。あれが玄関に置いてある。でも、それと一緒にあるはずの、おりんを鳴らすりん棒は置いてない。金属のお椀だけがぽつんとお出迎え。
もうその情報の時点でやばいじゃないですか。真っ昼間でも行きたくないですよね。
ところがご多分に漏れず、度胸試しにその家へ行くぞというやつらが現れまして。まあ、早い話がヤンキーなわけです。大人数で行けば怖くないだろと、ミニバンに八人ほど乗り込み、その家へ向かったんですってね。それも陽のある昼間に行けばいいのに、到着したのは真夜中丑三つ時。
その家のそばに車を停めますと、各々懐中電灯を握りしめ車から降りて。「行くぞ!」というリーダーの声に勇気づけられて玄関を開けたそうです。
噂通り、ドアを開けたらおりんが待っていた。彼らも一瞬たじろぎましたが、まあこれは想定の範囲内。ただ、流石におりんを跨ぐ勇気は出ないのでその左右を回り込むようにして、土足で家の中へと踏み込んだ。
その廃墟、平屋だったそうです。家の一番奥にある部屋が仏間になっていたらしく、仏壇もそこにあったんですね。
さてその部屋。奥まっていて月明かりも差し込まないのか、異様に暗かったそうで。懐中電灯で照らしているのに、まるで薄い暗幕でもかかっているように見通しが悪い。思わず懐中電灯の電池を確かめたくなるような、そんな暗さだったそうです。
それでも皆でおっかなびっくりその仏壇に近づき、
「これが噂の仏壇かあ」「仏壇の家、制覇ー!」
そんな感じにワイワイとはしゃぎ始めたところで。
「じゃ、何か記念に残していきますか」
そう言った彼、Bくんとしておきましょうか。彼、片手にスプレー缶を持ち構えていまして。Bというのは、そういうお調子者というか軽薄な人間だったそうですね。
「さすがにそれは駄目だろ」
いくらヤンキー連中でも仏壇に落書きはまずいという常識は持っていて、「やめとけよ」とBを牽制したんです。
「えー? ビビってんすか?」
Bがおどけながら一歩踏み出したその時です。カタカタッと仏壇が音を立てまして。一同、思わず後ずさった。
すると、かなり大きめのゴキブリが二、三匹。ぞろりと仏壇の隙間から出てくると、カサカサと部屋の隅の暗闇へ消えていったんですって。
うわあっ、とBは逃げるように皆の輪に戻りまして。
「俺、ゴキブリだけは無理、無理」
意外な弱点というか。
「も、もう駄目だ。この家に負けた。ここはゴキブリの家だったんだ」
ぶるぶると首を振って、情けない声で言っている。その様がおかしくて、他の面々はくすっと笑いましてね。
「いやいや、お前、ここは仏壇の家だよ」
「そうそう、おりんの家」
と、一同和やかなムードに包まれて。恐怖感が薄らぐと、仏壇を観察する余裕も出てきたんです。
「それにしてもこの仏壇さあ。よく見ると結構ちゃんとしてるよな」
そうなんですね。家の中は結構傷んでいるのに、いわゆる仏具の一式だけはきれいに残っている感じで。遺影も位牌もあったといいます。
「普通、遺影くらいは片付けるもんじゃね?」
ひょいと遺影を照らしてね。
その仏壇には遺影と位牌が二つずつあったそうです。ちょうど左右に分けて置いてある感じ。そこへ、遺影を照らして見比べていた人が妙なことに気がついた。
「ん? この遺影おかしくね?」
「遺影って用意できなきゃたいてい合成じゃん。うちの爺ちゃんも急だったから、そこら辺の写真から切り抜いたやつだったよ」
「いやそうじゃなくてさ……これ、同じ奴じゃね?」
「は?」
左右の遺影、二つとも同じ人物のものだったそうです。古ぼけた写真に写っているのは、同じ顔、同じ目つき、同じ髪型。よく見ると、掛けている眼鏡も同じものだった。
位牌の方もよく見ると、一字一句同じ戒名だったそうです。
どういうわけだか、同じ人間の遺影と位牌が二つずつ並べて置いてある。まるでその人物のためだけの仏壇みたいに、こしらえてある。
