【禍話リライト】 立場逆転

 おばけというのは気まぐれなものでして時も場所も関係ありません。曰く付きの場所だろうが謂れの無い場所だろうが、ひょっこりと顔を見せます。毎日のように出て人を怖がらせるものもいれば、数年越しで人が忘れた頃に出てくるものもいます。きっと、この世に生きている我々の感覚で考えてはいけない存在なんでしょう。

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 今はもう三十代の女性が昔体験した話です。当時彼女は高校生。両親と共に一軒家に住んでいました。

 さてその家。トイレが一階と二階、両方にあったそうなんです。彼女の自室は二階にあるので、普段は二階のトイレを使っていたわけですね。

 ある時、その二階のトイレが故障してしまった。修理には一週間くらいかかるので、直るまで彼女は一階のトイレを使わざるを得ない。たとえそれが夜中でも。そしてそういう時に限って催すもので。

 ある日の真夜中。急に目が覚めた彼女は部屋をそっと出たそうです。もうとっくに日付が切り替わっている時間帯。すでに眠っているであろう両親を起こさないように、ゆっくりと足音を忍ばせて階段に差し掛かって明かりを点けて……と、そこで彼女はぎょっとしたんですね。

 階段の中ほど、右曲がりにカーブを描いているあたりに、女の子が立っていたそうなんですよ。

 彼女は一人っ子ですから。この家に他の子供がいるわけがない。一気に寝ぼけ眼の目も覚めまして。よく見ると、自分と全く同じパジャマで背格好もそっくりなんです。

 普通ならそこで「ギャーッ!」と叫びそうなものですけど、彼女は恐怖よりも好奇心が勝ったそうで。

 えーー何!? ドッペルゲンガーってやつ!? すっご!

 獲物を捕まえようとする猫のように、そっと階段を降りて、佇んでいる女の子に近づいていったんです。

 ところが、もうあと少しで肩に手がかかるぞ、というところでその子は急に動き出した。階段をたたた、と駆け降りると、一階の暗がりの廊下へ姿を消したんですって。

 うわっ、動いた!?

 我に返って急に怖くなった彼女は、急いで自室に戻ると深呼吸で気を落ち着かせて。しばらくしてから再び一階のトイレへ向かったその時には階段にも一階の廊下にも誰もおらず、ようやく彼女は用を足せたそうです。


 階段の子はそれっきりで、しばらくは何も起こらなかったんですけどね。数年後、彼女が大学生の時のこと。トイレを新調して、ウォシュレット付きのものに取り替えようとしていた時期に、また出たんですって。


 同時にトイレが使えなくなるのはまずいですから。一階と二階のトイレで工事時期をずらして、ちょうど二階のトイレは工事中。そんな中、数年前のあの時のように、また、彼女は夜中にトイレへ行きたくなったんです。

 部屋を出たところで、彼女はあの夜のことをふと思い出したそうで。嫌な気持ちを抱えつつ、おそるおそる階段までやってきた。ありがたいことに、今回は階段の途中に自分そっくりの女の子の姿はなかったそうで。安堵して階段を降りていると、ちょうどカーブしているあたりで、急に立ち眩みがしたそうです。

 貧血にでもなったかのように、めまいがクラっときて体がよろめいて。思わず壁に寄りかかった。

 あれっ、どうしたんだろう……

 彼女がその場に立ち止まって一息ついていると、背後から階段を降りてくる音がしたんですって。

 ぎし、ぎし

 確かな足取りで誰かが上から来ている。

 反射的に振り向いた彼女が目にしたのは、自分だったそうです。そっくりさんとかそういうレベルじゃなく、自分自身。背丈も髪型もパジャマも全く同じ自分。それが階段を降りてきている。

 ただ彼女と唯一違うところがあって。表情なんです。怯えている彼女とは違ってそいつはなんだか楽しそうにニヤついていてね。彼女の方を見つめながらゆっくりと、もったいぶるように降りてきていたんですって。

 彼女が驚いて声も出せずに立ち竦んでいると、とうとう彼女のそばまでやってきて。ポン、とその手を彼女の肩に置くと、

「ん~~?」

 怯える彼女をからかうように、薄ら笑った表情でまじまじと顔を覗きこんできたそうです。

 声にならない悲鳴を上げて、彼女は肩に置かれた手を振り払うと階段を駆け降り、トイレの中へと逃げ込んだ。鍵もしっかり閉めて。前回の流れからいえば、階段の自分はそれでどこかへ消えるはずじゃないですか。でも今回は違った。もう一人の自分も後を追うように、それでいてゆっくりと階段を降りてきてね。

 それで一階まで来ると、トイレを開けようとしてきたんですって。ガチャガチャと。何度もドアノブがひねられて。鍵がかかっているんだから諦めて消えてくれればいいのに、ガチャガチャしながら、そいつはドアの向こうでケラケラ笑っていたんですって。

「あれ~~? 開かないよ~~?」

 わざとらしい、見え透いた演技としか言えない声色で。その上、トイレの鍵を開けようとしてきたそうで。

 トイレのドアの鍵っていわゆる表示錠といって、トイレの外からでも十円玉とか何らかの差し込む物を使えば鍵を開けられるタイプじゃないですか。つまりだから、そいつは自分の爪でも差し込んだんですかね。ドアの向こう側からカリカリと音がして、鍵を開けようとしてきたんですって。

「うわっ! ちょ、ちょっと!!」

 彼女の方はもう大混乱。開けられようとしているドアノブを握りしめると大声で叫んだんです。

「は、入ってますっ!」

 するとドアの向こうの自分はこの上なく嬉しそうな声で返事をしてきた。はしゃいでいる、としか言いようのない声で彼女にこう言ったそうですよ。

「知ってます~~!」




この記事は禍話で語られた怪談を元に作成されました。
文章化に際して元の怪談に脚色をしております。何卒ご容赦ください。

出典: 燈魂百物語 第三夜
URL: https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/342615224
収録: 2017/01/28
時間: 00:04:15 - 00:07:15

記事タイトルは 禍話 簡易まとめWiki ( https://wikiwiki.jp/magabanasi/ ) より拝借しました。