「なんで二つとも同じものが置いてあるんだろ」
「なんか、気持ち悪いな」
「……おう」
そろそろ出るか? という空気に彼らがなった時です。ゴキブリから逃げて皆の一番うしろにいたBが「うわっ」と短い悲鳴をあげたんです。他の面々はその声に驚かされたものだから、Bに軽くキレかけたそうで。
「おいB! 急にビビらすなよ」
「や、やべえ。帰ろうぜ。まじでここやべえよ。帰ろう、な? 帰ろうって」
B、いきなり帰ろうと連呼しだしたんです。
「なんだ、またゴキブリが出たか?」
「違う違う。お前ら、これやばいって。帰ろう。なあ、マジで帰ろう」
隣のやつの袖を引っ張って「やばい」と「帰ろう」を連呼しているんですけど、要領を得ない。
「まじやばい、やばいって」
「おいB」
「帰ろうよ。なあ、やばいよこれ」
「ちょっとお前、黙っとけ!」
とリーダーが強めにそう言って、ようやくBは口をつぐんだ。無理矢理黙ったせいなんですかね。脂汗がすごかったそうです。
それで一瞬シン、となって他の面々も気がついたそうなんですけど。どこからともなく、ブツブツブツブツと小さな声が聞こえてきたそうです。
読経というか念仏というか。深夜の空気を微かに震わす感じで、唸りにも似た低い声がする。
「は?」「俺らの他に誰かいた?」「いるわけないだろ」
懐中電灯の明かり以外は真っ暗闇なわけです。そんな場所でブツブツブツブツ何者かが唱えている。
「なあ、帰ろうよ……」
Bが再びそう言った時。
チーン
玄関の方でおりんを鳴らす音がした。ものすごく澄んだ金属音が尾を引いて家の中に響き渡って。中には、腰が抜けてその場に尻もちをついた人もいたそうです。
しかも長い余韻の後で、声は再びブツブツブツブツと唱えだして。声量も上がったそうなんです。耳を澄まさなくともはっきりと聞こえるくらいに。
メンバー全員、これは絶対人間の仕業じゃない、と直感したそうですね。いたずらとか嫌がらせでできる演出じゃないと。
チーン、チーン
また鳴らされて。今度は余韻が切れるのも待たずに、ブツブツブツブツと低い声は唱えるのを再開した。
「うわああ!」
一同、その部屋の窓をもみ合いながら開けまして。庭に出て家の周囲をぐるっと走って車に戻ったそうです。玄関は開けっ放しだったそうで、できるだけ玄関や家の中を見ないように顔を背けつつ。そして全員車に乗り込んだところで、急発進。
「やばかった、やばかった!」
「あれ絶対玄関のおりんの音だよな!?」
「俺、さっき玄関ちらっと見ちゃったんだけど、誰もいなかった……」
「うわあ、あの家やばすぎだろ」
「俺らにキレて『出ていけ!』みたいなことなんかな」
「やめろよ、お前マジでそういうこと言うの」
それで音楽をガンガンかけて、ギャーギャー言いながら車を走らせているわけですが、例のB。窓際に座って、顔面蒼白だったそうです。廃墟の中にいた時以上に汗をすごい流していて。額から脇から場所を問わずどっと汗が出ているんですね。心なし、頬もこけてしまったように見える。
「おい、B、B。大丈夫か」
そう声をかけてもむにゃむにゃ何か言うだけで。
「おい、お前隣にいるんだからちょっと面倒みてやれよ」
と、一番年下で下っ端のやつにBの介抱させてね。車はひたすら、彼らの生活圏へ戻ろうとまっしぐら。
さてそれで。
見慣れた街に戻ってくると、深夜でも開いている店舗の広い駐車場に車を停めて、そこで一息つけていたんです。
それでもまだBの様子は真っ青なんですね。
「なあ、もういい加減いいだろ。お前、何見たんだよ。言えよ」
「……みんな、気が付かなかったん?」
何の話だ、と互いに顔を見合わせまして。
「ほら、ブツブツ、って唱える声が聞こえた時。あれ、誰が言っているのかわからなかった?」
と言うわけです。
「俺、見たんだよ。あの二つの遺影の口が動いていたんだ。モゾモゾって」
「いやいや、写真だぞ? あれ」
「違うんだ。俺、見たんだよ。口が動いてな、ブツブツお経みたいなの唱えていたんだよ!」
急になんだ、となりまして。元々スプレー持ち込んで仏壇に落書きを試みるような軽薄なやつなんですよ。そいつがずっと、
「写真じゃないあれは。口が動いてたんだからあれは写真じゃない」
と、ブツブツ言っているんです。気味が悪い。
「それにさあ。あの遺影のやつ、なんか見覚えがあるんだよな」
そんなことまで言い出したんですね。
「どっかで見たんだよ……なあ?」
Bと比較的古くから付き合いのあるJをぎょろっと見つめて。
「誰だったっけ? お前、覚えてないか?」
「いや知らん。そんな、知らん……」
「もうちょっとで思い出せそうなんだけどなあ……」
「いや思い出さなくていいよ。つーか思い出そうとするな。忘れようぜ」
そうリーダーにたしなめられても、
「いやあ……もう喉元まで出かかってる感じなんすよ……」
とか言って、しきりに首をひねっている。しまいには、
「俺もう、帰るわ」
と、皆が「ちょっと待てよ」と呼びかける声も無視して、ふらふら歩き出したんです。そこから徒歩で帰っちゃったんですよ。仕方ないから、他の皆はそいつの背中を見送って。
「大丈夫かあいつ」
「まあかなり洒落にならん家だったしな」
それでリーダーがを皆を見渡しましてね。
「じゃ……ま、俺らも解散するか」
と言いかけたところで、滅茶苦茶浮かない顔をしている二人に気がついたそうです。一人は帰りの車でBを介抱させられていた最年少の下っ端くん。もう一人はBと古くからの知り合いで先程のJ。
「お前ら、どうかしたんか」
「……俺、車の中でBさんの汗を拭いてたじゃないですか。あの時ずっと、念仏っぽいの唱えていたんですよあの人。それがすっげー不気味で」
「……まじで?」
「音楽ガンかけてましたから。隣の俺にだけ聞こえていたんだと思います。あの人、俺が汗拭いて声かけてもずっとブツブツ唱えていたんですよ……」
「ちょ、ちょい待て。J、お前もBが何か言ってるの聞こえたのか」
「いや俺は……俺さ、ガキの頃からあいつと付き合いあるから知っているんだけど……あいつの親って教育熱心なタイプでさ、それで元々はあいつって結構真面目なやつだったんだよ。いわゆるガリ勉眼鏡クンみたいな。高校なってズレていって結局今、ああなんだけど……その、遺影のやつがさあ。昔のあいつそっくりなんだわ。髪型とか眼鏡とか。写真の年代的に全然別人なのに、全体的な雰囲気がマジで似てて。Bがいたから言い出せなかったけど、俺、それが正直めちゃくちゃ怖くてさ……」
二人の話を聞いて、一同「うわーっ……」と鳥肌がたちまして。あいつこれから大丈夫なのかよ、となったそうです。
その危惧通り、翌日からはB、集まりに顔を出さなくなったんですって。
人伝に聞いた所によると、家で勉強しているそうですね。当初はそれを聞いたメンバーも彼が無事でホッとしたというか。遊んでばかりの人生に別れを告げて将来を再設計するつもりなのか、とそう思ったらしいんですが。
「もうねえ。五年以上前になります。誰にも会わず、一人でずっと勉強し続けていることになっているんですよ、あいつ」
そんな家が、あるそうですね。
この記事は禍話で語られた怪談を元に作成されました。
文章化に際して元の怪談に脚色をしております。何卒ご容赦ください。
出典: 禍話 第六夜(2)
URL: https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/312798427
収録: 2016/10/07
時間: 00:12:55 - 00:24:25
記事タイトルは 禍話 簡易まとめWiki ( https://wikiwiki.jp/magabanasi/ ) より拝借しました。